小話:とある日の王家の華麗なる晩餐
「マリシア!! 今日も元気だったかい!?」
「はい、朝食と朝休みとお昼と午後のティータイムの折にも聞かれたときと同じように元気ですわ、お兄様」
一日に何回も同じ事を聞くな、と暗に皮肉を込めてマリシアは返事した。
「そうか、それは良かった。邪魔な奴やむかつく奴がいたらすぐお兄様に言うのだぞ。すぐに消してやるからな」
皮肉が全く通じてない様子のマルスは王族にあるまじき事をニコニコ笑って言った。
これは、大丈夫なのだろうか?マリシアは若干不安を抱きつつも取りあえず微笑んでおいた。一応、優秀で能力は高く、人望も厚い兄なのだが…。ちょっと肉親には甘いのだ。
周りの人間は甘いどころの騒ぎじゃないと文句を言うだろうが、マリシアはマルスが何を裏でやっているのか知らないのでただの『異常に心配性な兄』と思っているのだ。
「それよりも、お母様はまだいらっしゃらないのか? ずいぶんと忙しいのだな」
「そうですわね。……最近は何かと物騒な動きがありますから」
マリシアはソマリア国の第二王女である。
そして、もうすぐ夕食の時間だ。家族そろって夕食を食べるためにマリシアはここ、王家の間でマルスと共に姉と母が来るのを待っていた。
二人がしばらく話しながら待っていると
「遅くなりました」
そう言ってミネルが部屋に入ってきた。マルスは顔を輝かせた。
「ミネル!! お前も元気だったか?」
「ええ。今朝もその後も、何度も何度も同じ事を聞きますが、ミネルは元気です」
ここらの反応が似てくるのも姉妹だからだろうか。
マリシアは思い直す。
…いや、多分兄がしつこいからだろう。
「今日もミネルに群がる虫どもを始末しておいたぞ!!」
そして、いつものように皮肉が通じない兄は自慢げに言い放った。
虫? それってもしかして、最近ミネルに言い寄ってくる年頃の貴族の御曹司のことを指しているのだろうか?
…やっぱり不安になってきた。
「まあ、寒くなってきたこの時期でも虫が出るのですか? 知りませんでしたわ」
ミネルは目を丸くして言った。
姉はやや世間知らずだ。普通の人間が知らないようなことだけはよく知っており、魔法も使える。有り得ないくらいに。何だろう、このアンバランス…。
恐らく兄の計画的犯行だ。とマリシアは思っている。
マリシアは好奇心旺盛な子供だったためにミネルの二の舞にはならなかったが。
「そういえば、最近ミネルは来るのが遅いな。何か用事でもあったのか?」
「ええ、…実は、最近私にも友人が出来ましたの!」
「…それは男か?」
そう尋ねるマルスの声が一段と低い。…なにやら黒いオーラが見えるのだが。
男なら、抹殺しようとマルスが考えていることをマリシアは知らない。
「いえ、女の子です。アリアというのですよ。マリシアの友人と同じです」
ミネルは柔らかく微笑んで言った。
「何!? アリア?」
マルスは驚きの声を出した。最近マリシアが嬉しそうに喋る話題の侍女で、マルスは少々そのことが面白くなかった。
マリシアも予想外の名を聞き、疑問を抱いてミネルに尋ねる。
「どこで、知り合われたのですか。接点が見あたらないような気がするのですけど」
「まあ、……偶然です。私、アリアに色々なことを聞いているの。とっても為になります」
「…具体的に何を聞いているんですか?お姉様」
気になってマリシアはさらに質問をした。
「今日は硬貨について。ねえ、マリシア知っていた?この色の付いた硬貨より色の付いてない硬貨の方が、価値があるのですよ。私、金貨しか見たことなくて」
ミネルはどこからか手に入れたらしい銅貨と銀貨をマリシアに見せて言った。
マルスとマリシアは何とも言えず黙り込む。
「どうしたの?二人とも黙って……」
ミネルは首を傾げた。
マリシアは家族との関係は良好で、他の王族とは比べものにならないくらい暖かい家庭にいると思う。
これも、ソマリア国の王族が極端に少なく、王の座を争い取り合う必要性がないからかもしれない。
シス国へと留学する日が迫っているため、こうした家族と過ごせる日々は限られている。
だから、家族はそうしたマリシアの思いを無言で汲んで、全員一緒に夕食を食べようとしてくれるのだ。マリシアはとても嬉しかった。周りを思えばずっと嬉しく感じた。
マリシアは知っているからだ。
周囲の人々の思惑を、自分に向けるその思いを。
「マリシア様。これから、儀式がございますが、この紙の通りに動いて下さいね」
「我が家の自慢の息子です。年齢も身分もマリシア様にぴったりかと。どうか、お目通しを」
王女という符号。ただの出世のための駒。
「シス国への留学が決定いたしました。早速準備を」
…今回は、有効な人質。
人々はただ、「王女」という肩書きを必要としていてマリシアの人格や意志なんてただの付属物、邪魔なだけ。ただ命令を聞くだけの人形としての役割をマリシアに要求している。
マリシアは今までの人生で一度として「マリシア」を要求されたことがない。……家族以外は。
だから、家族以外に「マリシア」であることを認められる日なんて来ないと思っていた。
人々の目線に触れるたび、自分は人形だと思い知らされる。ただの人形でしかない自分を。
「泣きたいときは泣いて、怒りたいときは怒って下さい」
そう言ってくれる他人がいると、思っていなかった。
マリシアは知らない。
「私はこのように深く考え、多くの感情を抱く人を人形だなんて思いません」
そんなことを言ってくれる家族以外の人間を。
だから、マリシアは我が儘を言った。姉になって欲しいと。
なぜなら…
ガチャッと扉が開く音がした。三人はドアの方を見た。
「ただいま~。マルスにミネルにマリシア!! 今日の夕食は私が腕によりをかけて作ったの!!! た~んとお食べなさい」
「っ……!!」入ってきて早々の母の言葉に三人の顔が引きつった。
母は凄い人だと思う。夫を亡くしても、悲しみに暮れたままではなく、マリシア達に惜しみなく愛情を与えて、王妃としてそれ以上の役目を果たしてきた人だからだ。でなければ、王が急逝してからもソマリア国が発展し続けることは有り得なかったに違いない。
ただ、その分…「はい! 全部並べました。美味しそうでしょ?」
「お母様。つかぬ事を聞きますが、この目の前の黒いスープは一体…」
黒いのがやたらプカプカ浮いている謎のスープを指差してマルスは尋ねた。
「え? ただのオニオンスープだけど。タマネギがちょっと焦げたの」
「…そうですか」
「お母様。この黒くて丸いものは…」ミネルがエッグスタンドにある黒く炭化した物質を指差した。
「ゆで卵」
その分、代わりといっては何だろうが…料理が壊滅的である。
母は加減を知らない人なのだろう。火加減がいつもおかしい。
そして、恐らくその血はマルスにも引き継がれているに違いない。
マリシアはちょっと行き過ぎなぐらい過保護な兄を見て常日頃から思っていた。
「それでは、頂きます」モノクロな食卓を囲んで母が満面の笑みを浮かべて言った。
それより、今、この状況をどうしようかと思う。
それにしても何故母はこの黒さに疑問を抱かないのだろう?こんなに真っ黒なものは食べられるものではないと思う。
「お、お母様!私お母様のために急に手料理が作りたくなりました。速攻で作ってきますね」「私も手伝いますわ」「僕も…」
そう言って三人はダッシュで近くの部屋にある王族用のキッチン(母が何故か作った)へ向かい、料理を始める。
何度か経験している修羅場だから、分担もなかなか様になってきている。
マリシアが食材を洗い、マルスが食材を切って、ミネルが調理する。
そして、某○ューピーの三分間ク○キングも真っ青のスピードで料理を作る。
「あらあら、早いわね」
「ふふ。ちょっと頑張ってみました。どうぞ、これを食べて下さいな、お母様」
それ(炭化した料理)を食べたらきっとお腹を壊すから…。三人はその言葉を胸の内にしまった。
「美味しいわね。皆、作ってくれてありがとう」
違う意味の母の影響で結構料理が上手くなった三人は胸をなでおろした。
「…もうすぐ、マリシアも留学に行ってしまうから母の手料理を食べさせようと思ったの」
「ありがとうございます、お母様」「そうだな。もし向こうで嫌な奴がいたらこっそり消すだけの人脈はあるのだから遠慮するなよ」「……善処しますわ、お兄様」
「ふふ…。大丈夫よ。お兄様が本気でそんなことするわけないじゃないですか」
暖かい笑顔、楽しげな声…。
血の繋がりよりも深い心の繋がり。そして、それでも埋まらなかった、心の空洞。
何故か埋まらない寂しさが、家族に申し訳なくて隠していた。
…けれど、もう寂しくない。今は。
マリシアは微笑んだ。
「…あ、そうだ。私の作ったスープってどんな味なのかしら?飲んだことないのよね」
王妃がふと思い立って目の前の真っ黒なスープ(オニオンスープ)へ手を伸ばす。
「…!!いけません、お母様!僕達の手料理を全部食べてからにして下さい」
「そうです!!ほら、このサラダは私が作ったのですよ」
マルスとミネルが慌てて言った。
マリシアはアリアに我が儘を言った。
なぜならマリシアにとってアリアに出会うまでは家族が世界の全てだったから。
だからせめて、マリシアが現実を受け入れるまで…どうか姉になってと願った。
「…これで、マルスもミネルもマリシアもいいお嫁さんになれるわ」
「お母様。…僕は死んでも嫁には行きませんよ?」
「ふふふ。半分ぐらい冗談よ」
「半分は本気なんですか、お母様」
今日も、王家の食卓はうるさくて騒がしくて……楽しい。
マリシアは自分たちで作った料理を口へ運んだ。
「…美味しいですわ」
こうして、華麗?なる王家の晩餐はゆっくりと終焉を迎えたのであった。