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magnet  作者: 華梨
不穏な影、突然の再会
22/25

第二十一話:出発の時、それぞれの思惑

「アリア姉様?」

 マリシアは馬車へ乗り込むと、アリアがなにやら考え込んでいる様子だったので思わず声をかけた。


 マリシアが、馬車に乗ると、御者が鞭を振るって馬車が動き出す。そして他の、大臣や侍女たちの乗る馬車がいくつか連なって滑るように進んでいく。王女の馬車が先頭で、後方で貴族がいるのが見えた。

 その前後を騎士たちが馬に乗って守るようについている。状況が状況でなければただのパレードのようだった。

 が、アリアはそんなことに構う暇はないとばかりにそれでも尚頭を抱えていた。時折ため息までついて。マリシアが声をかけたというに返事をする素振りすら見せない。


「…何であんな紛らわしい寝言を……ってマリシア様!?」

 アリアはマリシアの存在に気付くと素っ頓狂な声を上げた。

「どうしたのですか、アリア姉様?気分でも悪いのですか?」


「…いえいえ、別件でちょっと揉めただけです。お構いなく」

 すかさずメイがアリアの代わりに答える。マリシアは目を瞬かせた。

「別件って…?」「ああ、ところで、なぜ、アリアのことを姉様と呼ぶのか説明頂きたいのですけど」 メイはマリシアに口を挟ませないよう、封じようとする。


 このままうやむやにするつもりか。

メイの十八番、『適当なこと言ってうやむやに押し切ろう』作戦だ。

 大方、侍女を密かにやっていたという事実を伏せておきたいのだろう。大貴族の令嬢が侍女をしていたと知られたら問題になりそうだからだ。

マリシアはメイをじっと見つめて答える。

「……私の我が儘ですわ」

「そうでございますか。紹介が遅れました。対面は初めてではありませんよね?私の名はメイ・レイアス。レイアス家の長女にございます。アリアとは仲の良い友人なのです」

「…丁寧な自己紹介をありがとう。私の名はマリシア・チェリア・ディ・プリウスですわ。これから長い付き合いになるのですから、余計な敬語はいりません。どうぞ、楽に過ごして下さいまし」

 いつもこうやってメイは都合が悪くなると話をずらす。話題のすり替えがやたら上手いというか、話の主導権を握るのが上手いのだろう。

「そうですか、ありがとうございます。…何黙っているのよ、アリア」

「……メイが、まともに敬語、使ってるの初めて見たから、珍しくて」

アリアは珍しいものを見る顔でメイに言った。メイは胸をわざとらしく反らしてにんまりと笑う。

「へへん!アリアよりは上手く敬語使えるわよ、ワタクシ。これでも受けた教育は悪かないのよ」

「なにをー!私だって三週間ぐらい地獄の授業受けたんだからね」

アリアも負けじと言い返す。

「ふふふ…」

 メイとアリアはマリシアが笑いだしたので、言い合いを止める。

マリシアは、ちょっと恥ずかしそうにアリアたちを見る。

「羨ましいですわ。私もそんな感じに話してみたいですわ」

「そーですね、マリシア様ならすぐに出来ますよ。アリアの真似をすれば良いんですから」

メイが能天気にそう言うと、アリアはメイをたしなめるように、

「それって暗に私が庶民だって言いたいの?メイ?」

「いーや、私そんなの全然、欠片も思ってませんわよ。オホホホ」

アリアは言い返そうとして、はたと、今の状況を思い出す。馬車は町へともう出ているのだ。

「…っあ、マリシア様!手を振らないと!」マリシアに告げる。

マリシアはキョトンとした顔をして言った。

「…あら、忘れていたわ。だって面倒なんだもの」


「……」アリアは言葉を失った。メイがこそっと呟く。

「…マリシア様も言うわね~」


 町の人達は窓から姿を見せないマリシアを気にせず騒いでいる。活気に溢れた声や音が壁を隔ててその事を告げていた。

もしかして、手を振らなくても大丈夫なのか。どうやら基本的に騒げたらそれで良いというものらしい。

じゃあ、良いのかな、と思ったアリアはマリシアにそれ以上何も言わなかった。

 ただ、こんな調子で大丈夫かな?ちょっと先行きが心配になった。メイの適当な所がマリシア様にうつらなきゃ良いけど。

そう思っているとメイが唐突にアリアに質問した。


「アリア。馬車の旅は長いから、暇だしあの話して。幼なじみ君とは会えたんでしょ?その後めっきり話を聞いていないんだけど。どうなったの?結局」

 メイはやたらと生き生きとした顔でアリアに迫るようにして聞く。

 確かに初めて会った日にメイにはユーイと会ったことを話していたけど、それ以降話をしていないことにアリアは気付いた。

「え…」

 アリアはとっさに後ずさろうとするも壁に当たり、逃げ場がないと再認識する結果に終わった。広いとはいってもやはり馬車は馬車だ。

「幼なじみ?一体何の話ですの?」マリシアも興味を示す。

「えっと…」

 アリアはこの状況をメイのようにさらりと返せるほど器用ではなかったため、折れざるを得なかった。


「私には幼なじみがいて、その幼なじみと別れるときに約束をしたのです。再び会おう、と。このペンダントがその証です」

 アリアは首にある鎖を引っ張ってペンダントを取り出し、マリシアに見せた。

ユーイと会った日からペンダントは首から下げて、服の中にしまい込むように隠している。そうでなければ何となく取られてしまいそうな気がしたからだ。

「綺麗な赤色ですわ。それにとってもロマンチックですわね。本の世界のようです」

 マリシアは目を輝かせた。そこで、メイが割り込むように語り出した。

「でも、それから幼なじみは全くもって音沙汰なし。心配したアリアは健気にもその幼なじみを捜しに侍女勤めをする事に決めたのです」

 アリアはメイに文句を言った。

「……何で、メイが入ってくるのよ」「私のほうが説明は得意だから。ドラマチックに、泣けるように説明してあげるわ」「ちょっと。そういうのはいらな……」

 メイはアリアを無視して語り口調でとつとつと話し出した。

「アリアはその時思っても見なかったのです。その結果、幼なじみと運命的な再会を果たす事になろうとは……」

 マリシアがごくり、と唾を飲む。

あ、もう止められない。アリアが諦めた瞬間であった。


「そんな事情がアリア姉様にはおありになったのですわね……。マリシアは驚きましたわ」

 マリシアはグスグス鼻を鳴らしてハンカチを目に当てた。その後アリアは抵抗する気力も失せて為されるがままだった。

「我ながらになかなかいい語りだったわ」メイは一仕事しましたという顔で満足そうに言った。。

「……何でそんなに声色使い分けられるのよ」

 メイの語りはもう声の抑揚から高低までしっかり使い分けられていた。それはもう不気味なほどに。語った話が話でなかったらアリアも感心したかもしれない。

「いやいや。そんなに褒めなくても。ついつい熱が入っちゃったわね」

「褒めてないわよ。……大体話も若干盛っていたでしょ? 」

 メイの話ではやたらとユーイがアリアに詰め寄ってきたりしていた。それは夜にあったときの一回しかない。アリアは半眼でメイを見た。

「そう?話っていうのはそういうものなのよ。でないと面白くないじゃない」

 メイが当然のように言うのでアリアはため息をついた。これで、今日何回目だろうか。

「で、それ以降はどうなった知らないんだけど、どうなのかな?アリアちゃん」

 それがあったか……。アリアはさらに深くため息をついた。


 メイに促されてアリアは知っていることを話す。

「まず、ソレイユさんから聞いた事を言うわ。

ソレイユさんによると、ユーイは記憶喪失らしいの。だから、私のことを覚えていないのも当然で。……でもペンダントのことは覚えているみたいだから、ずっと前の記憶は残っていると思うわ。私と過ごしてた頃の記憶がないだけかも」

 アリアはそこで一端口を閉じ、躊躇うようにしばらく黙って目の前の床をじっと見つめていた。そして、大きく深呼吸をするように息を吸って、吐き出してから口を開く。

「ユーイには、……妹がいて。でもソレイユさんはいないって言っていて、どうなっているのか分からないんだけど、いないことになっているらしいの。ユーイのお母様も亡くなられてて……」

「うわー……。もの凄い事情がありそうね」

 メイは呟いた。その隣でマリシアは絶句している。アリアは目を伏せて、話し続ける。

「多分。別れた後に何かあったんだと思う。それが何かは分からないけど……」

「結構な問題よね…。どっから手を出していいか分からないわ」


 メイはアリアの話を聞いた後に思考しながら、さっきとはうって変わって真剣なまなざしで聞いた。

「アリアはそれで、これからどうしたいの? 記憶を思い出させたいの?ただ、過去を知っておきたいの?

これからの情勢は危ういし、もしかしたらシス国と戦争になったら、お互いに敵同士よ。それでも、…関わりたいの?」

 メイの言葉にアリアは顔を曇らせた。


「…分からないわ」

 それが、正直な気持ちだった。分からないままに時は進んで、アリアは思わずユーイを知る術を得る道を選んだだけだった。目の前の選択肢に、迷っている暇がなかったというのは言い訳になるのだろうか。

 知ってどうするかを考える時間なんてなかったのだ。

 今の今まで自分の気持ちを振り返ってこなかったアリアは未だに自分が混乱したままだったのだと思い知らされる。

「分からないことだらけで、どうすることが最善なのか決められないの…」

 アリアがどう答えるべきか考えていると、メイはえいとばかりにアリアの額を弾いた。

「別にそれでもいいのよ。今焦って答えを出せなんて言ってないわよ。また状況によって変わってくるだろうし……最善なんて分かったら苦労しないんだから」

「え……?」アリアは額を抑えて思わず声に出した。

「だから。私が聞きたいのは、それで後悔しないのかってこと。今さらだけど。アリアは分からないけれどそれでも行くの? それで、後悔はしない?」

「後……悔?」

「これは例えばの話よ。もし、幼なじみの過去を知ってそれがどんなに凄惨なものでも知らなければ良かったと思う?」

「それは、思わないわ」

 むしろ知らない方が嫌だ。ユーイがどんなことに巻き込まれたのか、フェリキアの行方はどうなのかについて無知でいられるわけがない。

「もし仮に、それでアリアが命を狙われることになっても?」

「……それでも」

 アリアは顔をしっかりと上げた。知らないでいることの方がきっと苦痛なのだ。それだけは数少ない分かっていることだから自信を持って言える。

「私は、関わらないで後悔するよりも、例え後悔しても関わる道を選びたいの」

 アリアはきっぱりとした声で言うと、メイは「分かったわ」と微笑んだ。

 それは、今までのとは少し種類が違うような、晴れ晴れとした笑顔だった。アリアは、その笑顔に息をのんだ。


「じゃあ、取りあえず、戦争を止めましょうか?」

「え?」

 そして、思わず聞き返した。

 メイがまるで今日は出掛けるのを止めましょうかと言うようにで戦争を止めると言い放った事に驚いたのだ。

「だって、戦争起きたらそんなことしてる場合じゃないでしょ。敵だの味方だの面倒臭いわ。それ以前にシス国に行っている最中に戦争が起きれば私達、命すら危険だけど」

「あ…そういえば、そうか」

 アリアはそれに初めて気付いた。密偵になるって決めたけど……そんな危険があったのか。

「…アリア。それ誰にも突っ込んでもらえなかったの?」

 メイが呆れながらアリアに聞く。

「うーん…。そう言えばしつこく確認を取られたような」

 クロウリーや色んな人達に止めるなら今の内だと言われたアリアは記憶を引っ張り出しながら言った。誰も言わなかったのは、言わなくてもわかっているだろうと思っての結果であるが、それが裏目に出たようだ。


「…でも、知ってても私はこっちを選ぶわ」

 アリアはしばらく思い返していたが、やがて振り切ったような笑顔を浮かべた。

「…それでこそ我が親友」そう言ってメイはアリアを軽く小突いた。

「…私のことも忘れないで下さいませ。思いは同じですわ。そのために、私はシス国へ行く必要があるのですわ」

 マリシアも弾んだ声で言った。


「それじゃあ、行きますか…いざシス国へ。我らが野望、叶えようぞ!」

「…野望なの、これ?」

 アリアが疑問に思うと、メイがいつものように笑う。

「野望って響きが何かそそるじゃない」

「そそる? どういう意味なのですか?」

「メイ!! マリシア様に変なことは教えないでね!」

 王女の馬車の中で外に負けないぐらいに声が響いた。



*      *      *


「もう王女も出発…。この国ともしばらくおさらば、か」

 シス国の大臣はワインの入ったグラスを無造作に回しながら言った。そして、ワインの匂いを楽しんだ。


「そうね、全て貴方の思惑通りに。これで、貴方は満足なのかしら?」

 王妃はテーブルに頬杖を着いて、大臣に問う。

 出発の日の朝。王妃と大臣は最後の話し合いを行っていた。非公式であり、その場には二人しかいないのでその内容は本人たち以外分からない。

そして、テーブルにはチェスが置かれていた。その盤の上の駒は煩雑に散らばっているため、どちらが勝ったのか、当事者以外分からない。


「いや、まだまだ…足りないな」大臣はこの上もなく嬉しそうな顔をして言った。

「…贅沢なのね。そういう男は嫌われるわよ」

「何に?」

「女に、よ。…勝利の女神様も含めてね」

 大臣はフッと笑う。

「そんなもの、どうでも良いさ」

「……貴方、どうしてこんな事をするの?」

 王妃は唐突に大臣に問うた。

戦争を起こそうとしているのは分かっている。でも、それに何の得があるというのだろうか。

 ソマリア国は商人の国。シス国は職人の国。ソマリア国は貿易で得た食料や物資をシス国へ、シス国は鉄などの貴重な鉱産資源をソマリア国へ。それで上手くいっていたはずだった。

 ソマリア国とシス国は持ちつ持たれつで、争うことに得がないのは事実だ。それどころか、争えば互いに消耗し合って他の国に攻め込まれることぐらい理解しているはずなのに。王妃は未だに、その理由を知らない。計ることが出来ない。


 大臣はその問いに、手に持っていたグラスをテーブルにおいた。グラスの中のワインが小さく波紋を描いて、しばらくして消えた。それを眺めた後、押し殺したような声で囁いた。

「それは、欲しいものがあるからだ」

「……え?」

 王妃は聞き取るのもやっとな声を拾うと、思わぬ答えにそう返していた。大臣は目を細め、グラスをテーブルに置いて席を立った。

「そのうち分かるだろう、……お前なら」

そして、手元の盤から落ちて転がっていた駒を拾いあげる。

「…君のマリシアは頂いたよ」


 その駒を王妃に向かって放ると、大臣は去っていった。

王妃はそのふわっと宙を舞う駒を受け止める。そして、手の中の駒を見つめて目を伏せた。

欲しいものがあると言ったけれど、それはソマリア国か……それとも。

 王妃はしばらく思考した後、駒をそっと盤の上に置き、小さな声で呟く。

「貴方は、もう私の味方でいてくれないのね……」

 それは、仕様のないことなのかもしれないけれど。


 戦争を止めたいと願う者。戦争を仕掛けようと欲する者。

両者の色々な思惑が乗せられた馬車は一体どちらの駒になるのか…。それは、誰にも分からない。



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