第十八話:パーティーの後で、我に返ったアリア
「………何か、前もこんな事があったような?」
ベットの上でアリアは呟いた。
アリアが目を覚ますと、もう朝だった。しかも、朝日はだいぶ昇っているようだ。
「ああ、起きられましたか?あなたは、昨日のパーティーで体調を崩して倒れられたのですよ。お連れの方がここまで運んで下さったので、覚えていないかもしれませんね」
看護婦がアリアが起きたことに気付いて声をかける。
いつの間にかカツラもドレスも脱いでいる。おそらく看護婦さんがしてくれたのだろう。アリアは今、医務室に置いてある簡素なドレスを着ている。
っていうか、私がカツラをかぶっていたことに対して突っ込まないんですか?
そう思ったアリアは聞いてみたいが、逆に自分が墓穴を掘りそうなので諦めた。
「……………そうなんですか?」
うーん、全然覚えていないんですけど、途中までしか。アリアは昨日の記憶を辿り始める。
確か、ユーイと二人で、外で話していて…いつの間にか…ふらふらして………。
せっかくフェリキアの事とか聞けるチャンスだったのに、勿体ない!アリアは悔しく思った。‥‥‥‥あれ?もしかすると。
「あの、ここまで運んできてくれた人って、金髪で緑目で騎士の格好してませんでした?」
「はい。そうですよ。途中でいなくなってしまわれましたが。
ところで、お体の具合はいかがですか?熱っぽいとかだるいとか、ありますか?」
「ええっと。体調はむしろいいです」むしろ昨日よりもずっと体が軽い。最近寝ていなかったせいだろうか。………じゃなくて。
アリアは一度に色んな事が頭に入ってくるので情報処理が上手くできない。
アリアが倒れるまではユーイと一緒にいたわけで、そして、運んできてくれた人の心当たりは一人しかいないわけで。
つまり、その、…ユーイが運んできてくれたのだろうか?
「…何だか顔が赤いですけど、本当に大丈夫ですか?」
「!!……………赤くなんかないです。むしろ普通です!大丈夫です!!」
アリアは慌てて言い繕うと、看護婦は薬を渡す。
「取りあえず、この薬を渡しておきます。滋養強壮剤です。食前に飲んで下さいね。
あと疲れがたまっているみたいですからちゃんと、寝て下さいね。無理は厳禁です!」
「…分かりました」
もう三度も、このような失態は犯したくない。…恥ずかしすぎる。
アリアはそんなことを誓いながら返事した。
アリアは侍女練に戻った。
メイはすでに仕事に行ってしまったらしく、部屋には誰もいないため、いつもより部屋が広く感じられた。アリアは、いつもの制服に着替える。
いつもの時間なら、クロウリーの授業を受けている時間だったろうか。
そう思ったアリアは取りあえず授業の部屋に向かうことにした。
「遅いですよ」
部屋に入るなりクロウリーがアリアに言った。その手には分厚い本。どうやら、アリアが来るまで読書をして時間を潰していたようだ。
アリアは、遅刻の理由を説明しようとする。
「すいません。実は昨日のパーティーで…」
「ああ、知っていますよ。体調を崩して倒れたのだとか。私の情報網を舐めないで下さい」
「…すいません」アリアは謝った。体調を崩してしまったことも、そのせいで予定がずれてしまったのも、アリアのせいだからだ。
「何を謝っているんですか?誰しも体調ぐらい崩しますよ。…ただ無理をしすぎてはいけない」
「え?」よりによってあのクロウリーに無理をするなと言われ、アリアは戸惑った。
「大体密偵をするに当たって体調を整えるのは最低限かつ非常に重要なことなんです。でなければ、とっさの判断を誤ることもありますし、それが、敵に情報を掴ませてしまうことにもなるのですよ」
なんだ、密偵のため…。アリアはホッとした。
クロウリーがアリアを気遣うなんて、むしろ怖い。怖くて夜も眠れなくなりそうだ。
「でも、私は、課題のための時間とか、やることがあって…睡眠時間を削らないと出来なくて…」
「それがいけないんです」
「課題の時間を短縮するために何でも利用しなければいけません。何故私に質問しないのです?それだけじゃない。貴女には多くの気遣ってくれる友人がいるでしょう?何故彼等に頼らないのですか?」
「……そんなに迷惑かけられません!」
アリアはクロウリーにそう言った。これは、密偵になるということは、アリアの勝手なのだから、誰にも迷惑をかけたくなかったのだ。
「それで何にも言わずに勝手に進んでいって倒れられる方が心配になるでしょう。むしろそっちの方が迷惑ですが」
「う……」
確かに、その通りだ。
アリアはぐうの音も出なくなって黙る。
「…………確かに、その通りですけど。でも、」
「でもじゃありません。今日の授業はお休みです。しっかり体調を整えて下さい。
貴女は一応やれば出来るんですから、一日休みがあれば充分ですよね?」
「…はい」
アリアは渋々返事をした。体調はもう良いというのに。
「パーティーで得た情報は後で聞きますから、今は部屋で休んでいなさい」
そう言われたアリアは部屋へとすごすごと帰っていった。
* * *
「どうだった?何か分かることはあったかしら?」
王妃はアリアに悪戯っぽい瞳で問う。
次の日の朝、つまりパーティーが終わってから二日後のことだった。
アリアはマリシアの部屋へ行く時間で、王妃との謁見をしていた。
「はあ…一応」アリアは少し自信なさげに答えた。
まだ一週間しか時間がなかったというのは言い訳になるのだろうか、とアリアは思う。
「物価が上がり始めているそうです。特に、小麦と鉄、塩。後…」
アリアは考えながら言う。
他にもいくつか…。どこそこの領地が水害で、どこそこの貴族が税を横領しているらしいといったうわさ話を細々と話す。
王妃様もこれぐらいなら把握しているだろうなもしくは耳に入れる価値すらないというレベルだ。
「あと、覚えているのは…時が我らに味方するだろう、とリーディアナ国の人が言っていました。盗み聞きで前後がよく分からなかったですけど」
リーディアナ国はソマリア国の西にある大小五十余りの島からなる島国だ。
その立地を生かした貿易と、リゾート地としての観光業が盛んな国だ。
ソマリア国は海に面した国なので、海を挟んだお隣さん。と言うべき存在である。
「ふうん。それってどんな人が言っていたの?例えば服とか…」
「うーん…。普通の貴族の格好で、リーディアナ国の紋章をつけていて……」
アリアは記憶を思い返しながら辿るように言った。
二人の男が隅の方でこそこそと言っていたので記憶に残っているのだ。壁の花になっていたアリアは暇つぶしにちょっと聞きかじることしかできなかったが。
「付けていた腕輪が、青かったです」変な色の腕輪があるものだ。滑らかで、けれどもシンプルな作り。やはり外国の人というのは見ていて飽きないなぁと思っていた。
「…そう。ありがとう。参考になったわ」王妃様が笑って言う。
その言葉に照れてアリアは赤くなる。
「いえ。大したことではありませんから」
「あら、そうとも限らないわよ。もしかしたら…の話だけど」
どういう事か分からず、かといって聞くことも出来ずアリアは黙って首を傾げていた。