第十六話:給仕姿の王子様
ソレイユがユーイとアリアが踊っているのを見て満足げに微笑んでいると、後ろから声をかけられた。
それは給仕の男だった。男は金髪で、長めの前髪は少し邪魔そうだ。目は恐らく青。身長は平均ほどでそこまで珍しい風貌ではないが、どこか人を引きつけるものを持っていた。
「あなたのような人がこんな所に何の用です?」ソレイユは振り返らずに言う。
「ちょっと恋の仲人をやっているところですが何か?」
ユーイが聞いたら斬りかかってきそうなセリフをいけしゃあしゃあと放つ。
「さしずめ恋のキューピッドですか?はっ。これほど善行が似合わない男もいないだろうが」急に男の様子が変わる。ソレイユはそれに対して反応を見せなかった。
「失礼ですね…。そっちこそ何の用ですか?こっちは忙しいんです。殿下」
殿下と呼ばれた給仕姿の男はふんっと鼻を鳴らした。
そう、ソレイユに話しかけた給仕は何を隠そうこの国の皇太子、マルス・レックス・ディ・プリウスである。つまり、次期国王。本来ならばソレイユは話しかけることすら出来ない。
「今は殿下って呼ぶな。…おや、あそこで踊っているのは君の所の隊長と…ああ。マリシアの友人Aか…」
「何なんですか、その友人Aというのは?給仕の男Bに言って欲しくないですねぇ」
「誰が給仕の男Bだ!うちの可愛いマリシアが友人だと言っていたのだ。まだ僕は認めてないが…」
「相変わらずですねえ。マリシア様もこのような兄を持って大変でしょうね」
「なっ…」
ソレイユにとっては本来話しかけることすら叶わないはずの皇太子殿下であったが…。
威厳が足りないせいなのか、その性格のせいであろうか。ソレイユからは敬意を払おうとする心構えすら感じられない。本人は、気付かぬばかりである。
「そうそう、それはそうとこっちの質問に答えて下さい。何の用ですか?」
「待て!今日はお前と舌戦をしにきたんじゃないんだ。大体お前と腹のさぐり合いをして勝てる気がしない。マシリアの様子を見に来ただけだ。久しぶりにお前の顔を見たから話しかけてみただけだ」
「そうですね。私が文官をやめてから結構経ちましたからね。昔と変わらないですね、ここは」
「…そうだな」マルスは追憶して、遠くを見るような目で返答した。
マルスがこの食えない人間と出会ったのはおよそ七年前。十歳の頃。
ソレイユはマルスよりも四つ年上で、王妃である母と共に隣国を訪れたときにマルスの遊び相手をしてくれた。
ソレイユは身分はそれほど高くはなかったが、その才は文武両道で二十年に一度の天才児などと呼ばれていた。マルスはそんなソレイユに憧れ、短い期間だったが大分懐いたものだ。
あれが、ソレイユの表の顔とは知らずに。
ソレイユの素顔を知ったのは、それから三年後。マルスが十三才となり、少しずつ母の公務を手伝いだした頃のこと。貿易の取り引きについて会談を行うのについていったとき。
外務省の大臣と共に赴いた会談の席に隣国の使いとして座っていたのがソレイユだった。
思わぬ顔見知りを発見してマルスは純粋に嬉しかった。が、しかし…。
「関税の件ですが、もっと下げて頂けないでしょうか?」と、ソレイユが笑って切り出す。
「なぜです?充分押さえているつもりですが」
「はあ、その事なのですが。大変心苦しいのですが、どこかで不正が起きているとしか言いようがないのです」
「と言うと?」
「こちらの資料をご覧下さい。こちらが我が国の輸出品目です。例としては、そうですね。鉄を上げましょうか?
下のグラフに我が国での単価の値段が左に載っていますね。そのすぐ右が本来の関税をかけたときの単価であり、その値がこの国での鉄の単価と同じでないとおかしいはずです」
マルスはソレイユの指示通り配られた資料に載せられたグラフを見る。確かに、本来の鉄の単価より、この国で売られている鉄の単価は少々高くなっていた。
「そちらの手を煩わせたくなかったので、勝手ながら調べさせて頂きました。
その調査の結果によると、我が国の輸出はもちろん、他の国からの輸出品もまとめて市場に送られるのですが、それからなのですよ。計算が合わなくなるのは。
その市場の元締めはあなたですね」
ソレイユが視線を送った先には外務省の大臣。全身から滝のように汗を流していた。
大臣は汗をハンカチで拭いながら若干焦って言う。
「は、はあ。そのようなことは初耳です。早速調べなければ…」
「私は『そちらの手を煩わせたくなかったので、勝手ながら調べさせて頂きました』と先ほど申したはずです。調べはついていますよ。調査結果はあなたに渡しておきましょう。まあ、あくまで複製したものですが…。
恐らくこれを読めば、元締めであるあなたなら見当はつくと思います。王妃様に直接差し上げても良かったのですが…」
王妃に渡しても良いと言うことは、部外者が見ても十分に犯人を特定できるだけの証拠があるということだ。しかも複製を渡しておいて自分は原本をキープ…。
会議室の温度が下がった。主にソマリア国側の。
ソレイユは一端そこで話を切ると大臣の様子を窺うように沈黙する。
大臣の顔色が青くなったのを通り越して真っ白になっていた。血の気が引くとはまさしくこのことをいうのだろう。
「…まあ、この話は今は良いでしょう」
その言葉に大臣があからさまにホッとする。子供の俺から見てもバレバレだよ、オッさん。
どう見てもこの大臣、私腹を肥やすために不正を行っているようだ。
「というわけで、不正が起きていたということで、その分の関税を下げて頂きたいのです。我が国に非はないのですから。よろしいですね」
ニコッ。
ソレイユは微笑んで言った。
その目はちっとも笑っていなかった。否と言えば即座に調査書を王妃に渡して地獄の底まで落すだろう。間違いなくやるだろう、この男は。
大臣が震えながらコクコクと頷くとソレイユは満足そうに頷いた。
「いやあ、物分かりの良い方で良かったです。…これからも、何かとよろしく頼みますね」
「………っ!!!」
会議室に戦慄が走る。
この男はこれからもこのネタで大臣を脅すつもりだと分かったからである。ヤバイ、このまま野放しにしたら、この国はあの男によって絞り尽くされるだろう。このとき、マルスは本気で国の将来を憂えた。
「本当にチョロいですね。わざわざ私が付け入るための隙を自ら作って下さるなんてね…。マルス。政治とはこういうものですよ」後で話しに行ったマルスに向かってソレイユは笑って毒を吐く。
それから、マルスは以前あったときの親切で優しかったソレイユを思いだし、それから現実を見つめた。ああ、あれは何かの夢か幻か。
ソレイユと対決するたびマルスは善戦するも最終的には圧倒的な力で負けてきた。あの、悪魔のような微笑みで勝利をかっさらっていく男はマルスにとって最大のライバルであった。
ソレイユは相手の弱みを握るのが病的に上手い。悪魔と何かの契約をしているのではないかと思われるほどだ。あと、それを使って相手を効果的に脅すのも。
…前世は悪魔に違いない。マルスは勝手にそう思っていた。
「そうそう、マルス。ちょうど良いところに来ました。ちょっと会ったついでに、君に頼みがあります」
ソレイユが思い出したようにマルスに言った。マルスは、ソレイユの声で我に返った。
すぐにマルスは断ろうとした。ソレイユの頼み事など、今までろくな事がなかったためだ。
「それは断…」
「拒否権はありませんよ。聞いて頂けないようでしたら、マリシア様に今までの君の所業を喋ります」
「くっ…それだけは…」
マルスも例に漏れずしっかり弱点を握られている。
「もし、この国に精獣使いがいるんでしたら、警備の強化を。さもないと…」ソレイユはそこで、口を閉じた。
マルスはその言葉の先を聞かなくても、言いたいことは分かったので、頷いた。
「…分かった。それはどうにかしておく」「後もう一つあります」「っ!!まだあるのか!?」
ソレイユはマルスに小さな声で何事かを呟く。マルスの目が見開かれた。
「………以上、これらのことを調べてみて下さいね」
「分かった。…ていうかソレイユ、お前どこまで分かっているんだ?」
マルスは恐る恐るソレイユに聞いた。もう一つの頼みを聞いてどうにも気になったのだ。
「聞きますか?」にたり、とソレイユが笑う。
「…やっぱりいい。……後が怖いから」
ああ、やっぱりこの男はやり手だ。
だから、マルスはソレイユを敵に回したくない。
だから…
「…戦にならなければ良いんだがな」マルスは呟く。
恐らくこのパーティーは様子見。各国が緊張状態の二国に対してどのような対応を示すのか探り合うために仕掛けられた、腹のさぐり合い。
マリシアがシス国へ行かねばならなくなった今、マルスは未来のことは分からないが嫌な予感を感じている。外れて欲しい、嫌な予感…。
「それはこちらも同感ですよ」耳聡いソレイユはマルスの言葉にそう告げた。
どうにも、何かの意図を感じるのだ。
まるで、獲物を丸飲みにするヘビのように、何者かが、二つの国を飲み込もうとしている、そんな気が。
その全てを知る術はまだ、ソレイユにもないけれど。
初期設定ではソレイユはツッコミ役で、マルスはクールな王子でした。
一体何が起こったのでしょう?それは、作者でも分かりませんww