第十五話:ちゃんと踊ろう、Let’s ダンス!!
「…」アリアは絶句した。
絶対目があったらばれるだろう。確実に。
まさかこんな所で顔見知りと会うと思っていなかったアリアは動揺した。
ちなみに、侍女たちはパーティーの準備こそするが、給仕はしない。
身分もそこそこあり、きちんと教育を受けた給仕係という者がいて、こういった格式高いものは全て彼等が給仕を行うのだ。だから、心配いらないと思っていたのに…。
表面上はにこやかに笑っていたが内心冷や汗たらたらであった。
そして、怖れていたまさかの出来事がアリアを襲う。
ユーイと目が合ってしまったのだ。アリアはすぐに目をそらしたかったが、今は大貴族の令嬢であるため、にこやかに微笑まざるを得なかった。
気付かないで。そう念じながら微笑むと、ユーイはサッと目をそらしてくれて一安心する。
よかったカツラ着けてて…。アリアは内心喜んだがその喜びはぬか喜びにすぎないのだとは気付かなかった。少なくともこの時は。
そして、気が付くと辺りから拍手が起きる。
「マリシア王女よ。なんて可憐な…」
そうだ、今回のパーティーにはマリシアが出席するのだった。
そして今がマリシアの登場の時らしい。
アリアも周りに習って手を叩く。上品にやらねばいけないので、拍手というよりは手を合わしただけだが。
やや緊張した面持ちのマリシアは周りに手をひらひらと振る。その姿は妖精のように愛らしくピンクのフリルのついたドレスがよく似合っていた。
鬼でも微笑んでしまいそうな愛らしいマリシアを見て、ユーイも微笑んでいるのではないかと思ってそっとユーイの方を盗み見ると、ユーイは眉間に皺を寄せて拍手をしていた。
微笑みそうになるのを懸命に堪えているようでアリアは見ていて少しおかしかった。
そうしている間にマリシアは王妃に話を聞いていたのだろうか、アリアに気付いて少し嬉しそうにしていた。
アリアは妹がいたらこんな感じなのかなと嬉しく思いながら目線を送った。
情報も、…まあ、申し訳程度には集められたし、このまま何事もなくパーティーが終わればいいのにな、そう思った矢先に事件は起きた。
「マリアナ嬢、どうか僕と踊って頂けませんか?」
そう、ダンスの時間である。
一週間特訓したのにもかかわらず、アリアは未だにダンスを何一つとしてうまく踊れずにいた。さらに、ダンスなんて激しい運動をしたら、カツラが取れるに違いない。
あわわ。どうしよう…。
勘弁して下さいとは言えず、咄嗟のことでうまく答えられずにアリアが沈黙していると
「彼女は足を怪我していて、歩くのに支障はないのですが、ダンスなどの激しい運動は控えるように医師に言われているのです、そうですよねマリアナさん」
さっと声の聞こえる方向を見るとソレイユが微笑んで隣に立っていた。
ソレイユさん!!?なぜ!?
そう思いつつもアリアはせっかくなのでソレイユの出してくれた助け船に乗る。
「え、ええ…」
「それは、残念です。マリアナ嬢、また次の機会に誘いますので…その時はぜひ」
そう言って青年は去っていったのを見とどけて
「…あの」もしかして、バレています?
アリアはソレイユに上目遣いで恐る恐る呼びかけると
「まさかこんな所でアリアさんに会えるとは思っていませんでしたよ」
さらりと笑顔で言うソレイユ。
やっぱりバレていたか…。
アリアはがっくりと肩を落しそうになるも、お礼を言わなければと思い
「…助かりました。ありがとう、ソレイユさん」アリアは礼を言った。
「いえいえ。それよりも、これはどういう事情ですか?何かの罰ゲームですか?」
ソレイユが直球で聞いてきた。
「えっと。違います。……………まあ、言えないですけど。ふふふ…」
このことは内密にと言われているアリアは愛想笑いをして答えた。
「そうですか~。まあ、大体の事情は分かりますけどね。あはは…」
ソレイユもそう言って愛想笑いをする。
…怖い、この人。どこまで分かっているんだろう…。アリアは笑いながら思う。
「あはは」「うふふ」と乾いたわざとらしい笑いが二人を包む。
「とまあ、世間話はこれぐらいにしておいてですね…」
ソレイユが話題を変える。アリアはソレイユに翻弄されている気がした。
「驚きましたよ。本当にお綺麗ですね。隊長もかなり動揺していましたよ」
「へ?そうですか?…というか、気付かれていたんですか?」
「私は人の変装を見抜くのが得意ですから…。隊長も鈍くはないですしね」
「あちゃ…。まだまだですね、私」
思わず素が出る。アリアはだんだんと大貴族の令嬢であることを忘れてきた。
それにしてもバレバレだったなんて恥ずかしい。バレたのに演技を続けなければならないので、それを見られるのはもっと恥ずかしいが。
アリアはそんなことを考えていたので、ソレイユが何かを思い付いたというように、ほくそ笑んだ瞬間を知らない。
「そうだ、隊長を助けると思ってついてきてくれませんか?」
笑顔でソレイユにそう言われたアリアは、ついユーイの役に立てるならと了承してしまった。
…これは、この微笑みは、メイと同じ種類の人間だと気付きながら。
ユーイの目の前に連れてこられてアリアは驚いた。
目の前にいるユーイは令嬢たちに囲まれていた。どうやらダンスの申し込みが殺到しているようだ。
ユーイの機嫌がどんどん悪くなっていっているのが目に見えて分かる。
「地位も名誉もあってあのルックスですからね…不憫ですね」
「……」確かに気の毒なほどもてている。
「あそこにいるんで、助けると思って隊長の名前を呼んで下さい」とソレイユが言う。
「え…あの状況でですか?」アリアは思わずソレイユに耳打ちした。
さすがにそこまでの勇気はアリアにはない。令嬢たちの恨みを凄まじく買ってしまいそうだし、ユーイも怒るんじゃないんだろうか。
ソレイユは渋るアリアを見て、深刻そうな顔で言った。
「そうです。…でなければ隊長はストレスがたまって禿げてしまいます。それを止められるのはアリアさんだけなんですよ」
アリアは驚いた顔をする。
「え、禿げてしまうんですか?そんな…確かにさらっさらの髪で将来髪の毛なくなりそうですけど」
「……!!」
ユーイの耳がピクッと動くのをソレイユは感じていた。そして、ソレイユを睨みつけるのも。
…本当に面白い。
ユーイとの付き合いはそれなりに長いので思ったことは手に取るように分かる。
ソレイユは無意識にまるで新しいおもちゃを見つけた子供のように笑った。
そんなソレイユをよそにアリアは覚悟を決めていた。
「分かりました!私、やります」そう言ってアリアは二,三歩歩いてユーイに呼びかける。
「…ユーイ」
ユーイはアリアの声を聞いて少し躊躇っていた。迷っているようだ。
助け船を出しに来たのに。そんなに嫌われているのだろうか…アリアは少し落ち込んだ。
すると、ユーイは小さくため息をすると周りの令嬢たちに「連れが来たので失礼する」と言った後アリアの元に来た。そしてアリアの手を取る。
「へ?」アリアは驚いて、繋がった手を見る。
「…疲れた」
ユーイは一言そう言うと「撒くために踊るぞ」と会場の真ん中へとアリアを導く。
そこで貴族たちが集まって踊るのだ。
アリアは混乱した。
何でこんな事になっちゃうの?めちゃくちゃ令嬢たちに睨まれてるし、これは予想通りだが。
ユーイに手を握られていて逃げられないし…。アリアは混乱のあまり逃げることすら考えた。
…ああ、もうしょうがない。
アリアは開き直ることにした。
「ね、これでユーイは禿げないんだよね?ソレイユさんが言っていたもの」と。
何の悪気もなくアリアは言った。先を歩くユーイの顔はアリアからは見えない。
メイ曰く『アリアは真面目すぎる上に世間知らずなのよね~。何でも真に受けるし。あ、天然も入っているか。これほどからかいがいのある人間もそうはいないわ!』
ユーイは一瞬歩みを止める。そしてアリアの手を思わず強く握って、その後。
「…俺はジジイと同じ轍は踏まない」と言った。恐らくソレイユへの復讐を胸に誓いながら。
あ、祖父様の血筋なのですね…。アリアは口を開いて言おうとしたが言うべきではないかと思って口を閉ざした。
それよりも、問題なのは…。
「あの、私うまく踊れないの…」アリアはユーイに手を引っ張られながらもそう言った。
「問題ない、俺が踊れる」の一言でばっさり切られてしまう。
ダンスする場所に着いてしまったので仕方なくアリアは踊ることにした。
「笑わないでよ…」
演奏が始まった曲は、割と遅めのテンポのワルツ。戦争に行く恋人と別れを惜しむ曲…。
全然状況と合ってない。ユーイはアリアのことすら覚えていないのに。
ユーイの手がアリアの腰に添えられる。ゆっくり二人は廻りだした。
アリアは奇跡的に一回も足をもつれさせて転ばなかった。相手の足を何回か踏んでしまったが。
「すごいっ…。ユーイってダンスが上手いんだ…」アリアは感動しながら踊る。
「ソレイユの方が上手い。それにお前が下手すぎるんだ」ユーイは無表情で言う。
「うー。それは十分すぎるほど分かってる…」
そして、しばらく無言が続く。
ユーイは口数が少ないし、アリアに余り余裕がないためだ。いや、むしろ全然余裕はないが。
いつも以上に足取りが覚束ないのはカツラがずれてしまうのではないかと気が気でなかったのもある。
たまに、アリアの「ごめんなさい」と言うセリフが入る。もちろんユーイの足を踏んでしまったせいだ。
「…なんで、金髪なんだ?」突然ユーイがアリアに質問する。
「…変装」
アリアはユーイと目を合わせず、下を向いている。目が血走っているように見えるのは、気のせいだと思いたい。
ユーイは質問を続ける。
「なぜ、変装してまでここに?」
「………………試練?」
アリアの返事が片言なのはダンスに集中しているためだ。
最終的にユーイは聞き出すことを諦めて言った。
「…いや、もういい。お前の奇行は今に始まったことじゃない」
曲が終わった後、ユーイはさっとアリアの前から去ろうとした。
「あれ、ユーイ?何処に行くの?」とアリアが慌てて尋ねると
「疲れたから抜け出す」とユーイは答えた。
「私も疲れたからついていっていい?」アリアがユーイに聞くと、ユーイは複雑な顔をした。
「お前、意味分かって言っているのか?」アリアはキョトンとした顔をする。
ユーイが言いたいのはつまりは周りから逢い引きをしていると勘違いされるということなのだがアリアには理解できなかった。
かといって細かく説明するのが躊躇われたユーイは「もういい。勝手にしろ」と言って去ってしまった。
「…ちょっと待ってよ」
慌ててアリアは後を追う。久しぶりに会えたため、もっと話をしたいというのもあった。
けれど、それ以上に目を離すとユーイはまた、アリアの手に届かないどこかに行ってしまう気がしたから不安だったのだ。
ユーイは地味に祖父の頭が寂しいのを見て、自分も将来こうなるのではないかと危惧しています。
ソレイユにそれを知られてしまったのが運の尽き(笑)