第十三話:いざ、対面!ミネルの精獣グラン
「…暗くて前が見えないんですが」アリアがビビリながらミネルに言う。
「それもそうね。でも慣れるとどうって事無いわ。だから大丈夫」
何でもないようにミネルはのんびり言った。
アリアは手を頼りに壁伝えにゆっくり階段を下りていくのに対して、ミネルはささっと進んでしまう。
置いていかれるのではないかとアリアが少し不安になるほどだ。
そして、ミネルの後を追ってアリアが息をやや上げながら辿り着いた先は、よく分からなかった。暗いせいでどのくらい広いとか何があるのとかが見えないのだ。
そして、真っ暗で怖いのでアリアは壁から手を離すことが出来ない。
そんなアリアをよそに、ミネルは嬉しそうな声でアリアに言った。
「ここはね。川から引いてきた水を城で使うために一端ためる場所なの。だから、水も使われていなくて綺麗だし。水属性のグランちゃんも喜ぶの」
ミネルの声が響く。
どうやら、広い空間にいるらしい。ミネルの話からもその大きさが伺える。
ミネルがパチンと指を鳴らすと薄暗い地下が灯りによって照らされる。光の妖精の力を借りているのだろう。
普通の人間はこんなに簡単に妖精の力を使うことは出来ない。…さすがは王女様だなあ。
アリアは感心した。
「わあっ…湖みたい」アリアは思わぬ風景に声が上ずる。
照らされた水を貯めるタンクが湖のようだった。
まるで地下に作られた人工の湖のようだ。周囲は石造りで湖を中心にドーム状になっている。
「アリアさんにやっとグランちゃんを見せられるわ…!」ミネルはそう言いながら、自身の耳飾りに手を当てる。青色の宝石がリン、と鳴る。
「…グラン。出ておいで」
そして、姿を現したグランにアリアは腰を抜かしそうになった。
アリアの目の前にいるのは、銀色の鱗に身を包み、神秘的な青い瞳、そして、頭に輝くばかりの角を一本もつ、…竜。
絵本であったことしかない。架空の生物だ、と思っていたアリアはその迫力に声を失う。
「………!!?」
アリアはミネルを凝視する。…これって、本物ですか?
「可愛いでしょ。うちのグランちゃん」ミネルは嬉しそうに微笑んだ。
可愛いのだろうか?竜が?どちらかと言えば神秘的、美しいという表現が似合いそうだが。
「‥‥‥‥はい、そうですね」それらの言葉を奥の方へ押し込めてアリアは同意した。
ミネル様がそう言うのなら、それで良い…か、とアリアは思ったのだ。
アリアはだんだんスルースキルが上がってきているようだ。本人に自覚があるかは不明だが。
自分のことには割と無頓着なアリアは目の前の精獣を見つめた。
【主よ。この見慣れぬ娘は誰だ?】
どこからともなく声がするのにアリアは不思議に思う。心に直接響くような不思議な声。
もしかして、この声の主って…。
「アリアさんよ。私と同じ精獣使いなの!」ミネルが竜に向かって語りかける。
やっぱり!アリアは心の中で思う。…………すごいこれが、【対話】。
アリアは初めての体験に体が震えそうだった。
目の前にいる精獣は確かに実在して、意志を通じ合える。それが、あまりにも夢物語のようで、夢と現実の区別がつかなくなりそうだ。
「アリアさんにも分かる?」この声のことを指すだろう、アリアはそう思って頷いた。
「はい。すごいですね。他の人にも聞こえるんですね」
「いえ、他の人は聞くことは出来なかったわ。
‥もしかしたら、精獣使いなら聞き取れるのかもしれないわね」
アリアは自分には聞こえるのに他人には聞こえないことを知って驚いた。
こんなにはっきり聞こえるのに…。
「きっとグランちゃんに聞けばもっと詳しいことが分かるかもしれない。アリアさんが【対話】できない事とか。フレアちゃんを出してみて」
アリアは頷いて、フレアの名を呼ぶ。アリアの目の前にフレアが現れた。
【このような場所で同胞に会うとは思わなかった。…娘】
竜、グランに呼びかけられ、アリアは湖に佇む竜を見上げる。
【我らが対話の成し得たのは、互いがその心の在処を知っているからだ】
「心の在処?」アリアはその言葉の意味が分からず聞き返す。
【純なる物と純なる心が融合するとき、我ら精獣は生まれる。その純なる心は何処から来たのか?それを知ることが対話の足がかりになるだろう】
「ありがとうございます!…グラン、さん?」一瞬“様”をつけようとしたが、そこまで改まったら逆に悪い気がして“さん”に変えた。
それから、ミネルはグランのアドバイスに「さすが私のグランちゃん!」と褒めるとグランは【主に褒められて悪い気はしない】と言った。
「では、最後に私とグランちゃんの力をお見せしましょう」
ミネルはそう言うと、目を閉じた。グランも続いて目を閉じる。
【主、ミネルの名において命ずる。其の身を盾と成せ。銀の鱗は水を掻き抱いて灼熱の炎を飲み込み、血を洗い流す。其の身に秘めたる力を解放し委ねよ…】
厳かな詠唱が唱えられる。
アリアは余りの厳かな雰囲気に思わず息をのむ。
ミネルが詠唱を言い終えたとたん、アリアは水色の球体に包まれた。
「わ…」アリアはそっと球体に触れてみると水で出来ているらしく、手が少し濡れた。
「うふふ…。結構凄いでしょう?このバリアーはやろうと思えば城全体を包むことも出来るのよ」
「…すごい」アリアは驚いた。城全体を包む?あれだけの範囲も出来るなんて…
【主。余り無茶はすべきではない。城を包むなど、我は好まない】
「大丈夫!」ミネルはグランに向かってそう言うとアリアの方へ向いた。
「力は限られているの。主の精神力によって左右されるのよ。
だから、力を使いすぎると、あまりの衝撃に廃人になってしまう可能性だってあるの。
それに精獣は万能ではないの…。傷も負うし、死ぬことだってあるから、大切にしてね」
アリアはミネルの言葉を心に刻みながら頷いた。
そして、考える。自分の心の源が果たして何なのかを…。
【娘…。この者はお前と話をしたがっている。後はお主次第だ…】
グランは最後にアリアに向かってそう言ってミネルの耳飾りの中に吸い込まれていった。
その後。
当然クロウリーがこの状況に気付かぬはずもなく、アリアはミネルと共に、恐らくアリアは悪くないのだろうがついでに、こんこんと説教を受ける羽目になった。
自分はもしかしたら、運が悪いのかもしれない…。アリアは叱られながら思った。