第十一話:地獄の授業、一日目
長いので二話に分けました~
連続投稿になります。
「1,2,3,4…」
アリアは教えられたとおりのステップを踏もうと努力するも、リズムに体がついてこなかった。
おぼつかない足がまたステップを踏み損ねる。相手の足を踏むなどまだ良い方で。
「わっわっ…」足がもつれて相手も巻き込んで転ぶのが今のアリアの実力である。もはや実力と呼ぶのかすら怪しいものだが…。
一度もパーティーでダンスなどという行事には参加したことがないのだから無理はない…。そう思いたい。
因みにアリアの居る部屋は、ソマリア国の大臣やら貴族やら令嬢やらが泊まる、東の館の一室。
現在アリアは授業を受けている真っ最中だ。
「ダメですね、ダメダメですね」相手は転びそうなアリアを受け止め、手厳しいコメントを贈る。そのセリフがアリアの心に刺さる。
「うぅ…、すいませんっ!」
どうして、リズム感覚が皆無なの、私!!しかも…
「ダンスも真面目に出来ないなど、貴族の端くれだとしてもあり得ませんね。密偵など諦めて、おとなしく家へ帰ったらどうですか?」そう言ってダンスの練習をする相手はクロウリーであった。
何でよりによってこの人が先生なのよ!
アリアは以前睨まれたことで完全にクロウリーに対して苦手意識を抱いていた。
最近はクロウリーの辛口コメントのせいでむしろ苦手になっていた。
「がんばりますから、勘弁して下さい。もう一回、お願いします」アリアはへこたれずに気合いを入れてダンスという地獄のレッスンに挑もうとするが。
「ダンスに精を出すのも良いですが忘れないで下さいね。これから精獣の勉強の時間です」
とクロウリーに出鼻を挫かれる。
ああ、気合いが抜けていく…。アリアは肩を落した。他の礼儀作法やら歴史の勉強やらはまだ家で母や父に仕込まれているのでどうにかなるが、ダンスだけはぶっちぎりで危うい。
アリアの家は貧乏貴族…ダンスなんて華麗なものは習わなかったのだ。
「ああ、そうですか…」アリアは危機感を抱きながら返事する。
「そうです。先生は私ではありません」クロウリーの言葉に、アリアは落した肩を上げる。
「えっ、本当ですか!?」アリアの声が弾む。その後すぐに「あっ、別にクロウリーさんが嫌なわけではないですから」と付け足す。
ああ、危ない、危ない。これ以上嫌われたら、アリアとしても絶望的な状況になるに違いない。
クロウリーはアリアを見透かすような鋭い目をこちらに向けて、素っ気なく言う。
「別に言わなくてもあなたの思うことなど筒抜けです。心配いりませんよ。精獣について学ぶなら精獣使いに聞くのが一番早いですから…。覚悟は良いですか?」
「は?覚悟…ですか?」アリアは怪訝な表情をする。………覚悟って何?何の覚悟?
「それでは、お入り下さい、ミネル様」
アリアの返事を聞かずにクロウリーはドアを開けた。
そして、アリアの目の前に経っていた人物は…
「初めまして、アリアさん。私はミネル・レックス・ディ・プリウス。よろしくお願いしますね」
目の前に立つ女性は、艶のある長く腰より下まで伸びる美しく長い金髪で、澄んだ深海色の瞳…。スラッと伸びた長い手足。王妃に似た風貌…。
王妃の二人目の子供にして、この国の第一王女その人であった。
「えっ…」驚く余り言葉を失ったアリアにクロウリーが補足して言う。
「この国の精獣使いは現在ミネル様以外存在しませんので、自然とこうなりました」
そ、そんなあ…。アリアは途方に暮れた。
* * *
「私以外に精獣を持つ方がいなかったので、貴女に会うのを楽しみにしておりました。貴女の精獣を見せてもらって良いですか?」
「あ…はい。フレア、出ておいで…」
フレアがポンと出てきてアリアの頭に着地する。「…痛い」アリアはまさか頭に来ると思ってなかったので衝撃に驚いた。アリアは取りあえず頭からフレアを床におろす。
フレアは悪戯っぽい瞳でキラキラとアリアを見つめる。
…アリアの周りの人間の愛情表現というのは、タックルやら抱き締め攻撃さらには頭に乗っかるといった激しいものがどうやら好みらしい。
「まあ、可愛らしいわ!触って良いかしら?」目を輝かせてアリアに言うミネルは好奇心旺盛の子供のようである。
「フレアが良ければいいですよ」とアリアが言うとミネルは「そう」と言ってフレアに手を近づける。
フレアはミネルの手をクンクンと嗅ぐ。
「キューン」と鳴くとフレアがミネルの手を舐める。「ふふふ。くすぐったいわ」そう言ってもう一方の手で優しく撫でるようにフレアに触れる。
絵になる光景だなあ。これを絵に描いたらかなり高額で売れそう、などとアリアは考えてしまった。
「本当に愛らしいですね。羨ましいわ。私の精獣は大きすぎて…。アリアさん。いつか貴女に見せますから、それまで待っていて下さいね」
「…はい」アリアはミネルの精獣がどんなものか気になりながら返事する。
「アリアさん、聞きたいことがあるのですけれど…」ミネルが改まってアリアに問う。
精獣講座の始まりだ。アリアは姿勢を正してミネルの言葉の続きを待つ。
「貴女は黒パンを食べたことがありますか?」
「‥‥‥‥は?」
アリアは思わず聞き返してしまった。
いやいや、黒パンというのは、庶民にとってなじみ深い食べ物で、安くて堅いパンのことだ。
ふわふわで柔らかい白パンは庶民にとって、特別な日だけ食べる特別なものなのだ。
毎日白パンを食べられるのは、王族や一流貴族といったごく少数だけで。
アリアに言わせれば、ほぼ毎日食べていますけどそれが何か?という話である。
「黒パンなるものを食べたことがないのです。白パンと対局の位置にあるパン…。絶対に白パンとはまた違った味のおいしいものに違いありません!!」自信満々にミネルは言い切った。
「‥‥‥‥‥‥いえ、違いますけど」甚だしく勘違いしているようだが……。
どう言えばよいものか、クロウリーに助けをを求めようとアリアはクロウリーの方を向いた。
クロウリーはさっとアリアから目をそらした。どうやら、アリアを助ける気はないらしい。
自分で何とかしなければ。アリアはミネルに向かって説明し出す。
「えーっと、ミネル様、黒パンというのはですね………」
アリアの精獣講座一日目は、まず黒パンと白パンの違いの説明から始まったのであった。