第6章:商人の企みと、砂漠の珍味
アズライトの街で「陽だまり亭」の成功を快く思わない者は、王都のリリアナだけではなかった。
街で古くから商売を営み、食料品や雑貨の流通を牛耳ってきた有力商人、ダグラス。彼は、新参者の食堂が自分の縄張りを荒らし、街の話題を独占していることが気に食わなかった。特に、冒険者たちが直接モンスター素材を持ち込み、オリビアがそれを調理することで、自分の商売が成り立たなくなってきていることに危機感を覚えていた。
「生意気な女だ。元貴族だからと、いい気になりおって」
ダグラスは、陰湿な方法で「陽だまり亭」を潰しにかかった。彼は自身の持つ流通網を使い、塩や油、小麦粉といった基本的な食材が、陽だまり亭に一切入らないように手を回したのだ。
「オリビアさん、大変です! どの店に行っても、材料を売ってくれないんです!」
買い出しに行ったセバスが、青い顔で戻ってきた。
「ダグラスの差し金に違いありませんわ。彼に逆らって、うちと取引できる商人はいないでしょう」
私は冷静に状況を分析する。このままでは、店の営業は不可能だ。さすがの私も、塩や油なしで料理を作ることはできない。初めての、本当の窮地だった。
店の棚から、次々と調味料が消えていく。私はただ、手をこまねいているしかなかった。
そんな私の様子を見て、事情を察したカイが口を開いた。
「オリビア。食材がないなら、もっとすごい食材を、直接獲ってくればいいだろう」
「え?」
「普通の食材が手に入らないなら、普通の人間が食わないものを食えばいい。それがあんたのやり方じゃないのか」
カイの言葉は、単純で、荒っぽくて、でも、私の心に光を灯した。そうだ。ないものを嘆くのではなく、今あるもので、いや、今ないからこそ手に入るもので、新しい料理を作ればいい。
「街の東には、広大なグルニア砂漠が広がっている。そこには、とんでもない獲物が生息している」
カイが言っているのは、砂漠の暴君として恐れられる巨大なミミズ状のモンスター、**【サンドワーム】**のことだった。その巨体と、砂の中を自在に移動する神出鬼没さから、討伐は極めて困難とされる。
「サンドワーム……。話には聞いているけれど、食べられるのかしら?」
「さあな。だが、あれだけの筋肉の塊だ。不味いはずがない」
カイはニヤリと笑うと、信頼できる冒険者の仲間たち数人を引き連れて、砂漠へと旅立っていった。
数日後、彼らは文字通り、山のような肉塊を荷車に積んで帰ってきた。サンドワームの討伐に成功したのだ。全身砂まみれで疲労困憊の様子だったが、その顔は誇らしげだった。
「約束通り、獲ってきたぜ」
目の前に積まれた、巨大なミミズの肉。一見するとグロテスクだが、丁寧に皮を剥ぎ、血抜きをしてみると、現れたのは驚くほどきめ細やかで弾力のある、美しいピンク色の肉だった。
「これは……素晴らしい挽き肉になりそうね」
私の料理人魂が、再び燃え上がる。この弾力と旨味なら、ソーセージが最適だ。幸い、店の裏で育てていた数種類のハーブは、ダグラスの嫌がらせの影響を受けていない。
私はサンドワームの肉を丁寧に挽き、タイム、ローズマリー、セージといった臭み消しのハーブと、貴重な岩塩、そして香辛料を混ぜ合わせていく。それを動物の腸に詰め、燻製室でじっくりと燻す。
数日後、見事なハーブソーセージが完成した。
これを早速、カイたちに振る舞う。こんがりと焼いたソーセージにかぶりつくと、パリッとした皮が弾け、中から熱々の肉汁がじゅわっと溢れ出した。ハーブの爽やかな香りが鼻を抜け、サンドワームの筋肉質な肉の、力強い旨味が口いっぱいに広がる。
「うおおおっ! なんだこの美味さは!」
「ビールだ! ビールを持ってこい!」
カイたちが歓喜の声を上げる。その噂はすぐに街中に広まった。
「陽だまり亭で、砂漠の化け物を使った、とんでもなく美味いソーセージが食えるらしいぞ!」
街の人々は、物珍しさと好奇心から、次々と陽だまり亭に詰めかけた。そして、一口食べた途端、その未知の味の虜になった。
ダグラスの店で売っているありきたりの食材よりも、遥かに刺激的で美味しい料理がここにはある。人々はそう気づいてしまったのだ。
結局、ダグラスの嫌がらせは、陽だまり亭の評判をさらに高めるという、皮肉な結果に終わった。彼の店からは客足が遠のき、逆に陽だまり亭は、連日満員の大盛況となった。
窮地を救ってくれたのは、カイの男気と、そして、常識にとらわれない逆転の発想だった。




