第5章:王都の噂と、嫉妬の炎
辺境の街アズライトにある、元悪役令嬢が営むモンスター料理の店「陽だまり亭」。その評判は、旅の商人や冒険者たちの口伝えによって、ついに王都にまで届いていた。
「辺境に、どんなモンスターでも絶品料理に変えてしまう天才料理人がいるらしい」
「なんでも、元は高貴なご令嬢だとか」
「その料理を食べると、力がみなぎり、怪我の治りも早まるそうだ」
噂は尾ひれがつき、いつしか「陽だまり亭の女主人は、奇跡を起こす聖女様だ」とまで囁かれるようになっていた。
その噂は当然、王宮で新たな王太子妃としての地位を確立しつつあったリリアナの耳にも入っていた。
彼女は表向き、その可憐さと社交性で王宮の貴族たちを虜にし、人気者となっていた。しかし、その内実は伴っていなかった。彼女が主催する茶会や夜会で出される料理は、見栄えは良くても味はありきたりで、食通の貴族たちからは陰で「王太子妃様の食事は退屈だ」と囁かれていたのだ。
リリアナ自身、料理などしたこともなく、宮廷料理人たちに丸投げしているだけなのだから当然だった。
そんな中、自分が陥れて追放したはずのオリビアが、辺境の地で成功を収め、あろうことか「聖女」とまで呼ばれている。その事実は、リリアナの心を黒い炎で焼いた。
「オリビア……あの女が、聖女ですって……? ふざけないで!」
自室で、リリアナは手にした扇子を叩きつけるようにテーブルに置いた。
自分が手に入れたかった賞賛と名声を、なぜあの女が、あんな地の果てで得ているのか。許せなかった。自分が本物のヒロインで、オリビアは悪役のはずなのに。
その嫉妬の炎は、アルフォンス王太子にも伝染した。
「リリアナ、何をそんなに怒っているんだ?」
「アルフォンス様……。追放したはずのオリビア様が、辺境で大変な評判になっていると聞きまして……」
リリアナが悲しげな表情でそう告げると、アルフォンスは眉をひそめた。
「あの女の噂か。私も耳にしている。くだらん。辺境の田舎者たちが、物珍しさで騒いでいるだけだろう」
アルフォンスは、自分が断罪し、追放した女が成功しているという事実そのものが不快だった。それは、自分の判断が間違っていたと指摘されているような気分にさせるからだ。
「ですが、アルフォンス様。彼女のせいで、わたくしが比べられているような気がして……辛いですわ」
リリアナが瞳に涙を溜めてそう言うと、単純なアルフォンスはすぐに彼女を抱きしめた。
「心配するな、リリアナ。お前こそが、この国の至宝だ。あんな冷酷な女など、すぐに忘れ去られるさ」
だが、アルフォンスの言葉とは裏腹に、オリビアの名声は高まる一方だった。王都の貴族の中にも、密かに「陽だまり亭」の料理を取り寄せ、その味の虜になる者まで現れ始めた。
リリアナの焦りと嫉妬は、日増しに膨れ上がっていく。このままでは、自分が霞んでしまう。
(あの女を、なんとかして潰さなければ……)
かつてオリビアを陥れた時と同じ、黒い感情がリリアナの胸に渦巻き始めていた。彼女はまだ気づいていない。その嫉妬の炎が、やがて自分自身を焼き尽くすことになるということを。




