第4章:元宮廷魔術師と、賢者のレシピ
あのアーマークラブの一件以来、店の隅にいた謎の美青年が、私に話しかけてくるようになった。
その日も、彼は閉店間際に一人残り、カウンター席に座って私に言った。
「オリビアさん、でしたか。少し、お話よろしいでしょうか」
「ええ、構いませんわ。レオナルド様」
彼の名前は、常連になってからそれとなく聞いて知っていた。
「単刀直入にお聞きします。あなたが使っているその魔法、一体どこで習得されたのですか?」
レオナルドの問いは、真剣そのものだった。
「魔法、ですか? 生活魔法のことでしたら、王宮で妃教育の一環として学びましたが……」
「生活魔法……。やはり、そう認識されているのですね」
彼は何かを納得したように頷くと、衝撃的な事実を告げた。
「私の名はレオナルド。訳あって、今はこうして辺境で暮らしていますが、元は王宮に仕える宮廷魔術師でした」
「元、宮廷魔術師……!」
まさかこんな場所に、そんな高位の人物がいたとは。驚く私に、彼は続けた。
「魔術師の視点から言わせていただくと、あなたの使う魔法は、ただの生活魔法ではありません。その威力、精密性……どれもが常軌を逸している。特に、アーマークラブの甲殻を破壊したあの腕力。あれは、身体強化の魔法を無意識に使っているとしか考えられない」
「身体強化……? いいえ、私はただ、気合を入れただけですわ」
「その『気合』こそが、魔力操作の根源なのですよ」
レオナルドは興奮した様子で語る。
「私の推測が正しければ、あなたの使う魔法は、現代では失われたはずの『創世の魔法』の系統に連なるもの……。物質の根源に干渉し、その在り方を変える、神の領域に近い魔法の片鱗です」
「創世の魔法……?」
話が壮大すぎて、私にはまったく実感が湧かなかった。私がやっているのは、掃除をして、火を起こして、食材を美味しくしているだけだ。
レオナルドは、そんな私の戸惑いを察したのか、ふっと笑みを浮かべた。
「まあ、今は信じられないでしょう。ですが、あなたのその才能は、本物です。私はそれに、強い興味を抱いている」
彼は、私を試すように一つの提案をした。
「陽だまり亭の料理は素晴らしい。しかし、食材の幅がさらに広がれば、もっと面白くなると思いませんか?」
レオナルドは鞄から一冊の古い本を取り出した。
「これは、魔法植物に関する古い文献です。ここに、**【マンドラゴラ】**という植物の記述があります」
マンドラゴラ。引き抜くと悲鳴を上げ、それを聞いた者は狂い死ぬという、恐ろしい伝説を持つ植物だ。その根には強い幻覚作用と毒があるため、食材として利用する者など誰もいなかった。
「しかし、この文献によれば、ある特定の処理を施すことで、その毒を無効化し、極上の食感を持つ食材に変えることができる、と記されているのです」
「本当ですの?」
「ええ。問題は、その処理法が非常に難解なことですが……あなたなら、できるかもしれない」
私の料理人としての好奇心は、危険を上回った。レオナルドの助言のもと、私たちはマンドラゴラの毒抜きに挑戦することになった。
カイに頼んで、厳重な耳栓をしてマンドラゴラを採取してきてもらう。赤ん坊のような不気味な形をした根を前に、レオナルドが文献を読み解いていく。
「まず、この『月雫草』というハーブの汁に一晩漬け込む……。その後、純度の高い蜂蜜に、数種類のスパイスと共に漬け込む、とありますね」
彼の指示通りに、私は調理を進めていく。毒を持つ食材を扱うのは初めてで、緊張感が走る。全ての工程を終え、数日間漬け込んだマンドラゴラの根は、美しい飴色に変わっていた。
問題は、本当に毒が抜けているかどうかだ。
「私が毒見をしましょう」
レオナルドがそう言って手を伸ばすのを、私は制した。
「いいえ、料理人の責任ですわ」
私は覚悟を決め、薄切りにしたマンドラゴラのピクルスを一切れ、口に運んだ。
シャキッ!という、小気味よい歯ごたえ。その直後、蜂蜜の優しい甘さと、ハーブの爽やかな香り、そしてピクルスの酸味が一体となって口の中に広がった。毒の気配は微塵もなく、ただただ、美味しい。
「……成功ですわ!」
私の言葉に、レオナルドは安堵の息をつき、そして嬉しそうに微笑んだ。
こうして生まれた「マンドラゴラのハニーピクルス」は、店の新メニューとして出すと、たちまち冒険者たちの間で大人気となった。シャキシャキとした食感が癖になり、疲労回復効果もあると評判になったのだ。
レオナルドは、私の良きアドバイザー兼、店の常連として、陽だまり亭に欠かせない存在となっていった。彼の知性と、私の無自覚な力が合わされば、どんな食材も最高の料理に変えられる。そんな不思議な自信が、私の中に芽生え始めていた。




