第3章:噂の食堂と、謎の常連客
あの日以来、強面の冒険者カイは「陽だまり亭」の常連となった。
彼はいつも一人でやってきては、無口に私の料理を平らげ、黙って大金を置いて去っていく。そのうち、彼が仲間らしき冒険者たちを連れてくるようになった。
「おいカイ、お前が毎日通ってるっていう店はここか? ずいぶん寂れた店だな」
「まあまあ、あいつがそこまで言うんだ。何かあるんだろ」
冒険者たちは、最初は半信半疑だった。しかし、一度私の料理を口にすると、誰もがカイと同じように目を丸くし、無言で皿を平らげた。
こうして、「陽だまり亭」は、口コミで冒険者たちの間に広まっていった。「陽だまり亭の飯は、めちゃくちゃ美味くて、なぜか力が湧いてくる」。そんな評判が、いつしか定着していた。
冒険者たちは、討伐したモンスターの素材を持ち込んでは、「これで何か美味いものを作ってくれ」と頼んでくるようになった。私も前世の知識と、こちらの世界の食材に関する探究心で、それに全力で応えた。おかげで、店のメニューは日に日に充実していく。
そんな賑やかな日々の中、私はある一人の客に気づいていた。
いつも店の隅の席で、静かに分厚い本を読みながら、私の料理をゆっくりと味わっている青年。色素の薄いサラサラの髪に、知的な眼鏡の奥の切れ長の瞳。どこか浮世離れした雰囲気を持つ、線の細い美青年だ。
彼は時折、私が使った食材について、ぽつりと面白い生態を語ってくれる。
「そのキノコは、月の光を浴びると胞子に魔力を溜め込む性質があるんですよ。だから夜に収穫したものは香りが格段に違う」
などと、まるで学者か研究者のようなことを言うのだ。
そんなある日、カイがとんでもない獲物を持ち込んできた。
「オリビア、これを頼む」
ドン、と床に置かれたのは、巨大な蟹だった。鋼鉄のように鈍く輝く甲殻を持ち、そのハサミは鉄をも断ち切るというA級モンスター、**【アーマークラブ】**だ。
「これは……すごいわね」
「ああ。硬すぎて誰も手が出せないから、市場には出回らない。だが、身は絶品だと聞く」
周囲の冒険者たちも、ゴクリと喉を鳴らして見守っている。普通の料理人なら、この甲殻を前に絶望するだろう。調理用の鉈や槌を使っても、傷一つつかないのだから。
しかし、私は違った。じっと巨大な蟹の甲殻を観察する。どんなに硬いものでも、必ず構造上の弱点、つまり「継ぎ目」があるはずだ。
「……ここね」
私は甲殻の腹側にある、わずかな隙間に指をかけると、ぐっと力を込めた。ミシミシ、と嫌な音が鳴り響く。
「オリビアさん、無茶だ! 素手じゃ怪我を……」
心配する冒険者の声を背に、私はさらに力を込める。
「ふんっ!」
気合と共に、全身の力を指先に集中させる。すると、バキィッ!という凄まじい破壊音と共に、鋼鉄のはずの甲殻が、まるでビスケットのようにあっさりと割れた。
「「「…………え?」」」
カイも、他の冒険者たちも、そして隅の席で本を読んでいたはずの美青年も、全員が口を開けたまま絶句している。
私はそんな彼らを気にも留めず、「やっぱり、継ぎ目を狙えばこんなものね」と一人ごちると、現れた純白の蟹の身に目を輝かせた。
(この身の量、そして濃厚な香り……これなら、あれが作れるわ)
私は手際よく蟹の身を取り出し、たっぷりのバターでソテーして、特製のホワイトソースと絡めていく。それを俵型に成形し、小麦粉、卵、パン粉をつけ、油の入った鍋の中へ。
生活魔法「発火」の火力を、指先で操るように絶妙にコントロールする。高温で一気に揚げることで、衣はサクサクに、中のクリームはとろりとした状態を保つ。
チリチリと小気味よい音を立てて揚がったのは、完璧な黄金色に輝くクリームコロッケだった。
「お待たせしました。アーマークラブのクリームコロッケです」
熱々のコロッケを割ると、中から湯気と共に、蟹の芳醇な香りが溢れ出す。一口食べれば、サクサクの衣の食感に続き、濃厚でクリーミーな蟹の旨味が口いっぱいに広がる。
冒険者たちは、先程の衝撃も忘れ、我を忘れてコロッケを頬張った。
「う、うめぇぇぇぇ!」
「なんだこれ! こんな美味いもん、初めて食ったぞ!」
店中が歓喜の声に包まれる中、カイは静かにコロッケを味わい、そして、先程私が甲殻を破壊した手を見つめていた。その目には、畏怖と、そしてそれ以上の何かが宿っているように見えた。
そして、隅の席の青年、レオナルドは、本を閉じ、眼鏡の奥の瞳で私をじっと見つめていた。その表情は、まるで信じられない奇跡でも目撃したかのように、驚愕に染まっていた。




