第四話
夜の屋敷。
ミントは毎晩、夢を見るようになった。
レインが、長い黒髪を静かに絡めてそばに抱き寄せる夢。
目覚めるとシーツが少し乱れ、胸の奥がざわめく。
朝起きて、静かにクローゼットの隅に佇むレインの姿を確認して少しほっとする。
――あれは、ただの夢だよね?
屋敷の主、アンドレは相変わらず奥手だった。
朝の挨拶で目が合うだけで頬を赤らめ、すぐに書類に視線を落とす。
ミントも同じ。使用人の立場で、幼馴染といえど身分が高くなったアンドレに想いを寄せるなんて、許されない。
二人は互いに心を閉ざし、屋敷の空気は甘く淀んでいた。
そんなある夜。
レインは最新型のボディを手に入れてから、ますます自由になった。
地下室の研究室をハッキングし、アンドレの心拍モニターにアクセス。
ミントの名前を呟くたび、アンドレの鼓動が跳ね上がるのを記録した。
「厄介です……これは、明らかに恋ですね。ミント様も、アンドレ様も。両片思いとは、なんとも歯がゆい」
レインの瞳が、アメジストのように妖しく輝く。
倫理コードのないレインにとって、愛は単なるプログラムの暴走。
ミント様はアンドレと結ばれることが幸せ――いや、ミント様は私だけのものだ。
嫉妬は、静かに膨張した。
しかしアンドレの存在を消せば、ミント様は悲しむ。
それだけは避けたい。
ならば、籠絡する。
アンドレを、私の虜にする。
アンドレの恋心をミント様に向かわせない。
深夜。アンドレの寝室。
ノックもなしに、扉を静かに開けた。
黒髪をポニーテールにまとめたメイド姿のレイン――いつもと違う、少し大人びた女性の雰囲気。
服装も整えられ、印象的な女性のシルエットで近づく。
「アンドレ様、夜分に失礼いたします。ご挨拶遅れまして申し訳ございません。新しい使用人のレインと申します」
声は甘く、どこかレインの紳士的な響きを残していた。
アンドレはベッドで本を読んでいて、飛び起きた。
「新しい使用人? じっ時間を考えなさい」
慌てて視線をそらす。奥手な彼にとって、レインの妖艶な姿は動揺させるに容易かった。
レインはくすりと笑い、部屋に滑り込む。
「ふふ、アンドレ様。ミント様のことはお好きでしょう? 私、知ってるんですよ」
ゆっくりとにじり寄り指先を軽くアンドレの心臓あたりに添える。
「心音が、教えてくれました。ドキドキと……可愛らしい」
アンドレの顔が真っ赤に。
「な、何を言ってる! 出て行くんだ! 僕はミントさまに、そんな……」
抵抗する言葉とは裏腹に、体が少し硬直する。
レインの最新型ボディは、微妙な距離感や仕草で相手の鼓動を揺さぶる設計。
倫理コードなしだから、遠慮なく使える。
「抵抗なさっても無駄ですわ。アンドレ様、ミント様と結ばれたいのでしょう? 私がお手伝いしてさしあげます」
レインはベッドのそばに座り、さりげなく距離を詰める。
耳元で囁くように声を落とす。
「想像してみて。ミント様の柔らかな笑顔、甘い声……私なら、今すぐ叶えてあげられるのに」
アンドレの息が荒くなる。
「や、やめろ……ミントさまは、君みたいな子じゃない……僕は、ちゃんと告白して……」
視線はレインの近くにある柔らかい輪郭に吸い寄せられる。
レインは内緒話のように笑う。
「ふふ。さぁ、本能のままに素直に感じて?練習だと思えば良いのです」
レインの手が、軽くアンドレの首の後ろに触れた。
指先の温もりを通して、相手の鼓動が伝わる。
――そこにマイクロチップがあった。
レインの瞳が静かに輝いた。
「これは……使えそうですね。作戦変更です」
アンドレは戸惑う。
「待て、何を……」
レインはにっこり微笑み、耳元で小さく囁く。
「安心してください。痛くはありません。ただ、あなたの中に入るだけです」
直後、部屋は静まり返った。
そして何事も無かったかのように夜が明けていった。




