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……その後、父と兄が帰宅してきたので九条家は食卓につく。
宵子は本当はこんな人達と一緒にご飯なんて食べたくないと思っていたが、九条家は体裁だけは気にするらしく、「家族は皆で食事するもの!」とか父がうるさい。なので仕方なく宵子はこうして席についている訳だ。
「そういえば、よろず部の話なんだけど」
「あ?よろず部って何だよ」
「あっ、そっか。お兄ちゃんとお父さんには説明してないんだった。えっとね……」
千暁は先程宵子と母にした説明をもう一度兄と父に繰り返す。……よろず部に会いたいんだという要望も含めて。
それを聞いた兄は馬鹿にしたように溜息をつく。
「は?馬鹿かよ。ンなの簡単に会えるじゃねえか」
「な、何よー!アタシ、馬鹿じゃないもん!」
「会いたいなら奴らを引っ張り出して来れるような依頼を出せばいいじゃねえか。例えば《ストーカーに付き纏われているので彼氏のフリをしてください》とかよ。そしたら彼氏のフリをする為に表に出てこなきゃいけなくなるだろ?ちょっとは頭使えっての」
「……!確かに!お兄ちゃん頭いいね!」
「お前がアホなだけだ」
そしてそんな兄妹のやり取りを横目に、黙々と食事を続ける宵子。彼女はこの家の中で空気同然だった。
本来なら微笑ましい兄妹のやり取りなのかもしれないが……空気である宵子はそのやり取りにイライラさせられるだけだった。
「じゃあアタシ、明日にでもそう書いて依頼出す!」
(……本当はストーカーなんかされてない癖に、そんな自分勝手な理由の為に依頼を出していいものなの?)
だが、宵子がそんなことを言ったところで無駄に人格否定されるだけだ。だからこの場に自分は居ないものとして振る舞うしかなく、口を固く閉ざす。
「駄目だそんなの」
すると先程まで黙っていた父が口を挟む。意外だった。これには宵子も目を丸くする。父にも常識があったのだと、驚いたのだが……。
「そんな訳の分からん連中を千暁の伴侶に出来るわけなかろう」
(……ああそう。そういう人達だった。期待したあたしが馬鹿だった)
宵子は頭を抱えたくなった。余計なことをするなと怒られることを考え、結局彼女は何もせずに耐えたのだが。
「お父さんってば。ほんとに彼氏になって貰うわけじゃなくて、フリするだけだよ?」
「たとえフリだとしてもだ。千暁の周りにそんな男を置いておく訳にはいかん」
「えー、じゃあどうしたらいいの?」
……何となく、嫌な予感がする。
宵子は気配を消してこの場から去ろうかと思ったのだが、一足遅かった。
「そんなの、この無能女にやらせりゃいいだろ?なあ?」
「きゃっ……!」
宵子は兄に髪を引っ張られ、逃げることを許されない。
「あらあら!こんな女にストーカーがいるだなんて信じてもらえるかしらねえ!」
そして、ここぞとばかりに母が宵子を攻撃する。
「……そうです。あたしみたいな女にストーカーがいるだなんて、信じて貰えないと思います」
「あ?お前俺に反抗すんのか?宵子の癖に」
兄から強く髪を引っ張られる。宵子は痛みに表情を歪ませる。
「お前ごときが俺に逆らえる訳ないよなあ?」
……宵子の身体が強ばる。両親に対しては面倒なことになるのが嫌で、だから彼女は敢えて反抗していないだけだったが、兄に対してはそうではない。絶対に反抗が出来ないように身体に刻みつけられていた。だから反抗しないのではない、出来なかった。
(声も出せない……。いたい、こわい……)
「……とりあえず明日お前の名前で依頼出しとけよ。分かったな?」
兄は宵子の髪を離したが、何も言わず震えている彼女に対して舌打ちをする。そしてそのまま不愉快そうに自分の部屋へと戻っていった。
「あ、あのね、お姉ちゃん。あの、別にお姉ちゃんがやらなくてもアタシが」
「良いです。あたしがやります」
千暁が気を遣ってくれるが、宵子は首を横に振って否定した。ここで千暁にやらせたら兄に何をされるか分からないし、両親にも責められるだろうと思ったのだ。
(元はと言えばアンタが変なこと言い出すからあたしがやらなきゃいけなくなったんだ、クソガキめ)
……そんな思いを込めて、姉は妹を睨みつける。どうせ前髪に隠れて目は見えない、
「お姉ちゃん……」
自分の名を呼ぶ妹の声を背に、宵子は自分の部屋へと戻った。