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前回までのあらすじ。
九条宵子は知らない間に常磐鎌実と付き合っていたらしい。
「……って、そんな訳な……っ!」
モノローグに対してそんな訳ないと宵子が否定しようとしたところで、鎌実の手に口を塞がれる。
「話、合わせろ」
耳元で囁かれ、不本意ながらもビクリと身体が反応してしまう宵子。こんな時に不謹慎だと分かっていながらもドクドクと心臓が高鳴る。鎌実に聞こえていないかと心配してしまう程に。
「だ、だめです。兄は外面はいいから……!」
口を塞がれながらも宵子はモゴモゴと小声で喋る。
(だめ。これ以上、常磐先輩に迷惑をかける訳には……!)
彼に迷惑をかけたくない。その一心で宵子が抵抗しようとした、その時であった。
「……早く彼女と二人きりになりたいので、もう良いですかね。 "お兄さん" 」
初めて聞いた鎌実の敬語に、びっくりして思わず力が抜けてしまう宵子。そして、彼女も彼のやりたいことを理解した。
鎌実は目の前の男……宵子の兄に対して不快感を抱いたのだ。そんな思いをさせてしまって申し訳なく感じながらも、宵子も彼の嘘に乗っかることにする。
「き、今日はあたし、彼の家にお泊まりする予定だったんです」
「はあ!?彼氏がいるとかお前言ってこなかったじゃねえか!それに家のことはどうするんだよ!我儘言うんじゃねえよ!」
兄に大きな声で怒鳴られ思わず身体が震えるが、常磐先輩が背中をポンポンと叩いてくれ、宵子は少し落ち着きを見せる。
そしてまだ短い付き合いではあるが彼は言われっぱなしの人間ではないことは、宵子もよく知っていた。
常磐鎌実が、こんな男に言い負かされるような男ではないことも。
「随分と家族仲が吐き気がするほどよろしいようで。高校生にもなった妹のプライバシーを土足で踏みにじる気持ち悪い趣味があるなんて素敵なお兄さんですね。俺はそんな変態的な家族まっぴらごめんですが」
(……!うん、あたしも……何でも家族に筒抜けなんて、嫌だって思ってた)
ああ、やっぱり常磐鎌実という男はこういう奴には遠慮無しにバッサリ斬り込んでくれるのだ。普段はその物言いが宵子にとって恐怖でしか無かったが、今だけは物凄く頼り甲斐がある。そう告げるかのように、宵子は鎌実にぎゅっとしがみついた。
「……はあ?これはうちの教育方針だ。他人のお前に口出しされる謂れはないだろうが」
今まで自分の言いなりだった妹が自分以外に支配されるのが気に食わないのだろう。兄も負けじと言い返す。……まあ、この男には鎌実が宵子を支配している訳ではないことには一生かかっても気づけないのだろうが。
「まあそれに関してはクソ気持ち悪い家族だなって思うだけで俺が口出しする権利は無いのかもしれない。クソ気持ち悪い家族だとは思うがな」
(二回言った!!やっぱりそうだよね!プライバシーも何も無い家族とか気持ち悪いよね!)
それも、宵子がずっと言いたかったことだった。他人である鎌実が口にしてくれることで如何に自分の家族が異常だったのか、彼女は再認識させられる。
「それと、家のことはどうするんだよ……だっけか?そんなのアンタがやればいいだけの話だろ。歳下の妹が出来るようなことなら兄であるアンタにとっては尚更造作もないことじゃないのか。……まさか自分が出来ないようなことを妹にやらせている上に偉そうな物言いが出来る程厚顔無恥では無いだろう?」
これも正論だ。先程から鎌実は正論しか口にしておらず、兄に口を挟ませる隙など無く、どんどん詰めていく。
この男は1言われたら100返すタイプの人間なのだ。
「……ああ、それとも自分は妹に出来ることすら出来ない無能な兄ですっていう自己紹介かな。それはわざわざどうも。名乗るのが遅くなりましたが俺は妹さんとお付き合いさせて頂いている……」
「宵子ッ!!」
鎌実が自己紹介する前に、兄は宵子を怒鳴りつける。長年支配されていた恐怖でまた身体が震えそうになるが、鎌実がもう一度背中を軽く叩いてくれたので彼女はすぐに落ち着きを取り戻した。
「め、迷惑をかけないようにしろ……!」
……どうやら兄は鎌実に口で勝てないと判断したらしい。余計なことを言うとまた正論責めで返されることが分かったから、逃げることしか出来なかったのだ。
(まあ、口で喧嘩出来るような利口な人では無いからなあ……)
ここまで来ると、宵子もだいぶ冷静に物事を見れるようになっていた。
「成程。今のは人の話も最後まで聞けないような奴という自己紹介か」
「……っ!!」
しかし、鎌実がそれで終わらせる訳はなく、更に追い討ちである。
(今日の常磐先輩、いつも以上にノリノリな気がする……)
勿論眉間に皺は寄りまくってるので実際は不快感マックスなのかもしれないが。
そして兄は最後に「チッ、クソが!」と吐き出して、イライラした様子を隠そうともせず去って行ったのであった。
「……で、アレの何処が外面が良いって?」
兄の後ろ姿を見送った後、ようやく宵子を解放した鎌実は呆れたように溜息をつく。
「す、すみません……」
「軽くつついただけでこれだ。アレに騙されてるような奴らも同レベルの人間ってことだろ」
居なくなった後もしっかり毒を吐いていく。この人を敵に回しちゃいけないなと、宵子は改めて強く感じた。




