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「あっ……あ……」
声を聞いただけで、全身が震えた。幼い頃から植え付けられてきた恐怖が、宵子を襲う。
「何めかしこんでんだよ、宵子〜。今日は家に居るって言ってたよな?その服はどこで買った?」
あくまでも笑顔で、彼女の頭を撫でる男。この男こそが宵子の兄だった。
そしてこの光景は周りから見たら、妹をからかう兄にしか見えないだろう。……でも、違うのだ。優しく頭を撫でられているようで、ぐしゃぐしゃに髪を乱され、ぐいぐいと引っ張られている。
(痛い……怖い……)
だけど、彼女は何も言えない。黙って俯いて、耐えることしか出来ない。
「……誰だ、そいつ」
異常な空気を察したのか、それとも置いてけぼりにされていることが不愉快だったのか、鎌実が口を挟む。
「あ、兄です……あ、痛……っ」
宵子が鎌実の問いに答えようとするが、お前は喋るな、と言わんばかりに兄に髪を引っ張られる。
この男は、外面だけはいい。だから皆騙される。この男に関わった全員 "宵子が出来の悪い妹で、兄を苦労させている" と思っている。彼女の味方は存在しなかった。
「どうも、宵子の兄貴でーす。アンタは?宵子の友達?まさか彼氏とかじゃないよなあ?」
(やめて……あたしは良いけど常磐先輩に変なこと言わないで……!)
だが、宵子は声が出せない。恐怖が彼女の全身を支配して、指一本すら動かせないのだ。
「……俺は、」
「コイツ鈍臭いし迷惑かけてばっかりだろ?だから学校でも嫌われまくっててさあ、友達も一人もいないんだよなあ」
鎌実が何か言う前に兄はペラペラと喋り出す。自分の言葉を封じられたことで鎌実は不快そうに舌打ちをしたが、喋りっぱなしの兄の耳には届いていないようだった。
「あ、まさか今日そんなカッコしてんのはこの男に惚れてんのか宵子?」
(……!違う。そんな、常磐先輩に失礼なこと言わないで……!)
あまりにも恥ずかしくて、宵子は何も言えずに顔が真っ赤になってしまう。それを見て、兄は大笑いし更に続ける。
「あっはははは!!お前なあ!身の程知らずにも程があんだろ!ブスがどんな格好したって変わらねえんだよ!」
(やだ。もうやだ。こんな情けない姿、見られたくなかった……)
宵子の目に涙が滲んでくる。だけど、兄は暴言を止めてはくれなかった。
「いやあ、悪いなあ。うちの妹に付き纏われて、アンタもいい迷惑だっただろ?これからはちゃんと監視しておくから安心してくれ。ほら宵子、どうしようもねえお前に恋人なんか出来るはずないんだから、諦め……」
「……成程な。お前が癌か」
鎌実は仕返しだと言わんばかりに兄の言葉を遮って一言呟くと、宵子の方へと歩み寄って彼女の手を引く。
すると、今まで動かなかった筈の身体が動くようになって……気づけば宵子は鎌実の腕の中にいた。
「……は?お前、何やって」
何が起こったか理解できない残念な男に対して、鎌実は鼻で笑い、告げる。
「聞いてもない興味のねえ情報初対面にべらべら喋るのは気持ちよかったか?」
「生憎俺はこいつの恋人だ」
「………………ッッ!?!?」
そして、鎌実からの突然の恋人宣言に、彼の腕の中の宵子は声にならない叫びを上げることしか出来なかった。
第四話に続く……




