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「いえーい!ノッてるー!?」
「結局テメェばっか歌ってんじゃねえか。会長に報告すっぞ」
「大河だってノリノリだったじゃん!」
個室に入ってからはほぼ零士が歌いっぱなしで、たまに大河も歌っていた。大河の歌声は非常に聴きやすく、思わず宵子も聞き惚れてしまったくらいだ。
そしてその宵子と鎌実は……一切歌わずにひたすらフライドポテトを食べていた。どうやらメニュー名は《メンヘラポテトちゃん》らしい。激しくぶちまけられたケチャップを血に見立てているみたいだ。趣味が悪い。
ちなみにこのポテトは将吾がサービスで持ってきてくれたものだったりする。目の前でぶちまけられたケチャップから鎌実に対しての恨みつらみが感じられるので、ただ鎌実に怒りをぶつけたくて持ってきただけかもしれない。味は普通に美味しいようで、宵子も鎌実もかなりつまんでいるが。
「じゃ、そろそろ宵子ちゃんも歌おっか!」
「……はい?」
零士の突然の提案に、宵子は思わず手に持っていたポテトを落としそうになってしまう。
「え、あの。あたしが歌うってことですか?」
「カラオケに来てポテトだけ食って帰るなんてつまんないだろ?」
「そもそも、今日は遊びに来た訳じゃねえ。コイツはほぼ遊んでたみたいなもんだけどな」
「えー!そんなことないって!ちゃんと宵子ちゃんの改造計画だって分かってるから!……てことで、ほら!」
確かにこのカラオケは宵子の度胸をつける為に連れてこられたものだ。それにしては零士がずっと歌い続けていた訳だが。
(そ、そんな、いきなり過ぎる……!いや、いきなりでもないか。犬飼先輩ずっと歌ってたし……)
だが、宵子はまだ覚悟なんて出来ていない。そもそも、彼女の性格からして人前で歌を披露するのはハードルが高過ぎるのだ。しかも、今回は生まれて初めてのカラオケである。
「……何故そこで俺を見るんだ」
「え、えと、何となく……」
先程のように助けて欲しくて藁にも縋る思いで宵子は鎌実に視線を送るが、彼は助けてくれる気はさらさらないようだった。
(そもそも、さっきのドリンクバーの時だってあたしを助けてくれた訳じゃなくて、単に直樹くんに対して嫌がらせがしたかっただけかもしれない……)
今、宵子の中でその説の確率が大きく跳ね上がった。
「知るか。自分で何とかしろ。契約書にサインしただろうが」
「うっ……!そ、それを言われると、弱いです……」
彼女はマイクを見つめたまま立ち上がれない。歌ってみたい気持ちはあるのだろう。しかし、やはりいきなり全員に注目されながら一人で歌うのは羞恥心に勝てないのだ。
……本当にいいの?このままで。
また逃げるの?嫌なことから。
このまま、弱い自分のままでいいの……?
「……宵子ちゃん?」
「……!ご、ごめんなさい……」
宵子は、もう一人の自分に心の中で問い掛けられたような気がした。思わずトリップしそうだったが、零士に声を掛けられて何とか戻って来る。
「あ、あたし……」
「お待たせしました!追加のメンヘラポテトちゃんです!」
この空気に耐えられなくなった宵子がマイクに手を伸ばそうとした瞬間、タイミングがいいのか悪いのか店員が突入してきた。
「え、頼んでないぜ?」
「あれ?別の部屋だったかな?まあいいや、私からのサービスってことで!」
店員はそのままズケズケと部屋に上がって、テーブルの真ん中に山盛りのポテトを置いた。
「おや?貴方はさっきの子じゃないか」
「あっ、ドリンクバーでお茶零してた人……!」
その店員は先程ドリンクバーでお茶をドバドバと零し、その後に宵子に話しかけてきた店員だった。
「何だ、次は貴方が歌う感じか?」
「あ……」
宵子は気恥ずかしくなり、マイクに伸ばした手をそっと引っ込める。
「……ああ、成程。わかったわかった」
彼女のそんな様子を見て、店員はうんうんと頷く。いったい何が分かったというのだろうか。
「一人で歌うのが恥ずかしいんだな?」
「あ、はい……」
宵子は今にも消えそうな声で返事をする。この店員、割とノンデリなのかもしれない。
「……おい、お前」
「よし分かった!私が一緒に歌ってやろう!ちょうど歌いたいって思ってたかr」
流石に見てられなかったのかそれとも不快だったのか鎌実が声をかけようとするが、それを遮って店員はマイクを2本奪い取った。そしてそのうちの1本を宵子に手渡そうとする。
すると、自分の言葉を無視された鎌実が仕返しとばかりに割り込んできた。
「自己主張の激しい店員だな、それもサービスの内か?頼んでないんだが」
「あれ?ひょっとしてこの子の彼氏さん?貴方が一緒に歌いたかったりするのか?」
「……ハァ?俺はただの "役" だ。それは俺の仕事じゃねえよ。そういう保護者なら俺以外に適任がいるだろ」
「ふうん……。そもそも、この子が一人で怯えてるんだから彼氏役だったら助けてあげるべきだと思うけどな、私は。 "役" なんだとしたらちゃんとなりきるべきなんじゃないのか?」
「役の俺に言うんじゃない。ホンモノが出来たらそいつに言え、俺の仕事じゃない」
「そうか、それは管轄外だって言うのか。なら私がこの子をどうしようと構わないな?」
宵子は二人の間にバチバチと火花が散っているのが見えたような気がしたが、中に割って入ることも出来ず、ただ怯えていた。恐らく自分が原因なのだろうと理解していたが、どうにも出来ない。
そんな宵子の様子に気づいたのか、店員はくるりと振り返ってニッコリと笑って、先程渡しそびれたマイクを再び手渡してきた。宵子はおずおずとそれを受け取る。
「待たせてすまない。貴方は何なら歌えそうなんだ?」
「え、えっと……ちゃんと歌えるか分かりませんけど……!その、"可愛すぎてメンゴ" なら……多分……!」
とても流行っていて、宵子ですらよく耳にしたことのある曲だ。これなら歌えるだろう、と彼女は曲を選択した。
「了解。ミュージック・スタート!」
突然のことに目を丸くしている零士と大河、不機嫌そうな鎌実を放置して、二人は大きく息を吸い、歌い始める。




