3-3
「それで、デート先をここに選んだって訳?」
「おう、将吾ちゃん!30%割引券使うからよろしく!」
「はーい。……って、ここカラオケだよ!?絶対コミュニケーション能力とか育たないじゃん!?」
……宵子が連れてこられたのはカラオケボックスだった。しかも将吾のアルバイト先の。
そもそも今回のデートは宵子のコミュニケーション能力を育てることが目的だった訳だが、将吾の言う通りカラオケでは会話すら出来ないのではないのかと宵子は思った。
しかし、そんな両者の不安を払拭するかのように得意げに零士は語り始める。
「あのさあ、コミュ力よりも俺は度胸の方が大事だと思う訳よ。人前で声出せるような度胸無いとそもそも会話とか出来ないだろ?」
「それは、確かに。零士先輩意外とちゃんと考えてたんだ」
将吾は納得したように頷く。宵子もなるほど……と大人しく彼の話を聞いていた。
「いや、違うだろ」
しかし、大河が間に割り込んで否定する。
「コイツは絶対カラオケに来たかっただけだと思うぞ。部活での費用ってことにすれば会長が金出してくれるから実質タダで楽しめる訳だからな」
「た、大河……!それ秘密だって」
……感心して損した。口には出さないが、宵子は確かにそう思った。いや、呆れた。
それは将吾も同じだったようで深くため息をついた後、言った。
「りょーかーい。会長に言っとくね。部費を自分の娯楽に使おうとしてるって」
「ちょ、将吾ちゃんまで!宵子ちゃん、何とか言ってくれよ〜!」
「え、あたしですか……!?」
急に話を振られてもどうしたらいいか分からない。そもそも、宵子はカラオケ自体初めてだった。
「あ、あの。あたし、カラオケとかよく分からないんです」
「え、アンタまさかカラオケ行ったことないの?その歳で?」
将吾が信じられないと言いたげにこちらを見てくる。
「俺も無いが」
「ああ、アンタは別に驚かない。事情も知ってるし」
放置されていた鎌実が口を挟む。どうやら彼も人生初カラオケらしい。
「事情って……何かあったんですか?」
「さあな」
(……さあな、って。自分のことなのに)
どうやら話すつもりはないらしい。
(別に、知りたくもないけど)
「でも九条ちゃんが度胸が必要ってのは同意かな。ほら、楽しんでおいでよ」
そう言って、将吾はドリンクバー用のをこちらに渡してくれた。しかし、宵子はそれを持ったまま固まっている。
(……何で空?普通はお水とか、そういうのが入ってると思うけど……)
なんと、宵子はドリンクバーすらも人生初だったらしい。
「宵子ちゃん、早く行こうぜ!」
「待て。今日はお前が楽しみに来たんじゃなく、一応は部活で来てるんだろうが。九条優先にしろ」
「はあい。たーくんったら真面目なんだからぁ」
「テメェがいい加減過ぎるだけだ」
「……で、どしたの?宵子ちゃん」
いつまで経ってもその場を動こうとしない宵子を見かねて、零士は声を掛けてくれた。なので彼女も疑問に思ったことを口に出してみることにする。……ひょっとしたら、恥をかくことかもしれないと覚悟しながら。
「え、あの。コップ、何で空なんですか?中身は……?」
「ええっ!?まさかドリンクバーも知らないの!?信じらんない!マジでどんな生活してたんだよ!」
またもや将吾が信じられないと驚く。
(だって、学校以外で外で遊ぶことなんて無かったし、あたしにそんなこと許されなかったし……)
だけど、普通の学生はこんなことは知ってて当たり前のことらしい。世間知らずだと思われただろうかと宵子は顔を真っ赤にし、何も言えずに俯く。
「……って、うわあああ!!アンタ何してんの!?」
すると突然、将吾が叫んだ。宵子ははっと顔を上げ、そして彼の視線を辿ると……そこにはドリンクバーでお茶を注ぐ店員の姿があった。
将吾と同じエプロンをしていたので同僚か後輩のどちらかだろう。ひょっとしたら先輩かもしれないが。
だけど、そんなことはどうでもよかった。ドリンクバーから注がれたお茶は明らかにその店員の持つコップの量をオーバーしていて床にまでドバドバとお茶が零れて大惨事になっていた。これは将吾が叫ぶのも当然だろう。
「あっははは!どうしよう!止まらない!止まらないよ直樹先輩!」
「いや、長押ししなくていいんだって!ワンプッシュって書いてあるじゃん!」
「いやー、ごめんごめん。こういう機械慣れてないからね!それより隣の彼もやばいぞ、いいのか?」
「は?何言って……って、うわあああああ!?!?」
ドバドバとお茶を注ぎながらケラケラ笑う店員に促されて将吾が振り返ると、何と鎌実も同じようにドバドバとオレンジジュースを注いでいた。勿論、床まで。
「何やってんの!?何で同じことすんの!?ばっかじゃないの!?」
「前に奉日本に連れて行かれたファミレスでは長押しだったが?何で同じ作りにしないんだ面倒くさい」
「理不尽クレーマーかよ!!というか長押しだったとしてもいつまで押してんだ!零れてんじゃん!と、とりあえず手離せーーーー!!!!」
無理矢理引き剥がすようにして鎌実を止めている将吾を宵子はぼーっと眺めていると、先程の店員がいつの間にか彼女の真横に立っていた。
「やあ、こんにちは」
「ふえっ!?」
「ドリンクバーなんて、使ったことなかったら分からないよなあ。私も昨日からバイトを始めた新人なんだけどさ、未だに使い方が分からなくて大惨事さ」
「そ、そうなんですね……」
突然知らない人から話しかけられ、宵子は戸惑うことしか出来ない。
「彼は、貴方のことを庇ってくれたんだろう。優しいんだな。……まあ、かなり不器用っぽいけど」
「えっ……」
店員にそう言われ、宵子は鎌実の方へと目をやる。彼はガッツリ将吾に怒られていたが、全く話を聞いていないように思える。
「そんなこと……えっ?」
そんなことないだろう、と反論しようとして再び振り返ると、店員の姿はそこには無かった。
戸惑う宵子の元に、ニヤニヤしながら零士が歩み寄って話しかける。
「な?サネくんって結構優しいだろ?」
「え、じゃああれってやっぱり……」
零士も、店員と同じような反応をする。それを聞いて宵子もそうなんじゃないかと思い始める……が。
「いや、鎌実のことだから将吾に嫌がらせしたくてやってる可能性もあるだろ」
大河が否定する。確かにそれも有り得る。鎌実と将吾の相性は悪そうだった。それは昨日一緒に出かけた宵子もよく理解している。
「えー、そうかなあ。俺はサネくんは不器用だけど実は優しい説推してるんだけどなあ」
「鎌実は単純に性格悪いだろ。まあ、それでも面白い奴だと思ってるから付き合ってるんだけどな」
「あ、あはは……そうなんですか……」
宵子は苦笑いを浮かべる。まあ真実がどうであれ、自分一人が惨めな思いをしなくて済んだのは事実なのだ。やっぱり感謝してあげることにしよう……宵子はそう思った。
そして余談だが、あの後将吾は職場の先輩にガッツリ怒られたらしい。悪いのは鎌実とあの店員なのだが。
(ああ……ちょっと申し訳ないことしちゃったかも。ごめんなさい、直樹くん……!)
自分が直接の原因ではないとはいえ、間接的に関わっていることは事実だ。宵子は心の中で将吾に謝罪するのであった。




