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第6話 現状
母の病室は静かだった。
カーテンの隙間から差し込む夕陽が、窓辺を淡く照らしていた。
「お母さんのこと、少しお話ししますね」
志穂の主治医が、柔らかい声で切り出した。
怜音はうなずく。どこか、覚悟のようなものが胸の奥にあった。
「……本当に、すごい人でしたよ。20年、毎日欠かさず病院に通って。どんなに疲れていても、怜音くんの手を握って帰るんです」
「でもね、それだけじゃないんです」
医師は、机の上に置かれた一枚の書類をゆっくり押し出した。
借入明細。
支払い履歴。
金額は……想像を超えていた。
「……これ、全部……」
「そう。ご自身のパートだけでは足りなくて、深夜清掃、コンビニ、介護補助。掛け持ちしてたそうです」
「この一年、怜音くんが目覚めてからは、もっと働いていたみたいですね。ようやく未来が見えたって、言ってました」
守られていた。
ずっと、ひとりで。
自分が生まれてくるよりずっと前から、母はこの「戦い」を続けていたのだ。
「……今度は、俺の番だ」
声に出して言ったその言葉は、まるで誓いのように空気を震わせた。




