第5話 安心と疲労
「怜音、ゆっくり、もう一歩だけ前に出せる?」
「うん、大丈夫……見てて」
寒さが肌に刺さる冬の朝。退院まで、あと3日。
リハビリルームには薄い陽が差し込んでいて、母はいつものように手袋越しに息子の背中を支えていた。
一歩、また一歩。
もう“歩くこと”に不安はない。ただ、母が手を添えてくれることで、レイ――いや、怜音は安心できた。
だが、その日の母は、ほんの少しだけ声に力がなかった。
そして、それに気づけなかった。
――その時だった。
背中から支えていたはずの手が、急に抜け落ちた。
「えっ――」
振り向いた先、志穂はその場に崩れ落ちていた。
白い床に、倒れ込んだままピクリとも動かない。
「かあさん……? おい、かあさん……!?」
頭が真っ白になる。
今まで一度も自分を突き放さず、影のように寄り添ってくれた人が、
自分の名前を呼ばずに、目も合わせずに、横たわっている。
看護師の叫び声が響く。ストレッチャーが運ばれてくる。
混乱の中で、彼はただひとつだけ思った。
「この人は、俺を支えるために壊れたんだ」
病名慢性疲労に起因する心不全・貧血性意識喪失(過労由来)
状態一命は取り留めたが、しばらく入院が必要。身体機能や心臓に弱りが出ている
原因20年間の介護生活+怜音の目覚めに伴う急な活動量の増加(喜びと緊張が続き限界に達した)