第17話 初めての魔法
血の味がした。
唇の裂けたところから鉄の味が広がっていく。
もう、立ち上がれなかった。
怜音は地面に倒れたまま、必死に呼吸をしていた。
肋骨が数本は折れている。
鼻も曲がり、片目は腫れて開かない。
それでも、彼の目は、日向だけを見ていた。
「もう……やめて……」
日向が震える声で言った。
彼女は 怜音の前に立ちたかった。
でも、足が動かなかった。
怖かった。
また殴られるかもしれない。
自分が標的に戻るのが怖かった。
だけど、それでも――
目の前の男は、命を賭けて自分を守ってくれている。
「クソが……何ヒーロー気取りしてんだよ」
チンピラの男が、 怜音の髪を掴み、ナイフを出した
「しぶとい奴だが
もう、これで終わりだ」
「やめてーーーー!!」
日向は叫びながら、 怜音の前に立ちはだかった。
目の前のチンピラの拳が止まった。
一瞬の沈黙。
その間に日向は 怜音をかばうように、手を広げて立つ。
「お願いだから……もうやめて……」
彼女の声は震えていたけど、ちゃんと真っすぐだった。
「ハァ? 調子乗んな、クソ女」
乾いた音が響いた。
チンピラの拳が、日向の頬を正面から打ち抜いた。
「あ――」
小さな体が、空中に浮いて、地面に落ちた。
怜音の中で、何かが“音を立てて”切れた。
自分の中にある“制御”が、
何層にもかけて封じ込めていた“魔法使いとしての本能”が――
彼は、ゆっくりと立ち上がった。
骨が折れているはずの足で。
呼吸ができないほど痛む胸で。
それでも、目だけが真っすぐに敵を見据えていた。
風が吹いた。
空気が一気に冷たくなった。
「風よ――、ウィンドアロー」
小さな声で、怜音が詠唱した。
チンピラが、何かを感じ取ったのか後ずさる。
「な、なんだ……お前……」
次の瞬間――
バシュン!!
音にならない風が、地を這い、男たちを弾き飛ばした。
彼らの体が壁に叩きつけられ、意識を失って落ちた。
誰も、死んではいない。
だが、もう二度と立ち上がることもないほどに――“力を奪われていた”。




