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第16話 倒れた勇者

男が振り返る。

「あぁ? なんだよ、ガリガリじゃねえか」


愛美たちは一瞬たじろぐも、男に軽く笑ってみせる。


「お兄さん、正義感? でもその身体で?」




怜音は、日向と目を合わせた。


その目に、必死の恐怖と、かすかな“期待”があった。


「いいから、その子を離せ」


男が舌打ちして、蓮に向かって殴りかかる。


怜音は右腕を上げてガードしようとした。

だが、身体が、ついてこなかった。


足がもつれ、体がぐらついた。


ドッ……!


腹に重い拳を受け、息が詰まる。

続けざまに、肩、顔面、腹部へと何発も殴られる。


怜音の体は地面に崩れ落ちた。


「チッ、邪魔すんなや」

男が唾を吐く。


地面の冷たさと、雨の音。

怜音は、顔の横で拳を握りしめながら思った。


――ダメだ。全然、動かない。


異世界では、こんな雑魚ひと睨みで逃げてったのに……


ここでは、“普通の男の一発”にさえ勝てない……





日向は見ていた。

自分を助けようとして、倒れ込んでいる怜音を。


助けられるどころか、逆に倒れた彼に、胸が締め付けられる。


何かが、音を立てて崩れた。


「やめて……やめてって言ってるじゃん!!!」


怜音は倒れた。

地面に膝をつき、腹を押さえながら、うつむいていた。


鈍い痛み。視界が滲む。呼吸がうまくできない。


それでも――







「……どけよ。次は、顔面割るぞ」


その時だった。


ゆっくりと、蓮が立ち上がった。


フラつきながらも、まっすぐ前を見て。


「――やめろって、言ってるんだ」


声はかすれていた。

脳が揺れる。内臓が悲鳴を上げている。


それでも、身体が勝手に動いていた。


男が苛立ち、もう一発、拳を叩き込んだ。


ドゴッ!


怜音は再び地面に叩きつけられた。


日向が叫ぶ。


「やめてってば!!もうやめて!!」




愛美たちも戸惑いの色を見せる。


だが、男は止まらない。


「正義ヅラしてんじゃねぇよ、ガリガリが……!」


もう一度、男が拳を振り上げる。


その時――


怜音がまた、立ち上がった。







足が震えている。

鼻血を流し、唇が切れて腫れていた。


肋骨の一本は折れているかもしれない。


それでも、目だけは、まっすぐだった。


雨の中。

濡れた制服。

倒れても、立ち上がる姿があった。





日向の中で何かが崩れた。


ずっと誰も信じられなかった。

誰も守ってくれなかった。


でも――


今、目の前で。

自分のためだけに、何度も殴られて立ち上がる男がいる。


「……バカ……」




声が震えた。



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