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第14話 雨の降る日、止まった声

放課後、傘を持っていなかった日向は、裏門から一人で出ようとした。


下駄箱で声をかけてきたのは、クラスの中心にいる少女――愛美まなみだった。


「ねぇ、バイトしてるんでしょ?」




「稼げる方法、教えてあげよっか」




愛美の口ぶりは軽かった。

けれど、その目は笑っていなかった。


隣には、取り巻きの千紗と芽衣。

日向は嫌な予感を感じながらも、逆らえずに声を飲み込んだ。







連れていかれたのは、駅前の雑居ビルの階段裏。

酸っぱい酒とタバコの匂いが充満する、乾いた空気。


「このアプリ、使えばすぐよ。

みんなやってんじゃん? 男と会って、ちょっと話して、お金もらって……」




スマホを無理やり握らされた。

そこに映っていたのは、“個人間でやり取りできる出会い系サイト”。

プロフィールには、同じ制服姿の少女たちが載っていた。


「最低一万円、貰えるって。

あんた、親いないんでしょ? 食べるもんもないんでしょ?」


「やってよ。逃げんなよ?」


その場を断れば、もっと酷い仕打ちが待っている。

わかっていた。

けれど日向は、震える手でスマホを押し返した。







「……しない。私は、しない」




愛美の顔が引きつった。


「……は? なんで? あんたみたいなゴミが“自尊心”持ってんの?」




ビンタが飛んだ。

壁に叩きつけられた感触と、頬の熱さと、じんわりとした血の味。


それでも日向は、うつむいたまま言った。


「これ以上、壊されたら、もう戻れなくなるから……」




「私のこと、誰も助けないって、知ってる。

でも、それでも私は、まだ“自分”でいたい」




静かな反抗だった。

決して叫ばず、立ち上がりもせず、ただ一歩、拒絶するだけの。


それでも、愛美たちは言葉を失った。


少しの沈黙の後――


「……キモ」

「帰ろ」




雨の中、取り巻きたちは笑いながら立ち去った。


日向は、びしょ濡れのまま、座り込んだ。







次の日の放課後のグラウンド横。

生徒の少ない雨上がりの薄暗い時間。


制服のまま、日向は囲まれていた。



そこに現れたのは、愛美、千紗、芽衣――

そして、彼女たちの知り合いという、髪を染めた年上の男たちだった。


3人の女子は笑っていた。

男たちは無言でスマホをいじっていた。


「ほら、日向ちゃん。今日、約束でしょ?」

「言うこと聞かなきゃ、学校に写真ばらまくし、ね?」




以前、わざと日向のスカートを捲り、その瞬間を盗撮された。

学校では“ビッチ”という噂を流され、教師も保健室も、誰も取り合わなかった。


男たちの一人が、無理やり日向の腕を掴んだ。


「やめて……」




小さな声だった。


「ちょっと静かにしててね? 愛美たちにも頼まれてるから」




男の手は、制服の肩を掴みかけていた。

日向の意識が、遠のきそうになる。






「今日さ、ちゃんと“やって”よ?」

「ウチらも、もう我慢できないんだわ。逃げられたら困るの」




男が笑って、日向の腕をつかんだ。


怖かった。


腕を振りほどいて、本気で走った、逃げて、逃げて、逃げて。


やっと男達の姿は見えなくなった。


とても怖かったが泣けなかった。


自分が“壊れる寸前”だったことを、ようやく理解した。


それでも、誰も助けに来なかった。

誰もいなかった。


ふと、目に入ったのは道路脇のコンビニの光だった。


あの店でバイトしてる“あの人”――静かなまなざしを思い出した。


その時、日向は少しだけ、心に問いを持った。


「もし、次も連れていかれそうになったら……あの人に、助けを求めてもいいのかな……?」




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