「ロスト・ミレニアム」(『キディ・グレイド』二次創作)⑨
* * *
「どういう事なの、これは!?」
「アトラス構想の主宰はGOTTだ。私がどうこう出来る問題じゃないよ」
「あなた……それでも連合評議会の議員?」
記者会見場の外までデオンを連れ出すと、サイレンは彼に詰め寄った。会場には枢軸委員会を始め、多くのノーヴルズの姿があった。彼らに、自分の言葉は聞かせられなかった。
「テラフォーミングによる不動産資産形成……」
「と、公式発表ではそう説明される」
「それじゃあ、あの変形機構は何? 地球より大きいサイズである事は?」
アトラスという艦種名に、示唆的なものを感じ取ってはいた。しかし、それが実際に地球を抱え込む巨人の姿に変容すると知り、地球が連合の管理下に置かれ一般人を追い出し始めた意味を理解した。
十年、二十年で済むような話でない事は分かっている。しかし、いつかこれが形を成した時、銀河系は──ノーヴルズ以外の九割を超える人類は、どうなってしまうのだろう?
「知らなかった訳じゃないんでしょう、デオン?」
サイレンは、否認は許さない、という意思を込めて言った。
「評議会に居るあなたが、ノーヴルズ全体で推進される計画の詳細を知らされていないはずがないもの。単独ワープ理論の事だって……だから、私たちの願いを、祈りを踏み躙った」
「私が? 組織が、私の意思だけで動いていると思っているのか?」
紡ぎ出されたデオンの声は、震えていた。サイレンはそこに、静かな怒りが含まれている事を感じ取る。
ノーヴルズというシステムに服わざるを得ない彼にとっては、共和国連合時代から何も変わらない目で自分の世界を見ているサイレンは、現実が見えていないとして苛立ちの対象になるのかもしれない。だが、彼はピースメーカー計画が緩やかな凍結へと舵を切った時、サイレンを喪うかもしれない可能性がなくなったとして「ほっとした」という。
方便にせよ本心にせよ──彼は、自分の感情をもシステムの内に引き渡してしまったという事だろうか? そう考えるのは、あまりにも辛い事だった。
「……君が思っている程、彼らも単純ではないよ。特殊能力を用いず、既存のワープ機構そのものを縮小化するなんて事がそう簡単に出来る訳がない。アトラ・ハシースの巨大さは、各惑星に備わったワープゲイトをそのまま内部機構に転用しようとしているからでもある」
「そ、それじゃあ──」
「ピースメーカーを中心に惑星連合政府が回っていると考えるのは、大間違いだ。計画の凍結と、アトラ・ハシース建造プランの裁定には何の関係もない。私は、たまたま双方に関わっているというだけだ」
「ミレニアムの開発は、依然停止したまま?」
やはり、彼は以前の彼ではない。サイレンをピースメーカーに参画させた時、彼はこのような──最終的に多くの人々を切り捨てる事を前提としたプランを是とし、それを今在る人々を救う方法に優先させ、官僚主義を仕方のない現実と割り切ってしまうような人物ではなかった。
「あなたが時の流れを頼りに、ミレニアムの名が霞み、皆の記憶が風化していくのを待っているのならそうはいかないわ」
「……ああ、そうだろうね。君だけは、忘れないだろうから」
「私はあくまで、あなたの命令には逆らえない。だから、究極的な事を言うなら辞表を出して、あの人たち──ベロネットたちと一緒に民間に移るわ。単独ワープ機構の開発は、一企業独自の事業とする」
サイレンは、きっぱりと口に出した。
デオンは、面食らったように口を半開きにして絶句する。
「誠実義務違反で懲戒免職にするなら、むしろ願ったり叶ったりよ」
「……公務員の辞職には、トップの許可が要る。君の場合、それは枢軸委員会……銀河系の最高指導者だぞ。私が君という人間の”危険性”を提訴すれば、いや、それ以前に全てを握り潰せば」
「あなたと、裁判で争う覚悟は出来ているわ」
「それ程──」
彼は唇を噛むと、心から悲しそうに顔を歪めた。
「それ程に、君は昔のままの君だというのか? あの頃のように──こんなに、時間が経ったのに?」
「ええ。きっと、この先もずっと」
サイレンが言い終えた時、会場から拍手喝采が起こった。どうやら、向こうでも構想発表が終わったらしい。司会者のアナウンスと共に、質疑応答が始まったらしく報道関係者の声が聞こえ始める。
デオンはやや暫し黙り込んでいたが、やがて顎を上げた。
「一週間待ってくれ、GOTTの担当部署にアポイントを取る。もしも相転移航宙回路に従来危惧されていた危険性がないと証明されれば、ノーヴルズの人たちもアトラス構想を実現させるのに格好のファクターだと受け止めるだろう。ただでさえ、甚大なコストが掛かる事だったんだからね。
幸い、戦前に全てのデータ管理は私に一任されていた。上が許してくれそうなシナリオなんて、幾らでも用意出来る。それにもし、百万分の三の確率が的中したとしても、その時には文句を言う人も言われる人も仲良く居ないんだ」
「デオン……?」
サイレンは、驚いて彼の顔を見上げた。
「場所はこちらで手配しよう。全ての準備をひっくるめての一週間だ、必要なもののコンディションは整えておくように。せっかく認可が下りてから、数日間うずうずして過ごすのは嫌だろう?」
「………!」
彼の困ったような──しかし、何処か安心したような目と視線が合った時、サイレンは胸奥の暗がりに一筋の光明が射し込んだような気がした。
何を言われたのかを理解するに連れ、安堵が──五年以上膨らみ続けていた凝りが氷解した、途方もない安堵が湧き上がり、サイレンは気を抜けばその場にへたり込んでしまうかと思われた。
「勿論よ、デオン。あの子が……セルパンヴェールがいつでもパフォーマンスを発揮出来るように、皆がどれだけ心を砕いてきたか……」
ベロネットたちは、信じて待ち続けていたのだ。彼女たちは、計画に関わってきた者たちの口からミレニアムの名が発されなくなってからも今まで、欠かす事なく船のメンテナンスを続けていたという。
「但し」
デオンは、再び表情を引き締めて釘を刺した。
「君が『皆』という言葉を使うからには、関係者皆が自分の意志でこの無理を通すのだという事を自覚して貰いたい。だから、君が決して独断を通すのではないという事を示して欲しい。恣意的に情報を曲げたりして、誰かに責任を気付かせないなどという事がないように」
「……レドロネットの事?」
サイレンも、幾分か冷静さを取り戻して尋ねる。
「彼女に、本当の”最悪”の場合の事を教える必要があると?」
「それをしないのは、卑怯だよ」
彼は、サイレンがそうであって欲しくはない、と言うかのようだった。
「現場を取り仕切るのは君だよ。それで彼女が覚悟を決めるのならば良し、手に負えないようであれば最終実験を改めて永久凍結にするのも、彼女のパートナーの能力でルフランだけを得て続行するのも君の自由だ。……事後に責任を取る事が出来ないからこそ、私は敢えてこんな事を言わざるを得ないんだ。どうかここまでして、私を失望させてくれるなよ」
──卑怯、か。
確かにそうだったかもしれない、と思った。パートナーだからという理由で、自分は今まで、ベロネットに彼女の精神面を任せすぎていた。そして、本当の事を言わないという事が、自分なりにレドロネットのメンタルを安定させる手段だとすら考えていた節がある事も否定出来ない。
「分かったわ」
サイレンは、彼の目を見たまま肯いた。
「絶対に、私は口だけの女にはならない」