「ロスト・ミレニアム」(『キディ・グレイド』二次創作)⑧
* * *
アトラス型島宇宙間航行宇宙船の構想が持ち上がった時、ベロネットは一つの目標の為に集った「自分たち」が終わりを告げられた事を悟った。
全長六三五六八キロ、地球の直径の約五倍。ノーヴルズによって構想されたその宇宙船アトラ・ハシース──天を支える巨人アトラス、そして音の近いアッカドの洪水神話の主人公の名。この時点で、彼らが何の為にこの愚挙としか表白しようのない船を考案したのかは薄々察しがつく。
「失敗するわよ、きっと」
ベロネットがこの事を伝えると、レドロネットはそう吐き捨てた。
「せめてその十分の一くらいじゃないと、制御しきれない」
「だけど、それでも彼らは諦めないでしょうね……今まで、それを通して銀河系を動かしてきた人たちだもの」
「第二号はノアズアーク……いえ、デュカリオンかしら」
そのオプションは、恒星からの光を吸収する大規模なソーラー発電機構=際限ない無補給航行可能、テラフォーミング機能、そして単独でのワープ機構。主導はGOTTだというが、その裏で特殊能力を用いない単独ワープの理論が既に実証されていたとすれば、
(見限られたのね、ミレニアムは……危険極まりない原理で単独ワープを行う、私たちのピースメーカーは)
否応なく、その事実が突きつけられた。
悔しかった。計画自体が生かさず殺さずの状態で放置され、自分やサイレンたちが歯痒い思いを抱えている間、ミレニアムが用済みとなる事が既に決まっていたのだと思うと、涙が滲む程悔しかった。
これ程までに悩んできた事は一体何だったのだろう、と思った。
じきに、サイレンが正式なピースメーカー計画の解散通知を持って来るだろう。
「レドロネット……」
「何?」
パートナーの口調は、素っ気なかった。
実のところ、彼女がこの状況についてどう思っているのか不明だった。ややもすると彼女は──最終試験の結果に関して、実行前から他の誰よりも責任を感じていた彼女は、密かに安堵しているのではないだろうか。もう自分が、ベロネットやサイレンを消滅させてしまうリスクを冒さなくて良いのだ、と。
そうだとしても、ベロネットは彼女の意思が薄弱ではないか、と咎めるつもりはなかった。
「一緒に、治安総局に辞表を出さない?」
ベロネットが言うと、レドロネットは面食らったようだった。
「何言ってるの、ベロネット……?」
「お役所を離れるの。何処か長閑な星に行って、穏やかに生きるのも悪くはないんじゃない? 私たち、永い時を生き続けてきた……これからも、何百年も生きていくかもしれない。そんな時間があったっていいと思う」
いえ、と言い直す。
「あなたは是非、そうするべきだと思う。私よりもずっと、あなたは頑張ってきたんだもの。これ以上、色々な重いものを抱え込みすぎるくらいなら──」
「それってさ」
レドロネットが、こちらの台詞を遮った。
「私はもう、何もしない方がいいって事じゃないの?」
その鋭い口調に、ベロネットは不意に斬りつけられたように感じた。
「これで良かったって、私が思っているとでも考えているの? 私のせいで、実験が失敗したら人が死ぬ。そうよ、確かに私はずっと、その事で悩んでいた。私がルフランを持て余している事は、私自身がいちばんよく分かっているわよ。悩まないはずがないじゃない……だけどさ、それで私が悩み続けるか、逃げ出すかは私が決める事じゃないの」
それで良かったなんて! と、彼女は声を高くした。
「私、そんなに弱い人間じゃないわ。そう思うなら、それはベロネット、あんたがずっと私の事、焦れったく思っていたって事じゃないの? 使い手が能力に見合っていない、トレースがある自分なら私がうじうじしているよりずっと、上手くやれたかもしれないのに、って」
「それは違うわ、レドロネット──」
「同情するなら口だけはやめてよ! ルフランが使いこなせるなら、私は必要ないって事でしょ。私も出来る事ならそうして欲しい、だってそうすればもう、死ぬかもなんて思わなくていいもの……」
彼女の目尻には、大粒の涙が浮かんでいた。
ベロネットは、そこで自分が彼女を誤解していた事に気付く。
彼女は、自分が実験の失敗=ベロネットたちの死因になる事だけを、恐れていた訳ではなかった。そうなるかもしれないという不安──疑念を、必ず触れねばならない危険物を扱うような目を、仲間たちから向けられる事に傷つき続けていた。育てていた猛獣がいつか手に負えなくなるかもしれないが、手放す事も出来ない──そういった目で彼女を見る事が本当になかったのか、と問われれば、それはベロネットにも否定はしきれない事だった。
そして、ベロネットやサイレンが彼女の悩みに歩み寄ろうとする度、彼女にとって理解されるという事は自分の有用性に疑問を呈されるという事を意味し、余計に傷ついていくのだ。
寄り添う相手により、却って傷ついてしまう事。
それから解放される事=ピースメーカー計画の終わり=誰かの理想が潰える事を喜ぶ事。誰かを傷つけてしまう事。
過剰なオブセッションと言ってしまうのは簡単だった。だが、それをするにはあまりにレドロネットは──自分のパートナーだった。
「……あなたが残るなら、私もそうする」
唐突に突き放すような言い方しか出来なくなった自分を、ベロネットは恨めしく思った。
「逃げ出したと思われるのは、私も嫌だもの。……あなたとの関係から」
「………」
レドロネットはもう何も言ってこなかったし、自分もそれ以上彼女の言葉を聴く気にはなれなかった。ベロネットは、サイレンに今後の関係各位の処遇を問うべく電話を取って席を立った。