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「ロスト・ミレニアム」(『キディ・グレイド』二次創作)⑦


          *   *   *


 相転移航宙回路エンジン──その理論。

 素粒子の加速を操り、運動状態の変化で超高温を生み出す事が可能なゴグのゲネシスにより、千杼(せんじょ)の熱を持つ原始宇宙の状態を再現、膨大なエネルギーを生み出すと共に局所的な空間膨張=ビッグバンを起こす。

 これと同時に、マゴグのシェオル──重力操作能力を応用し、その空間膨張を光速まで引き伸ばす。加速そのものを司るゲネシスの干渉なしに、「相対論的な因果律の原則」では物体の速度が光速を超える事はないが、現実に宇宙空間自体は光速以上の速度で膨張を続けている。これにより、ゲネシスが超高エネルギー空間を生み出したとしてもそれと寸分(たが)わぬ速度で同じだけその局所空間が拡張されるので、十のマイナス三十二乗秒後にそれが宇宙全てを覆い尽くしてしまう事はない。

 だが、現象の「瞬間」という定義には、ゲネシスとシェオルに差異がある。ゲネシスの上位能力「ビッグバン」が百三十八億年前の宇宙誕生と同様十のマイナス三十二乗秒後を「次の瞬間」とするのに対し、シェオルの「瞬間的な空間膨張」が具体的に何秒間であるのかは定かではない。恐らくこちらに関しては、マゴグの意思が介入する以上唯一解を導く事は不可能だろう。

 これらを、ベロネットのトレースによってエンジンに移した後/能力から「人の意思」によって生じる誤差レベルの変動を除いた後、レドロネットのルフランがエンジン周囲で亜空間切断を行う。これにより、ゲネシスとシェオルによって生み出された超高エネルギー空間は次元の連続性から完全に切り離され、船が超高温や空間膨張の影響を受けて破壊される事を防ぐと共に、その作用だけをエンジンにダイレクトに伝達する事が出来る。

 相転移航宙回路は、内部の空間の歪み=ワープ航路に機体を招き入れる。この瞬間ミレニアムは、亜空間と現実の空間での事象がそれぞれ独立しながら、二つの次元に同時に存在する事となる。ベロネットはこの一瞬を、彼女の理論の中で「完全因果分岐点」と呼称。=高次元宇宙膜が破れ、搭乗者がパラレルワールド的な二つの世界を同時に体験する事から。

 そしてこの完全因果分岐点に到達した瞬間、シェオルが引き延ばしていた局所空間の膨張速度が光速から光速以上になる。これによってワープ前の座標の空間では、時間が逆行してこれら一連の現象が「何もなかった事」になる。ミレニアムがその座標から消失した以外は何も変化がない宇宙を実現する訳だ。

 このコンマ一秒にも満たない瞬間、現象に働く「人の意思」はレドロネットによるルフランの発動のみだ。エンジン周囲の亜空間切断を行うタイミングは、ゲネシスとシェオルが最初からトレースによってエンジンに組み込まれている以上狂いなく合わせる必要はなく、あらかじめ展開しておいて構わない。むしろそうでなくては、人間業ではない時間感覚と反応速度が要求される事になるだろう。

 問題があるとすれば、エンジン起動のプログラムが実行される直前──数秒間。現象そのものの時間に比べれば何百、何千倍もの余裕がある──、レドロネットが能力発動に失敗する事だった。

 彼女の亜空間が開かなければ、搭乗者は船諸共超高温と光速で膨張する空間に巻き込まれ、体を素粒子にまで分解されて死ぬ。

 このリスクこそが、レドロネットを今の段階で不安にさせている”万が一”の”最悪”の場合だった。しかし、サイレンは本当の”最悪”の場合は、()()()()()()()()()()事を知っている。

 自室に戻った後、いつかマゴグが愚痴交じりに言っていた事を思い出した。

「本当に他人事扱いですよね、現場に居ない人って!」

 都合何度目かのエンジンの改良を終え、ベロネットによる能力の再トレースの為にゴグ、マゴグがイストミアに招喚された時の事だった。その際、ゴグは新たなシステムに応じた最適化環境で能力の臨界実験を行うべく一足先に実験施設にやって来ており、マゴグは直前まで単独で星間犯罪組織との戦いに駆り出されていた。

 能力保有者の傭兵二人と共同戦線を張ったという彼女は、そこで彼らと思いがけなくピースメーカー計画に関する話をしたという。


「共和国連合のESメンバーさんは、単独行動が多いのかよ?」

 対象組織の取り引き現場へ移動する間、()()()()──やや野性的な少年の外見をした彼は、セキュリティを突破する為の方策の一環として女装していた──はマゴグにそう言ってきた。

 彼らとは、以前にも何回か共闘した事があった。マゴグは彼らに、自分にもゴグというパートナーが居るのだとは紹介していたが、実際に特務に当たる際、二人に彼を引き合わせた事はなかった。アンオウは、ペア行動が基本のESメンバーであるにも拘わらずまた自分が一人で現れた事について揶揄したのだった。

 マゴグはややむっとしたが、シニシストの彼の目に目的のない挑発的な嫌味とは異質な色──興味津々という様子を感じ取り、そこで勘づいた。

 ピースメーカー計画は共和国連合内で、極秘事項ではないとはいえ積極的に周知するものでもない、というような扱い方をされていたものの、予想外に関係各所に噂が流布しているようだった。

「相転移航宙回路、だっけ? 小難しい事は分かんねえけど、大分とんでもねえ事やってるみたいじゃん?」

 はぐらかすのも面倒だったので、自分もこの仕事が終わってからゴグの所に行って開発を手伝うのだ、という事を大雑把に伝えると、アンオウは訳が分からないというように両手を挙げた。

 彼のパートナーである()()()()が、短く窘めた。

「あまり、余所様の事情に容喙するな。じきに目的地だぞ」

「へいへい」

 アンオウは適当に返事をしたが、一言付け足すのを忘れない。

「単独ワープとかいうのには仕事柄興味があるけど、能力持ちの手を借りている時点でそれもう科学じゃなくね?」

「正真正銘の科学にする為に、理論だけでも試そうとサイレンさんたちが頑張っているんじゃない」

「実際にその何たらエンジンが作動したとして」

 彼は、ベロネットとレドロネットの能力についても知っているようだった。

「そいつはどの程度、宇宙空間を原初の状態にしちまうんだよ?」

「馬鹿言わないの。宇宙には一切影響が出ないように、レドロネットさんが計らってくれる」

「だけど、あいつひよっこなんだろ?」

「アンオウ」エイオウ──再度注意。

「なあ、最終試験の時、あいつのルフランが上手く働くかどうか賭けようぜ」

 アンオウは、右手の人差し指をぴんと立てた。

「もしそれが仕事をしなかったら、あんたとゴグさんの起こしちまったビッグバンはイストミアを焼き尽くすか、全宇宙を破壊するかまで当てたら配当を二倍にするっていうのはどうだ?」

 彼の憎まれ口にはある程度慣れていたつもりのマゴグだったが、これは計画が最終段階に差し掛かりつつあり、(いささ)かの緊張は不可避であった自分にとって刺激の強すぎる台詞だった。

 マゴグは絶句した後で、つい怒り出してしまった。

「何て不謹慎な事を言うの、あんたは!」


「現場の人間が、どれだけ不安になりながら作業を進めているのかを知らないんですよ、()()()は!」

 マゴグは憤慨しながらも、そこで急に我に返ったらしく口を閉ざした。

 母艦ウルティマのカタパルトにセットされたミレニアムの横で、タブレットを片手に作業員たちに指示を出しているベロネット、レドロネットの方をちらりと窺い、やや顔を赤らめた。

「いえ……レドロネットさんの事は信頼しています。色んな人たちが思っているよりも、ずっと凄い人なんだって。だから、本当は笑い飛ばしちゃえば良かったんですけど……ああー、それにしてもムカつく!」

 彼女は、アンオウの発した台詞の内容がというより、また彼の挑発的な言動に乗ってしまった事に腹を立てているようだった。レドロネットを全面的に信頼し、相転移航宙回路エンジンが全宇宙を焼却してしまう可能性など億に一つも有り得ない、と思っているのは本当のようだった。

 サイレンはその時、表面上は彼女を冗談交じりに宥め、一緒に笑ってみせた。しかし、内心では銃で撃たれたかの如き衝撃が、動揺として表出しないようにするのに必死だった。

 理論の提唱者であるベロネットがわざと破局的な可能性──「恒星に水を掛けたら爆発するのではないか」というような、誰もが科学的知識を度外視して想像するレベルの可能性──に辿り着けないよう、サイレンは開発に関わった他の科学者たちと共にあらかじめあらゆるシミュレーションを行った。どれだけ荒唐無稽な仮説でも、それが起こらないと証明されるまでは検討した。

 マゴグが部外者から持ち出されたというその可能性についても、サイレンは本気で検証していた。その結果、ルフランの発動が失敗した時に起こる”最悪”の場合は確率化された。

 百万分の三だった。

 真空の宇宙が「焼かれる」=燃焼する、酸素との急激な化合が起こるという事自体が荒唐無稽な発想だと思われるかもしれないが、広義の「燃える」という事は必ずしも「燃焼」を意味しない。実際に恒星は燃焼の如き光と熱を放っているが、それは内部で発生している水素同士の核融合反応によって生み出されているエネルギーだ。燃えてはいるが、燃焼とは似ても似つかない原理である。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 百万分の三。それは人類の希望となるピースメーカー計画を最終段階で中止してしまうには、あまりにも小さく、無視しても構わないといえるような確率だった。しかし、どうやって調べたのかは知らないが、一生のうちに鮫に襲われる確率が八百万分の一であり、それよりも遥かに起こりやすい確率であるといえばそう言う事は可能だった。

 それが──百万分の三で宇宙の全生命が死に絶えるという未来予測が歴然として存在している状態で、自分は計画の最終試験への進行を許可したのだ。実際にあの試験当日、評議会から中止命令が出なければ相転移航宙回路エンジンの起動ボタンは押されていた。

 レドロネットに、彼女に重荷を背負わせないという意味でこの本当の”最悪”の場合を告げなかった事──告げなくても問題がなかった事は、実際にそれが起これば彼女も含めて皆が死滅する、だから彼女が後から「知らずにやってしまった事」で自責の念に駆られる事はないという意味だった。

 コーヒーを淹れながら、サイレンはデオンに言われた「計画の凍結にほっとしている」という言葉を反芻した。

 ──それが発生すれば、君が宇宙から消えてしまう。僕も、ノーヴルズも銀河系も何もかも──だけど、何よりもサイレン、()()っていう思いだった。

 自分と彼では、そもそも見ている未来が違うのだ、と思った。

 しかし、その違いは決定的なものでありながら、どちらがより広範な視野で世界を──今と未来を、理想と現実を、銀河系を、人類生存圏を、宇宙を──見ているのかは、サイレン自身にも分からなかった。

 だが結局、もし自分が彼の立場であれば。

(私も、彼と同じようにほっとしたんじゃないかしら……)

 そう考える事を、否定しきれなかった。

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