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「ロスト・ミレニアム」(『キディ・グレイド』二次創作)⑥


          *   *   *


 ピースメーカーに携わるメンバーの処遇は有耶無耶(うやむや)のまま、戦後六年目は迎えられた。しかしサイレンの中で、自身を取り巻く状況は未だに「最早戦後ではない」と言えるものではなかった。

 この年、地球は連合の管理惑星となり、一般人の居住制限が開始された。

 ノーヴルズの権威の証左が「地球出身者である」という事は、これによって一層の憑拠を与えられたといえた。人類にとっての元始の惑星とはいえ、過剰な特別扱いといえばそうであり、ノーヴルズとそれ以外の人々に一層の区別の意識を植えつける事でもあった。

()惑星移民の退去は、着々と進行しています」

「何とか、惑星メトセラとファティマのテラフォーミングが間に合って良かった。入植者たちの上限問題もクリア。あとは可及的速やかなインフラ整備の為、それぞれの指定区画に有機プラントの採用を急ごう」

 サイレンの報告についててきぱきと処理を行うと、デオンは事務的な口調を維持したまま「下がって宜しい」と言った。

 彼は今や連合管理委員会の役員となり、共和国連合時代にピースメーカー計画を統括していたという立場を超えて名実共にサイレンの()()となっていた。かつての同級生の立身出世に、或いはそれが自分の上に立つ人間となった事に、サイレンは何ら悪感情は抱いていない。

 ただ──自分が一層支配階級であるという意識を強め、巨大な組織の一構成員として現実だけを見ざるを得なくなった彼の意思によって、自分の理想でもあったピースメーカー計画が事実上凍結されたまま放置されているという事に、何も思う事がないと言えば嘘になる。

 それどころか、世界がミレニアムの先に自分が見据えた未来とは徐々に離れた方向へと動き始めているともなれば──。

「……どうした?」

 退室しようとしない自分に、デオンが怪訝な声で問うてきた。

 サイレンは、「あくまでプライベートなんだけど」と前置きした。

「何だい?」彼も、口調を砕けたものにする。

「忙しいの、仕事?」

「君も知っての通りだよ。だけど、お互い様だろう?」

「ええ──」

「君はよくやってくれている。……すまないね、過重労働を強いてしまって」

「あなたが気に病む必要はないわ。私のも、仕事だもの」

 サイレンは、そうやって自分も彼も言い訳をしているのだ、とちらりと思った。

「ミレニアムの方はどう? もう五年よ、あなたの口からあの船の名前を聞かなくなって。最高責任者のあなたが言ってくれなきゃ、下に居る私たちは何も知る事が出来ないんだもの」

 ──我ながら、唐突すぎる切り出し方だった。

 口に出してからそう反省する程に、心情が理性に先行していた。だが、こうして半ば強制的に言い出さない限り、もうデオンがミレニアムの事を口にする事はないのではないか、という思いは確かだった。

 ピースメーカーが中断されてから今までの間、デオンは一方的に、自分たちの間でミレニアムという艦名が禁句であるかのような不文律を作り出そうとしている節があった。

「……君が、まだその事について考えていたとはね」

 半ば嘆息するように紡ぎ出されたデオンのその言葉に、サイレンは思わず耳を疑った。

「えっ?」

「それだけの理想が君にあったからこそ、私は君を開発主任として推したのではあるのだけれど。まさか今になって、こんな(ふう)にいきなり切り出されるとは思ってもみなかったよ」

「はぐらかさないで、デオン。まだってどういう事?」

 サイレンは、机上に身を乗り出すようにして詰め寄った。

「私が、とっくに忘れていれば良かった、とでも言いたいの?」

「………」

 デオン──沈黙。

「答えて」

「……私以外の監査人たちも、わざとそういう方針を採っていたんだ。あの船の開発から君たちを遠ざけたまま、事が風化するのを待っているんだよ」

 彼の口調は、乱暴に吐き捨てるかのような響きを孕んでいた。

「そんな……どうして?」

「連合が成立した今、最早戦争状態の末期段階を想定して開発されていたミレニアムは、財政を逼迫させるだけの過去の遺物になった。それが、上の共通した見解だ。ベロネットやレドロネットと未だに現場での交流がある君だけが、五年間あの船の事を考えていた訳じゃないよ」

「上の?」

 この期に及んで、まだはぐらかすような言い方をするのか。

「ノーヴルズのじゃなくて、あなたの考えを聴きたいの」

「私もノーヴルズだよ、サイレン」

 デオンは席から立ち上がると、サイレンの両肩に手を置いた。

 その、思いがけない力の強さに言葉を失う。

「戦争はもう終わったんだ。六年も経って今更言う言葉でもないけど、敢えて私は言う。今は平和な時代なんだよ」

「平和な時代?」

 サイレンは反駁する。

「それじゃあどうして、未だにゴグやマゴグは──計画の仲間だったESメンバーたちは、戦い続けなければならないの?」

「これだけ広い銀河系に、紛争がない方がおかしい。全部、生存圏を拡張し続ける人類が交流しているからこそだ。貿易の問題、各惑星国家の金利差……それが普遍的な事象だからこそ、設立されねばならなかったGOTTだ。世界大戦のない状態を消極的平和と呼ぶのなら、私はそれも平和のうちに含める」

「彼らが臨んでいる戦いは、テロとの戦いなのよ」

 ──金融への介入は、戦力確保の為の大義名分で。

 サイレンがそう言うと、

「………」

 デオンは再び黙り込んだ。その様子に、得も言われぬ不安が()ぎる。

「いえ……そもそもそれは本当の事なの? ゴグやマゴグが戦っているのは、本当にテロリストなの?」

「………」

 沈黙──続行。=肯定?

 サイレンは、ぐっと拳を握り込んだ。

「……ノーヴルズにも、責任はあるわ」

「テロの横行の──原因となった、貿易問題の?」

「テラフォーミングによる未進出の恒星系開拓事業は、確かに大事な事だわ。けれど今の段階じゃ、何だか増加する人口の──戦後にはベビーブームが付き物だし──問題に対して、土地だけ用意すればいいと思っている、みたいに思われても仕方がないわよ。今、地球からノーヴルズ以外の人々を追い出そうとしている連合政府の政策だってそう」

「追い出そうとしている訳じゃないさ。新たな殖民惑星は、フロンティア()()()()()()()()()。戦場になんかするものか」

 デオンの口調は、決してその場凌ぎの出任せではなかった。

「その為に、治安総局はあるんだからな」

「それじゃあ」サイレンは言い募る。「今という時代にこそ、ミレニアムは必要なものだとは思わない?」

「サイレン……」

「計画の終了まで、あと一歩なのよ。相転移航宙回路エンジンの最終試験、結果次第では、この一回の実験だけでピースメーカー計画は成就する。それが、あなたたちには何故分からないの?」

「すると君は」

 さすがに気に障ったのか、デオンの口調が意地悪な色を帯びた。

「そこまで壮大なゴールを掲げておきながら、戦争のパラダイムを大きく変化させる船を、畢竟は避難用シャトルにする気なんだね?」

「戦争のパラダイム……それって、やっぱり戦略兵器って事じゃない!」

 ──どちらかが勝利すれば、戦争は終わる。

 デオンが自らの意思で、コンセプト発表当初のノーヴルズの見方であるその概観を選んだ時、サイレンが無意識のうちに弊目していた自分たちの理想の食い違いは決定的なものとなる。

 否──それはサイレン自身の、一方的な”理想”の否定だった。

 ただ、彼のとうに染まっていた現実主義が、道義として”理想”よりも先に通ってしまう事が悲しかった。

 デオンは、サイレンの瞳に映った悲しい色を見て取ったようだった。はっとしたように口を噤み、居心地悪そうに視線を逸らす。

「いや、すまない……皮肉を言うつもりはなかったんだ」

 彼は黙り続けるサイレンに、(さと)すような口調で言葉を続けた。

「私がかつて、君の理想に燃える姿に心を動かされた事は本当だ。ミレニアムの事だけじゃない、学生時代、知り合った頃もそうだ」

「そっちはもう、終わった関係でしょ」

「ああ、そうだよ。だけど、私は……僕は、君を女としてどうこうと言っている訳じゃないんだ。純粋に、目指すものに向かってブレずに歩き通そうとする姿が好きだったんだよ。だけど確かに、今じゃ何を言っても言い訳と受け止められてしまうだろうな……」

 言葉を探すように、やや瞼を伏せる。

「予算とかプライオリティとか、業務的な問題だけじゃないんだ。僕個人の気持ちとして、計画が緩やかに凍結するという方向性が決まって本心からほっとしている自分が居た……」

「デオン、あなたまさか……」

 レドロネットが憂えていた事と、同じだったのではないか。

 サイレンは、こちらの視線から韜晦(とうかい)するように彷徨う元交際相手の目を、自分でも気付かないうちに追っていた。

「そうだ、君の予測にもあった”最悪”の場合の事だ。それが発生すれば、君が宇宙から消えてしまう。僕も、ノーヴルズも銀河系も何もかも──だけど、何よりもサイレン、()()っていう思いだった。そして、そんな事を可能にしてしまうESメンバーが……ベロネットたちの事が怖かった」

 まだ、レドロネットの精神に追い討ちを掛ける事を恐れてESメンバーたちには言っていなかった、本当の”最悪”の場合。

 計画の最高責任者であるデオンとは、その事実も共有していた。

「……嘘」

 サイレンは、そう呟いて身を引いた。

 彼とこのまま話し続ければ、色々な意味で悲しくなるだけだと思った。そしてその悲しくなる理由が、本当は無自覚に胸の底で燻らせ続けていた彼への想いが再び火を灯してしまうからだと気付くのが恐ろしかった。

「もう、もう終わった事なのに」

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