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「ロスト・ミレニアム」(『キディ・グレイド』二次創作)⑤


          *   *   *


 ピースメーカー計画は、事実上の解散状態となっていた。

 第二次限定戦争終結後も、諸々の事後処理が一段落してから再開される、とデオンからは通知されていたが、惑星連合政府の発足とそれに伴う人事異動により命令系統は一新。サイレンの管理委員会という所属は──名称は微妙に変更されたが──変わらなかったものの、軍主体の開発業務は民間に委託される事となった。苦肉の策として、開発に関わってきたスタッフの多くが天下りを斡旋された。

 ESメンバーたちもまた、所属部署や組織に大小の変動があった。

 ベロネットとレドロネットは連合治安総局へ。軍人色の強かったゴグ、マゴグはその下部組織である治安管理実行部隊に割り当てられるかと思われたが、彼らの配属先は何故かGOTTだった。

 そして現在、戦後経済の混乱とそれに乗じた悪質ビジネスの横行、交易経済摩擦の発生に伴う局地的紛争に介入するとして、GOTTは度々彼らをあちこちの戦場に派遣していた。撲滅が急務である「テロとの戦い」に、本職の軍人たちと共に追われるようになった彼らを、サイレンが一存で呼び出す訳にも行かず、優先順位の低いピースメーカー計画はどんどん先送りにされた。

 サイレン自身もまた、目まぐるしい業務に追われていた。

 政府から監査を任される事が多いのは、今尚増え続ける殖民惑星のニーズに応じた各恒星系のテラフォーミングだった。これも実際の作業は民間が行っている事とはいえ、失敗すれば大規模災害が発生する可能性がある危険なものであり、政府関係者による監査は欠かせない事だった。

「ピースメーカー、本当に続いているんですよね?」

 私用で食事を共にする事になった時、ベロネットに不満げに零された。レドロネットは一緒ではなかったが、ベロネット曰く

「パートナーだからといって、休暇の日までずっと一緒に居るって訳じゃありませんよ。あの子にも自分の生活があるし」

 との事だった。

「だけど私たち、元々ESメンバーであっても実戦はしない事になっていたじゃないですか。軍関係の開発も皆民間に委託されちゃって、今じゃ通常業務ばっかりなんですよ」

「諜報部で特務といったら、実戦ばっかりだものね」

「暇に対して、不満を持っている訳じゃないんです。銀河系の動向監視だって、大事なお仕事ではありますから。だけど……私たち、やっと自分たちの力で特別な事が出来るんだ、って思っていたんですよ。セルパンヴェールだって、サイレンさんに会えなくて寂しがっているはずです」

 彼女が大真面目な顔で言うので、サイレンは思わずくすりと笑ってしまった。

 機動兵器を機体名ではなく、それを自律制御する搭載AIの名で呼ぶのは、ある意味擬人化だった。サイレン自身も以前、仕事で一緒になったESメンバーの少女──無論外見的には、だが──が、同乗させて貰った彼女らの高速巡航艦を「ヴィルヴェルヴィント」と呼んでいるのを聞いて戸惑ったものだ。

「あの子は、プログラムの集合体に過ぎないわよ」

 過度な感情移入は、機動兵器としての役割を果たさせるようコンセプトを定める上で妨げになる。そう窘めるつもりで──あくまで過剰とは受け取られないように気を付けつつ言ったサイレンだったが、

「あなただって、セルパンヴェールを『あの子』って」

「あら……」

 ベロネットに指摘され、思わず顔が赤くなった。

 自分の様子が可笑(おか)しかったのか彼女がぷっと吹き出し、サイレン自身も釣られて笑ってしまう。

「だけど本当に、あの子はいい子ですよ。点検(メンテ)をしていた時、私やレドロネットが次の項目に移ろうとする度にその部分を自分から開いて見せてくれるんです。意思があるとしか思えませんよ。……開発者の私がこんな事を言うのは、いけない事なのかもしれませんけれど」

「レドロネットは、徹底して『ミレニアム』って呼ぶわよね?」

「彼女、自分のコードネームが好きじゃないみたいだから……」

 ベロネットは、やや寂しそうに言った。

「『緑色の蛇(セルパンヴェール)』って、私たちのコードネームの由来なんです。美しい王女ベロネットと、醜い王女レドロネットの出てくる……それは魔法のせいで、最終的に彼女は美しさを取り戻すんですけど」

「醜い王女……ね。確かに、あなたたちくらいの女の子にはきついかも」

 彼女たちとて、その少女としての外見年齢よりも遥かに長い時を生きている。サイレンもそれは分かっているが、彼女たちの天真爛漫さは決して、その実年齢と共に失われていくものではなかった。

 実年齢だけでは、自分の方が彼女たちより遥かに年下なのだ。だが、やはり自分の心は既に少女のものではない。若々しい外見の高齢女性が実際に生き生きとしている事もあるが、肉体が精神に影響するというのは本当だ。

「名前だけじゃないんです。彼女、自分が私やマゴグたちよりも劣っているっていつも気にしている。確かに彼女のルフランは強力で、本人の実力が伴わないと持て余すのも事実ですけど、それは能力の特性上仕方のない事なんです。むしろ、彼女の能力を私がトレースして使うより、オリジナルの彼女の方がずっと上手くルフランを操る事が出来る。Gクラスっていう分類が伊達じゃないのは、私よりレドロネットの方なんです」

「あなたのトレースだって、Gクラスじゃない」

「私はC、S、G、あらゆる能力を自分のものとして使えるから便宜上Gクラスっていうだけです。レドロネットみたいに強力な能力だと、上手く自分のものに出来ない事の方が多い」

 ベロネットは、悔しそうに首を振った。

 ──醜い方、劣っている方。そこに、駄目押しのように名づけられたミレニアムの搭載AIの名前。

 やはり、自分が彼女に真実を告げなかった事は正しい選択だったのだろうか。しかし、実際の彼女の力はミレニアムに於いて、他三人に対する抑止力だ。相転移航宙回路エンジンが”最悪”を招いた時、実際に取り返しのつかない事態を生むのはゲネシスとシェオル、そしてそれらをエンジンに移したトレースなのだ。

「レドロネットに対して、私が苦労自慢をしていると思われるのは嫌なので何も言いません。だけど、彼女はあまりに責任を抱え込みすぎて、周りが見えなくなっているみたいです。この間も、ちょっと喧嘩しちゃって」

「まあ……」

 サイレンは絶句する。

「先日、GOTT本局ビルで極めて重要なセキュリティシステムのアップデート作業があったんです。生体ナノマシンに干渉するものだったんですけど、レドロネットがルフランで精密加工をしている途中で手違いがあって、私や本局のESメンバーの人たちの体にバグが起こりかけて……幸い大事には至らなかったから、私が気を付けてよ、って軽く注意したら、彼女が逆ギレして。

 そんなに私が役に立たないなら、能力だけトレースして使えばいいじゃない! って言ったんです。それで、私もついかっとなっちゃって」

 だから、とベロネットは続けた。

「私たちよりずっと熱意のあるサイレンさんに、こんな事を言ったら怒られるかもしれないけど……私、ピースメーカーが中止されている今の状況に、ちょっとほっとしている部分があるんです。レドロネットに、これ以上心理的負担を掛けないで済むから」

「……そっか」サイレンは、怒っていないという事を示すべく微笑んだ。「あなたの立場なら、自然な事よ」

「すみません、愚痴っぽくて」

「……私ね、昔お姉ちゃんと一緒にフェレットの子を飼っていた事があったの」

 サイレンは気が付くと、自分でも思いもよらない事を口に出していた。

「初めての事だったから気を張っていたのかな、お姉ちゃんはちょっと考えられないくらい徹底的に生態とかを調べて、ネットで実際に飼った事がある人の経験談なんかも何十件も読んで、お世話に当たった。あれは何というか、『飼育』というより『管理』に近かったわ」

「………? 何のお話ですか?」

「お姉ちゃんは結局、私にはそのフェレットの子を触らせようともしなかった。ベッドに入れようとした時、通気性に極めて敏感なのに何て事をするの、って物凄く怒られた。そこまで大事にしていたんだけど、結局死んじゃって……病気だったけど、何が原因だったのかは分からずじまいだった」

 サイレンが言葉を切ると、ベロネットは先を促すように肯いた。

 最早、彼女は何も容喙してこなかった。

「お墓に埋めた後、お姉ちゃんはずっと泣いていた。自分が上手く出来なかったからだ、何かを間違えたから死んじゃったんだって、ずっと言っていた。私は慰めようとして、お姉ちゃんはよくやっていたじゃない、って言ったの。そしたら、彼女が『あなたは何もしなかったのに、知ったような事言わないで!』って凄く怒った。それで私も、『私に何もさせてくれなかったのはお姉ちゃんじゃないの』って反論して喧嘩になった」

 自分でも、何が言いたいのか分からなくなってしまった。

 だが、今のレドロネットにはあの時の姉に近しいものを感じる。ただ、彼女の姉と異なる点は、彼女自身が出来る事ならば重荷を背負いたくないと望みながら、誰かを頼る事が出来ないところだった。

「ベロネットは、小さかった私に似ている」

「どういう事ですか?」

「背負って苦しくなるんじゃなくて、自分が背負えない事で悩んでいる事が」

「……そうかもしれません」

 ベロネットはやや俯き、「ありがとうございます」と言ってきた。

「サイレンさんは私の事も、彼女の事も分かってくれるんですね」

「ありがとう、はこっちの台詞よ、ベロネット。ミレニアムに──私の理想に、付き合ってくれた事に感謝するわ」

 サイレンはグラスを取ると、ベロネットのジンジャーエールともう一度その端を触れ合わせた。

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