「文豪ストレイドッグス 明治 -MAGE-」⑫
⑩ クリスティ
「彼の異能は、そもそも異能力の在り方を問う性質だった──」
老ルコックは、訥々と語り続ける。
「ありとあらゆる異能を、整合性を目指して”翻訳”するものであった。そしてそれ自体が、異能として個人に備わっているという矛盾……それが、周六に常に自己で自己の異能を翻訳し続ける事を強いたのじゃ。さよう、彼は自らの意思で、異能を解除する事が出来なんだ。
結果、彼は『疑う事を疑う』というループに身を置いた。それが彼に、単独で特異点を生み出させてしまった」
「涙香はその事を、正直にお話しなさったのね?」
「うむ……彼の告白を受けた当時の時計塔関係者──儂も含めてだが──は、彼を未来の災いの種として処分する事を決定した。惨い事よ、けれど時計塔の在り方を考えれば、仕方のない事だったのじゃ。
小規模な特異点による爆発事故で元の寮室を吹き飛ばしてしまった為、彼は部屋を移された。考えてみれば、彼の特異点が単なる爆発に留まらず、街を何もない更地に変えた事も思い当たる節はある。一切の破壊、懐疑対象たる存在の否定よ。思考放棄ともいえる。しかし、彼の心が安らぐ瞬間があるとすれば、疑心を抱く対象がなくなった時しかなかったのであろうな。そして彼はある夜──眠っている間に毒ガスを部屋に散布された」
「えげつない事をなさいますのね、あなた方も」
「否定はせぬ。……しかし実際、彼は目を閉じているだけで眠ってはおらなんだ。そう、例の反芻思考障害じゃよ。眠れぬ夜を過ごしていた彼は、異変に逸早く気付きおった。そしてまた、世の不条理を疑ったのじゃな。特異点を生じ、爆発で出口を開き脱出した。その後の足取りは分かっておらぬ。
涙香と名を変えた周六を儂らが追跡出来なかったのは、彼がその後著しく外見を変えたという事もあるやもしれぬ。厭世観から酷く虚無的な容貌となり、この世の理に服う事を否定するように化けを纏い姿を異形へと化さしめた。彼がその後何をしたのかは、儂にも分からぬ──が……」
⑪ 黒岩涙香
心の中では自身の異能に関する真実が分かって尚、疑いは渦巻き続けていた。
何故、異能それ自体の存在意義すら揺るがすような能力が生まれたのか?
そもそも、異能は何故、どのような原理で存在しているのか? 何かの意思が働いているのか? この世ならざる超自然の力ではないのか?
自分のこの疑いすらも異能によるものだとしたら、その”意思”は自らに対する疑いすらも探偵小説的整合性の中で支配しているという事か?
それは、自分は畢竟「抗う事の出来ない大きな力」から逃れられない事を意味しているのではないか、という究極的な疑問に行き着いた。自分は世界の条理・不条理の両面から、自身が一挙手一投足を操られているのではないかという強迫観念に支配された。
それから解放される瞬間は、”翻訳”された異能力により自らの整合性を得た時だけだった。やがて、自分はこれを麻薬の如く求めて異能力者狩りを行うようになった。整合された者たちが不合理=影=裏から合理=光=表へと混ざり合い、第三の秩序──新世界秩序たる無惨同盟に変じて自分の意思を遂行するようになると知ったのも、本来の目的の埒外だった。
* * *
やがて、自分は山田という異能力者が日本に居る事を知った。
彼の死者を蘇らせる異能「魔界転生」。これを”翻訳”し、制約を取り払った上で自分のものにする事が出来れば。
無惨事件によって死んだあの街の人々を蘇らせる事が出来るかもしれない、と思った。自らが異能力者である事すら知らなかった子供時代に、自らが何故特異点を発生させたのか、自分に最初の”疑問”──異能による──を抱かせたものが何だったのかを知る事が出来れば、根本的な解放が起こるのではないか。何故自分が疑い始めたのか、それ自体に対する疑い──そればかりは、異能ではない、自分自身の意思ではないかと思った。
皆、迷い犬たちなのだ。自分とて例外ではなく。
しかし自分は、行く宛のない迷い犬でありながら、確かに独立した自分としてここに居ると証明したかった──。