「文豪ストレイドッグス 明治 -MAGE-」⑥
③ 山田風太郎
自宅を訪れると、そこは既に全壊していた。
竹垣は黒変した棒切れ数本が残るのみで、敷地内には燠と化し原型を留めない柱や梁、屋根瓦などが一杯に散乱している。よくよく見れば、下敷きになっただけで焼け残った家財道具もあるようだが、一度運び出してみなければ使えるかどうかは分からないだろう。
庭の方がすっかり見えるようになっていたが、軍警が調査を終えたばかりの最初の襲撃現場からは規制線が取り除かれ、煤だらけになったブロック塀だけが変わらずそこに並んでいた。
「ああ……お父さんとお母さんの形見だったのに……」
「山田さん……」
頽れた自分の横に跪き、敦がおずおずと言ってきた。
「ご愁傷様です、山田さん。本当に残念でした……守り切れなかった僕たちの責任でもあります」
彼らはよくやってくれた。あの恐ろしい敵に取り囲まれた時、自分の命が助かっただけでも儲けものだ。
そう頭では分かっているのだが、山田は返事が出来なかった。
家にあった現金も、大学の研究記録や教材も全てが被害に遭った。火災保険には入っていたが、まず今まで通りの大学生活に戻るという事は不可能だろう。当分立ち直れそうにない。
「……敦さん、鏡花さん」
山田は、護衛の二人に言った。
「運び出せるものを、運び出すのを手伝って貰えませんか? このままじゃ、あまりにもお母さんが可哀想です」
「えっ? ああ、はい……でも、運び出したものは何処に?」
「僕の泊めて貰っている部屋に運んで、種分けをしてから業者を呼びます。早く次の住む場所を探さなきゃ、元の生活に戻れない」
「……学校、まだ行くつもりなの?」鏡花が尋ねてきた。
「当然です! そうじゃなきゃ僕、あんまりじゃないですか。何か悪い事した訳でもないのに涙香とかいう訳の分からない奴に狙われて、始終監視付きの上お母さんの家まで焼かれたんですよ。それで大学にも通えなくなるなんて」
言っているうちに、胸が潰れたようになってきた。
「ねえ、敦さん鏡花さん。まさかこのまま一ヶ月以上、こんな生活が続くとかじゃないですよね? 休学だって、ほんの短い間だけでいいんですよね?」
「それは……分かりません」敦が目を伏せる。
「どうして!」
山田はがばりと起き上がると、彼の両肩を掴んだ。
「あなたたちは、武装探偵社でしょう!? 僕を守って、早く事件を解決して下さいよ!」
「……すみません」
悔しそうに唇を噛む敦に、山田は叫んでしまってからはっとした。居心地が悪くなり、力を込めていた両手をだらりと下げる。
「いえ……僕こそすみません。取り乱してしまって」
言い、焼け焦げた瓦礫の山に向かって歩き出す。すっかり冷えた炭を掻き分け、焼け残った電化製品──といっても半分融解し、煤だらけになっているが──や収納箱などを掘り出す。
敦と鏡花は暫し顔を見合わせていたが、やがて同じく焼け跡に踏み込んで来て分別を手伝ってくれ始めた。
先代から引き継いだものである為ローンは完全返済されており、しっかりとした家ではあったが、生活は細々としていた。パート社員であった母の収入は決して多くはなかったが、元々かなりの資産があったのだろう、奨学金による援助は受けているものの山田が大学生活を送るに於いて、今のところはこれといった問題も起こってはいない。
節制に徹された生活だった。山田自身が家の資産額を知ったのは母の没後で、大学入学と共に親戚の扶養から実家での一人暮らしという形態に移ったが、その際はひとまず医学部の課程を満了出来ないかもしれない、という不安は起こらず亡き母に感謝したものだった。今思えば、母は母子家庭という現状に見合った生活を心掛けようとしていたというより、それなりの資産があるという事を息子に悟らせないようにしていたようにも感じられる。
帰ってインスタント食品で食事をし、自主勉強をしてテレビを観、寝てまた朝早く出て行く、というルーティンではそこまで多くのものの必要性を感じないので知らなかった事だが、質素な生活を営んでいる家でもこうして引っ繰り返されてみると、実に驚くべき程の物品が出てくるものだ。
それらを懸命に選り分け、選り分けし、やっと焼け落ちた床下の基礎部分が露出してきた頃だった。
「………?」
位置取りからして、台所の床下に当たる部分だろう。そこまで回る頃には火勢が衰えていたという事もあるだろうが、煤に覆われながらもしっかりと元の形を保って屹立する箱型の物体があった。見たところ、頑丈な鉄製のようだ。
(金庫?)
それも、ただの金庫ではなく隠し金庫のようだった。床下にこのようなものが埋まっている事すら、山田は知らなかった。
さすがに、精密に作られた鍵の部分は至近距離から浴びせられた猛火に焼かれ、壊れていた。山田は灰だらけになりながらも屈み込み、数発拳で扉を殴り、観音開きのそれを開ける。
金や貴金属ではなかった。中に収められていたのは、大量のファイルや、書類を束ねたファインダーの入った硝子ケースだった。
「これは……」
何気なく手に取って捲るうち、山田は目を見開いた。