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「ロスト・ミレニアム」(『キディ・グレイド』二次創作)②


          *   *   *


 ウロボロス級高速巡航艦試作零号、ミレニアム。

 惑星共和国連合総合評議院第一等議会(連合評議会)の主導の下、ピースメーカー計画と銘打って開発が進められたこの艦名に、サイレンは自分を開発主任として派遣したデオン・マンフレディらとの間にある種の類比性を感じてはいた。

千年王国(ミレニアム)か」

 開発コード「2017」から改め、サイレンによって命名された新たな艦名を報告書で目にした時、デオンは言った。

(きた)るべき王国は、神によって聖別された選ばれし者たちによって治められ、その千年の間彼らを(いまし)める悪しきものは何もない。君たちの相転移航宙回路理論が形になれば、この先世界は──戦争は変わる。今やジオソート弾を始めとする大量破壊兵器により、一瞬で一つの惑星が滅びてしまう世界だ。そのような規模で、泥沼の応酬戦を繰り広げられねばならなかった状況も」

「……『奇襲』という手段によって、早期解決する事が可能となる」

 それがノーヴルズの総意なのか。大学時代の同級生であり、かつての交際相手だった男の言葉に、サイレンはやや俯きがちになった。

 彼にとってミレニアムとは、勝利者によって戦後の人類生存圏が優位に統治されるという事を象徴する名前だった。それは、地球出身者であり「選ばれし者」を自負するノーヴルズの矜持にも通ずるものがある。

 サイレンはそれが、デオンという男個人の見解ではなく、惑星共和国連合の舵取りを担うノーヴルズ全体に普遍的に流布している価値観であると信じていた。彼らは畢竟、そう思う事が自然なのであって、デオンが生来の彼の意思によってそのような狭隘な見方をしている訳ではないのだと。

 西暦の時代から、数多の戦略兵器は戦争の早期終結を意図して開発され、投入されてきた。しかし戦後、その威力を目の当たりにした各国では開発競争が加速し、次の戦争はその戦略兵器から開始される。

 常に相手よりも上へ。更なる高みを目指して。

 サイレンは、自らが開発現場の指揮を執るミレニアムを、そうした軍事力のインフレーションの系譜に連なる一モジュールとはしたくなかった。

 そのような浅薄な発明なら、必要ないのだ──人類の希望が、具現化される途中で否応なく背負わねばならないリスクを鑑みた時、そのような思いは一層強まる事となった。

 サイレンにとってのミレニアムの名は、原義である宗教観を差し置いて単に半永久的な理想郷という意味に過ぎなかった。そこに託したものは、大規模なワープゲイトなどの装置を──戦時下では一部の意思によって容易(たやす)く「使えないもの」にされてしまうそれらを用いずして行える単独ワープにより、人々が(すべか)らく空間を越えて結びつこうとする未来に他ならない。

 人類の宇宙進出とは、その生存圏・行動圏を拡大すると同時に広大な宇宙空間に隔てられるという事でもあった。その上、独立惑星国家の増殖により生まれた派閥、国家惑星連邦と惑星共和国連合、またそれらを脱退した国々の人々、或いは惑星移民の子孫とノーヴルズという目に見えない懸隔も生まれた。

 人々は、形而上でも形而下でも隔たりつつある。

 更にそうして隔てられた人々は、長年いつ自分たちの住む世界が戦場となるかという恐怖に怯えて生きていた。怯えながら、争わなくていい「他者」の真意を知る事が出来ないままでいたのだ。

 サイレンの理想を理解してくれる者たちは、ピースメーカー計画を立案したノーヴルズよりも、エスタブリッシュに囚われない各関係組織傘下の実働者たちこそがそうであるといえた。管理委員会から派遣されたサイレンにとって、この計画の一員であるESメンバーは被使役者である以前に”同志”だった。

 ベロネットとレドロネットもESメンバーなのだ。治安管理実行部隊の開発部門に属する、特殊能力を持ちながらそれを極秘エージェントとしての特務には使用しないイレギュラーな人員。

 二人とも、能力は最高クラスのGに分類されていた。

 ベロネットの「トレース」は、他人の能力を自分のものにしたり、またそれを他者に移譲したり出来る力。能力の奪取を行う「吸収(アブソーブ)」使いの噂はサイレンも耳にした事があるが、ベロネットのそれは”奪う”のではなく”複製”する上、持続時間が遥かに長く効果も無制限というおまけ付きだ。

 レドロネットの「ルフラン」は、亜空間切断を行う力。亜空間内から素粒子を化合させて取り出し、必要なものだけを現実に持って来る事が出来るが、そのあまりの強力さ故負荷という代償も大きく、また能力者が未熟ではリスクも倍加される。当然の事ながら、本人が知らないものを顕現させる事など不可能なのだから。

 レドロネットが自らの未熟さに悩み、パートナーであるベロネットの提唱した理論を実践に移す”手段”にして”障壁”であるという事に、当人以外は理解しきれない怯えを感じている事はサイレンにも分かっていた。

 単独ワープの鍵となる、相転移航宙回路エンジン。

 これによってワープ航路に入ると同時──この「同時」という言葉にも(いささ)か語弊が生じるが──に、ルフランが上手く機能していなければ、搭乗者は船諸共素粒子に分解されたまま亜空間に囚われ、宇宙の何処にも居なくなる。無論将来的には、特殊能力を持たない者たちがミレニアムと同等の船で単独ワープが出来るようにならねばならないが、その為の第一関門が直接ESメンバーたちが能力を使用した試作機の起動試験なのだ。

 サイレンは、レドロネットが憂う”最悪”のケース──自分たちの存在の消失を上回る本当の”最悪”がある事を、結局第二次限定戦争が終結し、ピースメーカー計画が停止されるまで明かす事が出来なかった。彼女に掛ける心理的負担を恐れた、というのは事実だが、時々その事に対する懐疑が胸中で頭を(もた)げる。

 本当に、それだけだろうか?

 私が本当に恐れたのは、これを明かす事で彼女が怖気づいてしまう事だったのではないだろうか。

 そうなれば実験を行う事は出来ない。上がどれだけ決裁を下したところで、行動を実行するのはESメンバーの彼女たちなのだから。

 戦前までの二大勢力に代わる新たな惑星国家統一集合体、宇宙惑星連合が政権を樹立させた後、計画に関わった多くの人々の中で、ミレニアムという響きが既にノスタルジーすら帯び始めた頃、レドロネットはサイレンによって遅すぎる説明義務(アカウンタビリティ)を果たされた。

 それが遅すぎさえしなければ、あれ程多くのものが──自分と、彼女たちにとって真に大切なものが、失われる事はなかったのかもしれない。

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