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「文豪ストレイドッグス 明治 -MAGE-」③


          *   *   *


 山田が歩く。数メートル離れて鏡花も歩き、敦はその後ろを着いて行く。

 山田が振り返る。鏡花は何故か電柱の陰に素早く隠れ、理由は分からないながら敦も取り敢えず隠れる。

 また、山田が歩き出す。鏡花と敦は電柱の陰から出、また着いて行く。

 数メートル歩き、また振り向かれる。二人──また隠れる。

 歩き出す──また歩き出す。振り向かれる──隠れる。

 ……何だか、”見守り”というより”尾行”になっているような気がする。

(っていうかここ、やけに電柱多くない?)

「あのー……」

 十何回目かで、電柱の陰からひょっこり顔を出したところで振り返られた。鏡花はデフォルメされたような無表情で山田を見つめ返し、敦は気まずくなりながらも後頭部を掻いて愛想笑いする。

「あ、あはは……」

「出来れば、自然な感じでお願いします……気になりますんで」

「自然な感じ……って、どんな感じ?」

 鏡花に真顔で尋ねられ、敦は

「どんなって、それは……どんな感じでしょう、山田さん?」

 クライアントに丸投げした。

「もっとこう……あるでしょう!?」山田──苦しそうに言い淀んで。

「ない」鏡花──依然真顔。

「背景に、っていうか、周囲の人に溶け込む感じですう! 軍警の人たちは、人の多い場所では私服姿で皆と同じような事していましたよ」

「ふむふむ……なるほど」

 鏡花は得心が行ったように肯いた。

 数日間、敦と鏡花は山田宅に泊まり込み、夜間は交替で眠りながら彼の見張りを行った。大学までは必ず二人で付き添い、バスの中では彼が座った座席の後ろに常に座り、講義中は学生に紛れ込んで共に講義を受け、学食でも同じメニューを注文して彼とペースを合わせて食事を取った。

 解剖実習やゼミなど、無関係な者が立ち入る事が出来ない場では窓際に攀じ登ったり、外で枝葉を持って茂みに紛れ込んだり、通り掛かった教員に見咎められて

「か、かめれおん日記をつけているんですが、カメレオンがこういう感じの動きをしたから真似してみたら何か分かるかなー、なんちゃって……えへへ」

 言い訳をするうちに泥沼に嵌まり、結局謝りながらその場を逃げ出す、などという事もあった。挙句、鏡花はトイレまで着いて行こうとし、こればかりは敦と、直前で気付いた山田が慌てて止めに入った。

 自分から保護を求めてはきたものの、ある意味では常時監視付きの行動制限に、山田は息苦しさを覚えてもいるようだった。

 数日異状がなかった為か、山田の行動は次第に呑気とも捉えられるものになり、映画館に入ったり──敦たちが慌ててチケットを購入しているうちに彼が入場してしまい、暗がりで探すのに一苦労した──、友人の下宿で明らかに無断改修したと思われる屋根裏に入って二、三時間出て来なかったり、その度に敦たちは目が回りそうな程振り回された。

 その一方、

「ああ、何で僕がこんな目に……何で僕みたいな未熟な異能力者が、その黒岩とかいう男に狙われなくちゃいけないんだあー……」

 さすがに危ないと思った時にこちらが止めようとすると、思い出したように不満を零した。何でこんな目に、とは敦も思う事ではあったが、不思議と自分が山田に悪感情を抱く事はなかった。最初に彼が何かをした訳ではないが、徐々にトラブルメーカーの道に進み出しそうな男ではある。が、それでも何処か憎めないものがあるとは鏡花もまた感じているようだった。

 敦は、護衛任務開始前に太宰から言われた事を思い出した。

「山田君が本当に異能力者なのか、今のところ判断は難しいだろう。けれど、彼の能力が覚醒前だったとしても、()()()()()()()黒岩涙香には問題がない」

 太宰は、いつになく真面目な声色でそう言った。敦はすぐに、彼の言わんとしている事を理解した。

「……そうか、涙香は奪った異能を変質させる事が出来る」

「私たちも力を尽くして、彼の『魔界転生』の有無について調べるよ。彼の妄想や思い込みならばそれで良し、もしも未覚醒なだけで、本当に死者を蘇らせるなんて事が出来るのだとしたら──」

 段々厳しい声になる彼に、敦は不安を覚えた。

「太宰さん……?」

「ん?」

 太宰は下げかけていた視線を戻し、声のトーンを戻した。

「何だい?」

「いえ、続けて何と言おうとしたのかと……本当に死者を蘇らせるなんて事が出来るのだとしたら?」

「それはね、敦君──」

 しかつめらしい顔で一拍溜めると、彼は急に目を輝かせた。

「最っ高じゃあないかい!? 一体何通りの自殺方法が試せるだろう? もしすぐに生き返れるというなら、念願の心中に付き合ってくれる美女も少なからず現れるかもしれないよ! そうは思わないかい、敦君!?」

「は、はあ……」

 毎度の事ながら、敦には困った反応しか返す事が出来なかった。

 回想に浸っていると、

「着いた」

 鏡花に袖を引かれ、敦は我に返った。

 歩き続けているうちに、山田の自宅に到着していた。山田は家に入って行くと、戸口で振り返って呼んでくる。

「敦さん、鏡花さん! もう大丈夫ですよー!」

「あ、あんまり大声は……」

 涙香はとうにこの家の事を知っているだろうし、山田の動向には目を光らせているに違いない。それでも、用心するに越した事はなかった。敦がやや声を潜めながら歩み寄ると、

「何かあっても、あなたたちが居るでしょう」

 彼は屈託なく言った。「でも、本当に毎日すみませんね。探偵社の皆さんにも、ご迷惑をお掛けしてしまって」

「気にしないで下さい、山田さん。これが僕たちの仕事ですから」

 とはいっても、実際に敦たちが行っている仕事は護衛だけに留まらなかった。

 学校に通っていない上、まだその年齢に達していない敦は一般的な大学生の生活がどのようなものなのかを知らない。が、お世辞にも規則正しい生活といえるものではない事は確かだった。山田は夕食後にも何やら得体の知れない薬品を用いて実験を行ったり、深夜までレポートを書いたり、それが一段落したかと思えば録画していた忍者もののアニメを観たりする。

 てっきり課題が終わったら寝るものかと思っていた敦だったが、

「宿題やって寝る為だけに帰っているんじゃありません!」

 と、熱く語られた。

 特に彼は食事の手間を省きたがり、インスタント食品ばかりを口にする。この事には早々に鏡花が容喙し、「あなたに暇がないなら私が作る」とまで言い出した。彼女が美食家の上に料理上手な事は、敦も彼女との同棲生活の中で痛感していたので異存はなかったが、必然的に自分も手伝う事になった。

「あのう……僕にも何か出来る事とかは……」

 魚を焼く敦に、山田が躊躇いがちに声を掛けてきた。が、鏡花は

「いい。あなたは卓袱(ちゃぶ)台の上を片付けて待っていて」

 にべもなく言い、彼は露骨にしゅんとなった。

 敦は苦笑いを浮かべるしかない。

 だが、いざ食べ始める段になると彼は毎日のように「美味い、美味い」と無邪気に喜ぶのだった。

「いやあ、実家での生活が続けられて良かったー。実を言うと、休学してつるんでる奴らから置いて行かれる事より、そっちの方が心配だったんですよ。これも探偵社の皆さんのお陰ですね」

「本当にこのお家がお好きなんですね」

 敦が言うと、山田は「いやー」と後頭部を掻いた。

「形見ですからねえ、この家は。僕、両親を亡くしていますし……お父さんは僕が五歳の時に逝ったのであんまり覚えていないんですけど、お母さんも四年前に急に体調を崩して、あれよあれよという間に弱っていって、それで……だから、畳んでアパートに移るとか、そういう事は考えられないんです」

「あっ、ごめんなさい……」

「いいんですよ、気を遣わないで。でもまあ、長い間女手一つで育ててくれたお母さんが居なくなった時はショックでしたねえ。何ヶ月かは、ずっと魂の酸欠状態に陥ってしまいましたよ」

「………」

 敦は聴きながら、探偵社入社前に居た孤児院を思い出した。

 家族的な温かみや連帯感とは無縁の場所だった。苛烈な態度を取る院長や職員たちの事も、同じく生活していた他の子供たちの事も、彼らからの”理不尽”に対して甘んじる事しか出来ない自分の事も憎んでいた。

 一方でこの青年には肉親が居たが、だからこそ喪失の苦しみを味わった──。

(山田さん……きっと今も、寂しいんだろうな)

「そういえば、四年前まで」

 山田が、ふと思い出したというように再び開口した。

「お母さんが生きている間、僕にはまだ『魔界転生』が発現していなかったんですよね……あの後、死んだ人たちに会いたいと思った時、僕は不完全な形ながらそれを叶えました。もしかして、僕が願ったから?」

「どうなんでしょう? 案外能力の自覚がなくて、(おおやけ)に把握されていない異能力者も多いのかもしれませんよ。僕も太宰さんと出会うまで、自分が異能力者だという事すら知らなかったんです」

 敦が推測を口にすると、山田は目を丸くした。

「本当ですか」

「ええ……僕、能力を知ってからも最初は『月下獣』を上手く扱えなくて」

 巨大な虎に付け狙われていると思い込んでいた頃の恐怖が、それが能力と分かって尚、自分自身の未熟さ故にまだ形を変えて存続している事は先の澁澤との戦いで思い知っていた。しかしそれ以前、「組合(ギルド)」との抗争を境に、その内なる虎とも徐々に和解出来ている事も事実だ。

「やっぱり訓練して使いこなせるようになるんですか、能力って?」

「いえ、僕の場合は社長に手伝って貰いました。あの方の『人上人不造ひとのうえにひとをつくらず』は部下の能力を調節する異能ですから、探偵社に入社出来た事で『月下獣』のコントロールが出来るようになったんです」

「私の夜叉白雪も同じ」

 鏡花が小さく付け加える。

 山田は、ふと思案に耽るような顔になった。

「そうか……社長さん、そんな力を持っているんだ……」

 夕食の後、山田はどうしても来週のプレゼンの為にまとめ上げねばならないデータがあるとして、また研究室に向かうと言い出した。

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