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「ロスト・ミレニアム」(『キディ・グレイド』二次創作)⑮


          *   *   *


 ゴグの加速、マゴグの重力操作、そしてレドロネットの亜空間切断によって、周囲の時空は収拾がつかない程に乱れていた。最早相対論的に、次の瞬間何が起こるのか分からない──そんな状態だった。

 究極的には、一秒後に宙域全てが亜空間=ワープ航路、或いは時間の凍結したこの世の何処でもない場所になってもおかしくはない。

 眼下の巨大な空間の穴は、レドロネットの姿が見えなくなってからも膨張を留める事はなかった。近くで見れば気付かない程、しかし高高度に浮かぶミレニアムから見下ろすベロネットには、それが致命的な速度である事が分かった。

 あれは、既にレドロネットの能力ではない。空間と重力の崩壊は、とうに始まってしまっている。

「サイレンさん!」

 ベロネットは無我夢中で叫ぶと、トレースを使用した。

 相転移航宙回路エンジンから、そこに宿されたパートナーの能力──ルフランを再度写し取る。彼女がそうしたように、ベロネットも亜空間から取り出したナノミストで全身を覆った。

「ワープ開始までに、まだ少し時間があります! 私があそこに行って、皆を助けて来ます!」

「ベロネット……あなた……」

「サイレンさんは、このまま待っていて下さい!」

 相手の返事を聴く間もなかった。ベロネットは飛び出し、超重力に身を任せて眼下の黒点──架空の天体に、落下/飛翔していく。

 炎上するウルティマが見えた。その天井部で、マゴグが彼女のパートナーを双腕に抱きながら座り込んでいる。ベロネットは彼女の隣にそっと降り立ち、その背中に触れた。

 その背は、細かく顫動していた。

「……マゴグ」

「ベロネット……さん?」

 彼女が、こわごわと顔を上げる。その頰には、くっきりと涙の痕が見えた。

 ベロネットは、ゴグに視線を移す。彼は、既に息絶えていた。

「──あなたは」

 憎悪に飽和した呟きが、マゴグの唇から紡ぎ出された。

「あなたたちはっ!」

 彼女の抜いた銃口が、真っ直ぐにベロネットの心臓を狙った。


          *   *   *


 ミレニアムは、高度を下げ始めていた。

 エンジンは徐々に臨界に近づいていく──まだ足りない。だが、ベロネットまでが出て行ってしまった今、サイレンにはワープが(いち)早く発動して欲しいのか、まだ待っていて欲しいのか、自分が分からなかった。

 だが、このままではこの船も落ちる。全てが失われてしまう。

(私の罰だったというの、デオン……?)

 サイレンは、心の中で彼に語り掛ける。否、彼を通して、もっと何か大きな、人智を超えたものに問うていた。

(私の願いがこういう結果を引き起こす事が分かっていて……将来、もっと取り返しのつかない事になる前に、あの子たち皆と一緒に消してしまおうとしたの? それじゃあ私が、皆の命を奪ってしまったって事なの?)

 壊れた戦闘機──断裂した人体──船の残骸。

 張り裂けそうな痛みが、鳩尾(みぞおち)から容赦なく胸郭を突き刺そうとする。

 ──自らの死が罰だというなら。

 ──それで楽になる事すらも、自分の罰だ。

(ベロネット、レドロネット、ゴグ、マゴグ……皆……!)

 刹那、だった。

 警告表示で埋め尽くされたパネルに、一つのメッセージが浮かんだ。

「セルパンヴェール……?」

 それを読んだ時、サイレンははっと目を見開いた。

 視界が濡れ始めた瞬間、ミレニアムが加速した。


          *   *   *


 撃たれても構わない、とベロネットは思った。

 しかし、マゴグはそうしなかった。こちらに向けていた銃口をだらりと下げ、肩を震わせて慟哭した。

「マゴグ……」

「こうなるんじゃないかって、ずっと怖かった……それで、やっぱりそれが起こっちゃった……ゴグが死んだ。私の、たった一人のパートナーが……」

 彼女の泣き濡れた声は子供のようだった。

 ウルティマは崩壊する天体へと、ゆっくりと落ちていく。

 もう、重力から逃れる事は不可能だった。このまま自分たちは、時の流れも分からない亜空間に取り込まれてしまうのか。そして宇宙から消えてしまうのか、それともいつかも分からない未来の世界に行くのだろうか。

 今は関係がなかった。

 ベロネットは、泣きじゃくるマゴグを優しく抱擁する。

 ──叶うのならば、サイレンさんだけでも生き延びていて欲しい。

 そう考えた時だった。

「……ミレニアム?」

 マゴグが、恐る恐る顔を上げた。ベロネットは、彼女の視線の先を追う。

 ミレニアムが、こちらに向かって降下して来ていた。その機体が、淡い光の靄を放っている。ワープが開始されつつあるのだ、と悟ってから、この極限環境でサイレンはどうなったのだろう、という事に思考が至った。

「サイレンさん! ……あっ」

 目の前で停止した機体に攀じ登り、手動でハッチを開ける。

 そこから、冷気が零れ出した。

 ワープが実行される──ウルティマが亜空間に呑み込まれる。

 亜空間内で、更に亜空間に飛び込んでしまう。

「ベロネットさん?」

 マゴグが、背後から覗き込んできた。

 サイレンは、コックピットで眠っていた。冷凍睡眠──それを示すメッセージが、正面モニターに浮かび上がっていた。

「セルパンヴェール……」ベロネットは呟いた。「こんなオプション、私は知らない……」

 完璧に構築されていた、冷凍睡眠の為の環境。それを用意したのが、ミレニアムを制御するセルパンヴェールである事は明白だった。

 混乱したのは一瞬で、その理由を悟った時、ベロネットは自分の目からも涙が零れるのが分かった。

 ミレニアムは──セルパンヴェールは、計らってくれたのだ。

 自分たちがこのまま到達予測ポイントすら分からない時空の彼方に行ってしまった後、そこで助かる為に。それは空間的に隔てられた同時代かもしれないし、人類が銀河系から出て行ってしまった遠い未来かもしれない。似て非なる別次元、パラレルワールドという可能性もある。

 それでも、生きてさえいれば希望はある。

「ありがとう……」

 ベロネットは、マゴグを抱き締めながら微笑んだ。

 彼女の慟哭が激しくなる。

 ハッチが閉じ、光が世界を包み込んだ。


          *   *   *


 イストミアの崩壊は大きなニュースとなったが、そこで行われていたピースメーカー計画の情報は連合評議会によって抹消され、報道されなかった。実際、後に調査に訪れた艦隊が発見したのは激しい戦闘の痕跡のみで、そこにミレニアムという船があった事は確認されなかった。

 その後、ピースメーカーとは無関係に単独ワープ技術は誕生した。

 アトラ・ハシースの開発は失敗に終わり、尚も諦めなかったノーヴルズは一号艦の約十分の一のサイズ、全長六三五八キロで二号艦を建造、艦名をデュカリオンと名づけた。

 星暦三二八年、デュカリオンは完成。しかし、それと同時に当代のGOTT長官シュバリエ・ドートリッシュによってノーヴルズの銀河系脱出の目論見は暴かれ、計画は頓挫。地球人事件と呼ばれるこの騒動の後、ノーヴルズの権力は(またた)く間に衰退を始め、彼らによる支配体制は刷新された。

 全てが過去の出来事となり、皆が歴史の彼方に消えていった。

 ミレニアムが消息を絶ち、二百年が経過した──。


          *   *   *


 三人の少女が、宇宙を移動していた。

「ぽっきゅーん?」

「どうしたの、アスクール?」

 正面モニターに身を乗り出すようにして声を上げた少女に、パートナーが怪訝な顔で問い掛ける。

「ク・フィーユ、あれ巡航艦じゃない?」

「えっ? ……ほんとね。でも、それにしては小さくない?」

 少女たちは、船を接近させる。

 対象に船体を寄せると、ハッチを開いて中を覗き込む。

「冷たっ!?」

「あっ、あそこに人が居るわ!」

 二人の少女は、座席で身を寄せ合うようにしている三人の女性に近づく。彼女たちは、呼吸音すら聞こえない程に静かな眠りに就いていた。安心しきったように──楽しい夢でも見ているのではないか、と錯覚してしまう程に穏やかなその口元には、微かな笑みさえ浮かんでいた。

「冷凍睡眠……」

「ニエトスに流れ着いた時のあたしと同じ……」

 刹那──気付き。

 眠る女性たちのうち一人の襟首に、刺繍された紋章。

「旧GOTT……!?」「まさか、この人たちって……!」

 少女たちの顔色が変わった。素早く、三人の脈を確かめる。

「生きてる……ク・フィーユ、この人たち、生きてるよ!」

「どうしたのー?」

 ハッチから、二人に続いて来た三人目の少女が顔を覗かせる。彼女の外見は二人に比べて幼く、まだ七、八歳程度に見えた。

「ディア!」

 少女の片割れが、彼女に向かって言った。

「この人たちに、エイ・キュアを!」

「わかったー!」

 元気良く応えた彼女が、三人に唇を寄せる。その間、巡航艦を発見した少女は懸命に呼び掛け続ける。

「もしもし、大丈夫ですか? 応答して下さい、ねえってば!」

 応える声のない女性たちの安らかな寝顔に、二百年前と変わらぬ星の光が、ちらちらと降り注いでいる……



(ロスト・ミレニアム 終)

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