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「ロスト・ミレニアム」(『キディ・グレイド』二次創作)⑭


          *   *   *


「何で……何でレドロネットとゴグが戦っているのよ!?」

 ベロネットが、モニターに顔を突きつけるようにして叫ぶ。そこでは、レドロネットが切断した空間が黒々とあちこちに開き、その間を明滅するように縫いながらゴグの放つ分子加速榴弾が(またた)いていた。

 それはサイレンに、蹂躙されるパッチワークを連想させた。星の輝く一繋ぎの織物めいた宇宙(そら)が、漆黒の亀裂と焦げつきによって荒れていく。

「エンジンを止める事は出来ないの!?」

 サイレンは立ち上がると、ベロネットの手元を覗き込んだ。彼女は我に返ったようにこちらを見、パネルに素早く目を走らせて首を振る。

「間もなく臨界です、今からじゃキャンセルは出来ません。ここは一旦、予定座標までワープで離脱してからオービタルリングのワープゲイトで戻って来る方が得策じゃないかと……成功すれば、ですが」

「成功率は九十七パーセント前後をキープしているわ。だけど──」

 サイレンが言いかけた時、警告が表示された。

 二人で、脊髄反射の速度で目を通す。

「相転移航宙回路エンジンの表面に……真空?」

「まさか……!」

 ベロネットが青褪めた。彼女は、顎を小刻みに震わせながら再び窓外を見る。

「レドロネット、あなたがやったの……? ルフランの亜空間切断を、エンジンに密着させる形で──ゲネシスとシェオルのエネルギーを、発生と同時に吸収してしまう為に?」

 彼女が言った事は、

(そんな訳がない──そんな訳、ないじゃない……)

 レドロネットが、故意に今回の最終試験を失敗させようと目論んでいた事を意味していた。

 だが──サイレンは心の中で、それが否定しきれない可能性の一つとして、彼女の失敗で宇宙が焼却されるよりも遥かに高い確率で存在していた事に気付いていた。自分はあくまであの時、デオンと約束したように彼女に自らの理想を押しつける気はなかった。それでも、強迫観念に取り憑かれていた彼女にとってはサイレンの主張など言葉遊びに過ぎなかったのかもしれない。

「ゴグとマゴグが死んでしまったら……」

 言いかけ、自分で呆然とした。

 ──ゲネシスとシェオルが失われ、実験が出来なくなってしまう。

 結局口に出さなかったその言葉こそが、自分の本音だったのではないか、と思うと怖かった。

 どれだけ耳当たりのいい言葉を転がしたところで、畢竟自分は、そういった打算的な理由でしか彼らを見ていなかったのではないか。それどころかミレニアムの開発すら、自らの探究欲が先行した結果だったのではないか──。

 疑えば、何処までも深みに嵌まり込んでしまうようだった。

 しかしそうならずに済んだのは、次の瞬間にパネルに表示された新たなメッセージだった。

「真空空間が収縮……ゲネシス、シェオルに共に余力あり。相転移航宙回路エンジンを再度臨界状態に移行開始」

 ベロネットは読み上げ、くしゃりと顔を歪ませた。

「目論見は失敗よ、レドロネット……あんたは、やっぱりそう……!」

「ベロネット……」サイレンは、そっと彼女の肩に触れる。

「あんたに悪い事は出来ないって、分かっていながら良かったって思っちゃう……ごめんね、レドロネット。許してね……!」


          *   *   *


「あんたたちさえ──あんたたちさえ、居なければ!」

「そっちがその気なら、悪いが死んで貰う!」

 眼下で罵り合うゴグとレドロネットの声が聞こえる。=ゴグが、自分にも意図的に音声を届けている。

 とうにゴグは、ウルティマを含む対象の一斉討滅を放棄していた。ヴォーティガンが破壊されるや否や、彼はそれを行った張本人──レドロネットに向かって動き、彼女との一対一(ワンオンワン)での戦いを始めた。

 あたかもこうなる事を、望んでいたかのように。

 (ただ)し、初めからではなく。

 マゴグは寸分の躊躇いもなく、殲滅対象の戦闘機群を重力操作で圧殺していた。溢れ出すドーパミンが、心の奥底で愉悦にも似た昏い衝動を燃やし、罪悪感を希釈してくれる。しかし、我を忘れる/自分が自分である事を忘れる程には、自然分泌される物質に過ぎない脳内麻薬は非力だった。

 レドロネットが、ゴグに向かって叫ぶのが聞こえた。

「向精神物質程度で、戦いを楽しむようになるなんて……リミッターが外れたっていうなら、あんたたちの本性はやっぱりそれなの!?」

 布を裂くような声──布を裂くように断裂する宇宙空間。

 ──違う。

 マゴグは懸命に、彼女の言葉を否定しようとする。

 自分たちは、楽しんでいる訳ではない。そうしなければ、特務を遂行出来ないからだ。このような「やってはいけない事」をしようとする人間を、止める事が出来ないからなのだ。

 ──本当に、そうだろうか?

 胸奥──今よりも冷静で、今よりも狂気的な自分。=冷静に狂気を秘めた自分……本性?

(最初に躊躇いも罪悪感も捨てようとしたのは、私)

 ゴグの両腕が唸る。限定的に運動状態を超加速に切り替えられた物質が熱の塊となり、レドロネットに肉薄──小爆発(リトルバン)。=恒星の中心温度以上。

 ルフラン使いの彼女の反応速度は、負傷のせいか鈍っているようだった。神速のゴグの攻撃から、命中を回避するだけでも神業であるとは言えるが、亜空間切断の予備動作を見せる間もなくナノミストを纏った四肢にダメージを受ける。

 さすがの防御も、マシンの爆発などとは比べ物にならない程の熱量の前では相殺されざるを得なかった。

 血飛沫(しぶき)──沸騰、後、蒸発。

 凍結──赤い氷の粒子──霧として漂う。

 一瞬遅れで、その霧を貫くようにして放たれたレドロネットの力──ナノミストの塊が、ゴグの肩口を抉った。相手の動きを見てからでも加速による絶対回避が可能な彼であっても、視覚を遮られた場所からの攻撃には備えようがない。

 その戦いは、痛々しかった。

 彼らは濃密に交戦しながら徐々に高度を下げ、イストミアの大気圏へと接近していく。マゴグは彼らを追い、乱れた空間を泳ぐように降下した。

「そうやってあんたたちは、平気で宇宙を賞品にして賭けをしようとする!」

 レドロネットが喚くのが聞こえた。

「何が平和よ、未来よ……あんたたちさえ居なければ、私がこんなに苦しむ事もなかったのに!」

 彼女の掲げた腕──焼け焦げ、白衣の布地と皮膚が融解して半ば癒合しかかった腕の先に、闇色の風船のような球体が膨張を開始する。

「消えろ……あんたたちもミレニアムも、皆消えてなくなれーっ!!」

 ──巨大な亜空間=穴。

 あまりの巨大さ故、平面でない三次元空間では球体に見えるのだ。

(全てを呑み込むつもり!?)

 マゴグは、脳内麻薬の高揚感すら蒸発してしまう程に戦慄した。

 レドロネット本人は劣等生との話だが、具体的な戦闘能力がどの程度なのか、マゴグは知らない──基本的に、あの二人は戦わない。

 事実──ルフランのクラスはGである事。

 あの巨大な亜空間が、イストミアの大気圏を侵食すればどうなるか。

 局所的に大規模な大気の喪失が起こり、地上の多くの生命が窒息する。また、その真空に大量の空気が流れ込み、惑星全域で突風が吹き荒れる。……否、それすらまだ甘い。

 もしもイストミアのプレートをあの亜空間が大規模に消滅させれば、未曾有の大地震が起こり、地軸は歪み、空間の変質によりあらゆる力場に計り知れない変動をもたらす。最悪の場合、場の乱れた地核内部で重力崩壊が起こり、惑星自体が消滅する事になるかもしれない。

 レドロネットを止めなければ──そう思った時、イレギュラーが起こった。

 上空から、GOTTの戦艦に破壊されたらしい、残骸と化したウルティマが落下してきた。

 イストミアの重力圏に入った事を、まざまざと見せつける速度だった。巨大戦艦はマゴグを追い越し、視線の先で交戦を続けるゴグ、レドロネットをも越えて大気圏へと落下していく。

 視界が、目映(まばゆ)いばかりの鉛丹(えんたん)色に塗り潰された。

 大気圏突入が始まったのだ、と思った刹那、風圧を感じた。

 恐れていた事が起こり始めた。レドロネットの出現させた亜空間が大気圏に到達したのだ。その層は削られ、地上から凄まじいまでの上昇気流が発生している。それはウルティマの摩擦熱を拡散させ、炎の雨をこれでもかと逆降させた。

 下側から崩れ始めたウルティマの横で、生身のゴグが揺蕩(ようとう)していた。酷く負傷している──このままでは、いずれ自らの体を保つ分子加速すら覚束なくなるだろう。そうなれば、彼は大気圏突入の熱で焼け死んでしまう。

 或いは──それより早く、レドロネットの亜空間に呑み込まれるか。

 ちらりと視線を移すと、レドロネットは同じく重力に引かれながらもゴグに向かって腕を伸ばしていた。

 自らの手に掛けない限り、自然死すらも許さない──マゴグにはそう見えた。

 迷っている時間はなかった。

(ごめんなさい、レドロネット)

 爪先がウルティマに触れる──熱。上昇……ゲネシスの限界。

 ゴグ、レドロネット、双方に向かって重力干渉。ゴグに対しては上に向かって、レドロネットには下に向かって。

 超重力。=場を更に乱す行為だという自覚はあった。

 レドロネットの体が、横向きのGによって(ひしゃ)げた。彼女は、牽引力を促進されたイストミアに向かって真っ盛りに落下していく。

 その姿が、燃え盛る空の中で黒点と化し──見えなくなった。

 彼女と入れ替わるように、ゴグがマゴグの重力に引かれて浮上してくる。惑星の重力を上回る程の力──マゴグにも限界が近い。

 パートナーの体を抱き止めた時、安堵のあまり腰が砕けそうになった。依然宙域と惑星との間には、レドロネットの最期に置き去った亜空間=親和性の高いマゴグのシェオル──超重力の牽引力と相俟ってブラックホール()()()()()()となった穴が残っていた。

 ウルティマは、そこに向かって落下を続ける。マゴグの存在する世界を、真っ赤に焼き尽くしながら。最早超重力の操作性は、使い手たるマゴグの手から乖離してしまっていた。

 諦観にも近い気持ちで、マゴグは座り込んだ。腕の中のゴグが温かい──自分はパートナーを救う事が出来た。それだけで十分だった。

 ──いや。

(ゴグ……?)

 彼の温かさは──大気圏の熱で温められた、皮膚の温かさだった。

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