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「ロスト・ミレニアム」(『キディ・グレイド』二次創作)⑫


          *   *   *


「ウルティマ、間もなく大気圏外へ離脱します」

「了解です、艦長。最後まで気を抜かないでね。それじゃあ、ベロネット、レドロネット……私たちも行きましょうか」

 惑星イストミア、高度百二十キロメートル。大型航宙母艦ウルティマ。

 サイレンは窓外を覆い尽くす炎の向こう、徐々に群青色を強めていく空の色をちらりと窺うと、ESメンバーの二人を伴ってブリッジを後にした。

 デッキに向かうまで、誰も口を利かなかった。いよいよだ、という緊張と興奮が否応なく込み上げ、鬱勃と足取りを早めさせる。

「いつかこの日が来るって信じて、メンテナンスしてきたんです」

 デッキの扉を開けた時、初めてベロネットが開口した。

 現れた懐かしい機体を見、サイレンはほっと息を吐き出す。

「ミレニアム……」

 紛れもなかった。

 首長竜を思わせる流線型のボディに、機体上部、船首から船尾までを弧を描くように繋ぐ、半円形の太陽帆(ソーラーセイル)。それはあたかも首を反らした竜が自らの尾と結びついているような、世界蛇の紋章を彷彿とさせる。

 ウロボロス級高速巡航艦試作零号、ミレニアム。

 最後にこの目で見た時と変わらぬ磨き上げられた機体の輝きは、ベロネットたちが今まで、多くの人々から忘れ去られたこの船の維持にどれだけ苦心してきたかという事を物語っていた。

「感謝しても、しきれないわね」

 サイレンは睫毛を伏せると、ミレニアムに──今ここには居ないながら、それを未来に継承しようとしてくれた同志たちに頭を下げた。

 やがて、イストミアの重力の枷を引きちぎらんとしていたウルティマの試みが成功したらしく、足元から引っ切りなしに体幹を駆け上がって来ていたGが徐々に退()いて行った。軽くなった体を浮かせるようにして、サイレンたち三人は機体の方へと宙を滑って行く。

 コックピット──船とはいえ、(ほとん)ど大型戦闘機のようなサイズと外見、機動性により、操縦室はこのように呼ばれている──に入ると、ベロネットとレドロネットは白衣のまま操縦席に腰を下ろした。

 サイレンは後部座席に座り、二人がシステムの立ち上げを行うのを見守る。

「……セルパンヴェール」

 恐る恐る、呼び掛けてみる。「元気にしてた?」

「マシンに体調なんて、分かる訳ないじゃないですか」

 レドロネットがぼそりと呟いたが、ミレニアムの制御AIはサイレンの声に呼応したかのように周囲の窓状モニターを点灯させ、ぱちぱちと数回点滅した。自然に、口の()が綻ぶ。

 ベロネットが通信回線を開き、ウルティマのブリッジと接続した。

「あー、テストテスト。聞こえますか?」

『感度良好です』

 オープンチャンネルで、艦長の声が返ってくる。

「只今、サイレン主任及びESメンバー、ベロネット並びにレドロネット、ミレニアムに搭乗しました。カタパルトデッキに続くハッチ開放と、本艦の発進許可を要請します」

『了解。開放が完了次第、いつでもどうぞ』

 ガタン、という音が響き、宇宙空間へと続くハッチが開き始める。真空の船外へと空気が流出を始める突風と共に、星空が目の前に現れる。

「行きます。ミレニアム、クリアードフォーテイクオフ」

 震動、慣性──後、加速。

 永遠を象徴する円環竜(ウロボロス)の外形に、千年王国を意味する名。それは、千年の終わりまで(いまし)められ続けるという竜/サタンに通ずるものがあるな、と、サイレンは艦名の由来となった聖書のエピソードを思い出した。

 宇宙空間に飛び出し、徐々に穏やかな航行に切り替わるに連れ、衛星軌道上に浮かぶウルティマと、その周囲を飛び回る警備部隊の戦闘機が側面モニターの下方にちらちらと見えるようになった。六年前と同様、誤差測定の為に指定座標まで機体の微調整が始められ、あたかも過去に戻ったかのような錯覚に襲われるが、その光景にはかつてと異なる点があった。

 星々──恒星よりも大きく、地上から見た衛星よりは小さく空の片隅に浮かんでいた惑星ドーフが、今やそこには見えない。

(あの日、私たちは間に合わなかった……)

 サイレンは、膝の上で拳をぎゅっと握り込む。

 しかし、今度こそ間に合わせる──純血主義者たちが、銀河系を見捨てる前に。先の戦争で放散されたエネルギーが、また(ひず)みを蓄積させきる前に。

「指定座標到達。転移先、惑星ゾアス外縁軌道」

「当該宙域に待機中のチームと回線接続。……完了。タイムラグ一・一六秒」

「プリセット、チェック完了。オールグリーン」

「重畳よ。相転移航宙回路エンジン起動──レドロネット」

 サイレンは、彼女をちらりと窺う。

 真っ直ぐに正面モニターを向いた彼女の表情は見えなかったが、コントロールパネルのエンジン起動ボタンに翳されたベロネットの手の甲に、自らの(てのひら)は確かに重ねられていた。

「最終許可は……もう、必要ありませんね」

「……ええ」

 サイレンが肯くと共に、ベロネットがボタンを押し込んだ。

 間髪を入れず、重ねられた二人の手の間──レドロネットの手が発光する。エンジン周囲に、ルフランによる亜空間が展開され始めたのだ。

「結果は──」

「大丈夫。ちゃんと出来ているじゃない、レドロネット」

「今のところは、ですよ。エネルギーが臨界に達したら」

「賽は投げられたわ。見守りましょう……気は抜かずにね」

 レドロネットの手の発光が、心なしか輝きを強める。

 サイレンは、固唾を呑んで次に起こる出来事を待った。

 ………

 刹那──瞬間──出来事(ハプニング)

 母艦ウルティマからのメッセージ。

『ミレニアム、応答願います! 警備部隊が、接近する船団を捕捉しました。戦闘態勢です!』

「何ですって!?」

 サイレン、ベロネット、レドロネットは同時に腰を浮かす。

 浮かび上がった立体映像に、サイレンは身を乗り出すように叫んだ。

「テロリスト!? それとも……」

『いえ、それが……それらの艦体には、GOTTの紋章が!』

 ウルティマ艦長の言葉に、皆が絶句した瞬間だった。

 側面モニターの一角で()ぜる閃光。

 警備部隊の戦闘機の一機が、艦砲射撃によって爆散した光だった。


          *   *   *


『……ESメンバー、ゴグ及びマゴグと合流しました』

「よし、直ちにテロリストの殲滅に取り掛かれ。捕獲の必要はない、武装していようがいまいが、一人残らず掃討するんだ」

 表情を変えずに言い切ると、デオンは通信を切った。

 立体映像のウィンドウが消えると共に、デスクに両肘を突き、額を押さえる。

(これでいいのだ……ノーヴルズの未来の為には、こうするしかなかった)

 自分に言い聞かせ、胸郭の奥で疼こうとするものを押し留める。遅かれ早かれ、理想を追求し続ける彼女の姿は危険視され、自分以外のノーヴルズに目を付けられて排除されただろう。

 ゴグとマゴグにも、酷い役目を担わせてしまった。だが、彼らも心を殺す事には抜きん出た能力を有している。

 聖書の一節が、脳裏に浮かんでくる。

 ──この千年が終わると、サタンはその牢から解放され、地上の四方にいる諸国の民、ゴグとマゴグを惑わそうとして出て行き、彼らを集めて戦わせようとする。その数は海の砂のように多い。……

(ゴグとマゴグは、千年王国を終わらせる者たち……まさかな)

 デオンは、その暗示的な思考を無理矢理打ち切る。

 考えたくはなかった──ピースメーカー計画が始まった時点で、このような結末が訪れる運命だったなどとは。

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