「ロスト・ミレニアム」(『キディ・グレイド』二次創作)⑪
* * *
休暇日に都合をつけ、ベロネット、レドロネットと話し合いを行った。
サイレンは、間違ってもレドロネットの意思を捻じ曲げるような事があれば「自分たち皆の理想」とは言えなくなると思い、ベロネットには先に事の次第を説明しておく事にした。彼女には、レドロネットのみならず、自分にとってもリミッターになって欲しかった。
「……分かっていましたよ、サイレンさん」
最初にベロネットに伝えた時、彼女は寂しそうに言った。
「私も分かっていて、あなたやあの子に言わなかったんです。そんな僅かな確率のリスクで、あなたを迷わせたくなかったから」
「……却って、気を遣わせちゃったのね。やだな、私ってば、いつもそう」
サイレンは思わず、自虐的に笑ってしまった。それがベロネットを困らせる事になるのだと、分かっていながら。
「だけどやっぱり、マンフレディ議員の言う通りなんだと思います。ピースメーカー計画が本当に成就したって言える為には、それが関係者の総意として行われたものでなければならない。そうじゃなきゃ私も……レドロネットを、パートナーのあの子をまた仲間外れにした事になる」
ベロネットの「また」という言葉には、実感が込められていた。
彼女は微笑みながら「任せて下さい」と言ったが、それがサイレンには、彼女が巧みに無理をしている事を隠しているのかどうか判断する術はなかった。
当日──。
「……そういう訳なの」
部外者に聞かせられるような話ではない為、サイレンはベロネット、レドロネットを平日人気のない交通公園に呼び出して全てを伝えた。
ミレニアムの最終試験がデオンに認められた事を言うと、レドロネットは刹那顔を歪めたが、すぐに「良かったですね」と声のトーンを上げて応えた。しかし、それがどうしようもなく空虚感を孕んでいる事を、サイレンは見抜いていた。
そして、それが今まで隠蔽していた「本当の”最悪”の場合」の件に及んだ時、彼女の装いが限界を迎えた。
「じゃあベロネットもあなたも、最初から分かっていたんですか!?」
「あなたにだけ教えなかった訳じゃないわ、レドロネット。サイレンさんは、私にも言わなかった。私が、あの理論を組み立てた時点でこの可能性に行き当たっていた事もご存じなかったのよ」
ベロネットは宥めたが、
「演算結果は、セルパンヴェールだって──」
「その名前は使わないで!」
レドロネットの矛先は彼女に変わった。
「サイレンさんはどうでもいいの。ベロネット、それならあなたは……やっぱり私の事、信用していなかったって事じゃない」
「それは……」
「だから言ったのよ、ベロネット。あなたが本当に必要なのは、私じゃなくルフランだけだって」
ベロネットにはそれこそが、レドロネットの方もパートナーへの信頼を欠いているという事だと受け取められたようだった。サイレン自身のリミッターを引き受けた彼女は、こちらが白熱してしまう前に激した。
「信用出来る訳ないでしょ、見れば分かるんだから!」
サイレンが止める間もなかった。
「私が『そんな事ないよ』とでも言えば良かった? そんなの、あなたから白々しいって思われるだけじゃない。自覚があるなら、何で直そうとしないの? 我儘に甘えるのも、大概にしなさい!」
「何、その言い方……?」
「落ち着きなさい、二人とも!」
サイレンは、分水嶺を越える前に強引に割り込んだ。
二人とも、びくりとして口を噤む。サイレンが彼女たちに対して声を荒げたのは、計画が開始されてから初めての事だった。
「私は今回の最終試験への参加を、あなたに強制しに来た訳じゃないわ。ただ、協力してくれるなら真実を知っておいて欲しかった。確かに、本当の事をずっと隠していたのはあなたへの信頼を欠いた行為だったわ。ごめんなさい──そこは何の申し開きも出来ない」
頭を下げてから、ただ、と続けた。
「あなたが居ても居なくても、私はやる。ベロネットに、ルフランをトレースして貰ってでも」
「Gクラス能力ですよ?」
レドロネットは、せせら笑うように言った。
「あなたやベロネットが、手に負える訳ないじゃないですか」
「ええ、分かってる。だけど、それでもするしかない。ここまでデオンにお膳立てして貰ったんだもの、あなたに断られたくらいで諦める程度の事なら、五年も待ち続けたりしないわ」
「あなたは、議員にべったりですね」
「だけどそうするかどうかは、他でもない私自身の選択よ」
サイレンが言い切ると、レドロネットは徐ろにパートナーの方を見た。
「ベロネットは? トレースを使えるのはあなただけ。私が断ったら、あなたが協力しなきゃ実験は出来ない」
「当然、するつもりよ。私の願いでもあるんだもの」ベロネット──躊躇いなく。
「それじゃあやっぱり……私が逃げ出したって事にされるのね」
「そうやって──」
ベロネットは、怒っているのではないようだった。
「そうやってあんたは、自分で自分を要らなかった者みたいに追い込むのよ」
「あなたには分かるはずがないわ。こんな時だから言うけど、私、あなたがずっと苦手だった。出来ない事なんてなくて、科学者としても十分通用する癖に、自分の持っているものを自分から使おうとしない。何であなたが『美しい方』で、『醜い方』は私なの? 私たちの能力だって、何処も共鳴し合うところなんかないじゃない。私はどうして……あなたから自由になれないのよ?」
「だって、そんな事したら」
言いかけ、ベロネットははたと口を閉ざした。
サイレンはいつか、ピースメーカー計画の中止と共にぎこちなくなった二人の話を聞いた時、小さい頃に姉と飼っていたフェレットの事を思い出した理由について、今なら思い当たる節があった。
レドロネットはあの時の姉に似ていたのではない。
理由も分からないまま衰弱死してしまったフェレットの方に似ていたのだ。
(私も本当は、気付いていたんだ)
あまりに不吉な暗示に、サイレンは懸命にその考えを頭から振り払おうとした。しかし、そうすればする程想像は形を成し、膨張した。
フェレットにとって最大の敵は、孤独ではなかったか。多頭飼いが推奨されるそれを、自分は──そして、あれ程徹底的に望ましい環境構築の為に管理を行った姉ですら単独で飼った。無論必ずしもそれがいけないという事はないが、大前提で間違えたまま過剰に管理したのだ。自分たちは”他者”として傍に居たが、向こうではそうと認識していなかったのではないか。
いつも、己の問題を独りで抱え込もうとするレドロネットに、ベロネットや自分は可能な限り傍に居ようと──所属が変わり、特に自分や、ゴグやマゴグとの距離は物理的にも離れてしまったが、精神的な同居を度々確かめた。それが却って彼女の孤立を強めたのではないのか。
(もしも、手遅れだったら……)
脳裏に過ぎったのは、目を覚ました朝にケージの中で冷たく硬直していたフェレットの体だった。
「……やりますよ、私」
サイレンが黙っていると、レドロネットが言ってきた。
「えっ?」
「何で驚いているんですか。やればいいんでしょ? あなたたちに任せるよりは、成功率が高いんですもんね。私は死にたくありません、百万分の三が運良く大当たりして、誰かのせいで死ぬのは真っ平」
赤く充血した彼女の瞳。その中央の黒い部分に、サイレンは光を呑み込むかのような底知れない闇を見た。
一時の感情の産物ではなかった。何か、本質的に闇を抱えているような。
しかしサイレンには、やはりやめた方がいい、と、今更参加を押し留めるような台詞を口にする事は憚られた。
(落ち着くのよ、サイレン……この子なら受け止めきれると信じて、私はこうして打ち明けたんだから。それにきっと、この子のお陰で最終試験が成功すれば、蟠りも消えるに決まってる)
「ありがとう、レドロネット」
サイレンは淡々と言った。
「デオンからの連絡が来次第、イストミアへ」




