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「ロスト・ミレニアム」(『キディ・グレイド』二次創作)①

※本作品には『キディ・グレイド』の内容に関する重大なネタバレがあります。



「嫌な特務ね……」

 モニター正面に浮かぶ惑星を見つめ、少女の片割れが呟いた。

 彼女は座位を整えると、傍らのパートナーを見やる。もう片方の少女は、制御盤の上に上体を乗り出すようにしていた。

「命令の時間よ、撃てないの?」

「撃たないのよ。私が、自分の意志でね」

 立位の少女は相棒を一瞥し、毅然とした口調で言い切る。

 ──あなたならそう言うと思った。私だってそうしたいもの。

 座位の少女は、小さく息を()く。彼女のように、きっぱりと言う事が出来たらどれだけ良かっただろう。

 しかし、それは彼女の役目ではなかった。

 彼女が沈黙していると、立位の少女が(おもむ)ろに銃を抜いた。諦めきったような素振りの相棒に向かって、その銃口が真っ直ぐに側頭部を狙う。

「手を挙げて、深く握り込んで」

 少女は業を煮やしたようにも窺える様子でありながら、実際には今し方彼女が口にした”意志”を体現してそうしているのだ、と全身で語っていた。

「無駄なのに……」

 もう一方の少女は言われた通りに両拳を握り込み、座席に沈み込む。

 彼女たちと、もう一人──最初は敵対していた「クヴァント」使いの女。三人組(スリーマンセル)でチームを組んだ後、「美獣」たる少女が度重なる抗争の中でその苛烈な一面を滲ませる事はあった。だが、悠久の時を共に生きてきたパートナーに対してこれ程容赦のない態度を見せた事はない。

 彼女とて、不本意である事は確かだった。

 パートナーが、この場では冷徹さのロールプレイングに甘んじなければならないのと同じように──。

 ………

 その、数秒後だった。

 モニター正面、機体の遥か前方に浮かんでいた惑星が発光した。

 爆炎──後、黒煙。

 その地表を覆い尽くすように、或いは削ぎ落とすように、それは惑星全体に広がっていった。

 岩盤が溶けて、一切が溶岩と化してしまったかのような。もしくは、そこに寿命が尽きようとする恒星が現れたかのような。それは、星暦の科学力が生み出した鬼子ともいえる、最悪の殲滅兵器による現象だった。

「そんな……!」

 銃を構えていた少女が、掠れ声で言った。

 彼女の”意志”は、黙殺されたのだ。

 ──許されないわ……こんな事……!

 唖然と立ち尽くす相棒を横目に見ながら、両手を挙げたままの少女は内心で歯を食い縛る。

 張り裂けそうな心に抗い、彼女は努めて冷静に言い放った。

「アイネイアースを出る前からセットされていたわ」

(泣いてはいけない……私は、泣いてはいけない! エクレールの為にも、私は……私は……!)


          *   *   *


 その地点から、約六千万キロ。独立殖民惑星国家イストミアの宙域。

 ウロボロス級高速巡航艦試作零号、ミレニアム艦内。

「相転移航宙回路エンジン、点火の最終許可をお願いします」

 ()()()()()が、後部座席に座る女性──プロジェクト・ピースメーカーの中心人物であるサイレン主任に言った。サイレンは、間髪を入れる事なく肯く。

「許可します」

「……あっさりしていますね、サイレンさん」

 ベロネットの声色から、そこで緊張の成分が消えた。とはいえ彼女も()()()()()()も、本当にこれ程簡単で構わないのか、という戸惑い──猜疑とは異なる懸念──をはっきりと、身に纏う空気に孕ませていた。

「怖くないんですか? もし、最悪の事態が起こったら……」

「ベロネット」

 レドロネットが、彼女に対して咎めるように言う。ベロネットは、黙っていて、と言うかのようにパートナーを鋭く睨み返し、サイレンに視線を戻した。

「最悪の場合、私たちは消えてしまうんですよ。この宇宙の何処からも」

「その危険を背負っているのは、あなたたちも同じでしょう」

 サイレンは、あくまで穏やかに返す。

「ここまで付き合って貰ったのは、私の方だもの。結果がどうなろうと、一緒にそれを迎える覚悟は出来ているわ」

「だからといって、わざわざ管理官のあなたが……」

「……あなたは優しい子ね、ベロネット」

 サイレンはふっと微笑みながら、胸に拳を押し当て、その奥で微かに疼くものを押さえ込む。

 彼女たちにとっては、その”最悪”のケースがどちらであっても、自分たちの存在が懸かっているという事実には変わりがない。しかし、サイレンがここで船を降りたとしても、本当の”最悪”が起こってしまえば──宇宙の何処に居たとしても、自分は死ぬ。

 だからたとえ、ここに自分が乗っていたとしても同じなのだ。だが、サイレンはそれを口にする事が出来なかった。この実験で”最悪”が起こるとしたら、それはきっとレドロネットが原因になる。そして、彼女もまたベロネットと同じくらい優しい心を持っている。彼女自身の失敗で、その死に彼女が思っているより遥かに多くの命を巻き添えにしてしまうかもしれない──そんな残酷な事を、この土壇場で自分が口に出せるはずがなかった。

「私は、ノーヴルズとは違う」

 代わりに、サイレンはそう言った。我ながら上手く行った、と思う程に、迷いのない口調だった。

「彼らはこの船が実用化に漕ぎつけられれば、自分たちが勝利する事で戦争が終わると思って……いえ、()()()いるわ。だけどやっぱり、私はミレニアムが全宇宙の人々にとっての希望になると信じる。私たちは、あなたたちや、()()()()()の超科学を以てこの種を蒔いた。それを絶望に導くのか、希望から始まったこの計画を希望に帰結させられるのか……始めた責任は、取らなくちゃ」

「サイレンさん……」

 ベロネットはやや俯き、ぐっと唇を噛む。やがて、彼女は意を決したように顔を上げ、パートナーの方を向いた。

「始めよう、レドロネット」

「……ええ」

 レドロネットも、微かに顎を引いた。

 彼女たちは両手を重ね、制御盤中央の生体認証パネルに翳す。

 相転移航宙回路エンジンが起動し、微かなGが掛かると共に窓──パノラマビューの側面モニターに映る景色が、凝集した淡い光の粒子に覆われ始める。自分たちを乗せた試作高速巡航艦は、四人のESメンバーの特殊能力によって生み出された亜空間へ、完全因果分岐点へと動き始める。

「ワープ航路に突入します」

 レドロネットが、そう口にした瞬間だった。

 不意に、ベロネットが重ねた彼女の手をぎゅっと握り締めた。

「待って」

「ベロネット……?」

 開口しかけたレドロネットが、そこではっと息を呑んだ。

 サイレンも、そこで異変に気付いた。ワープ機構の起動が中止され、灯りが消えるように退()いていく光の粒子たちの中、大画面に映し出される宇宙(そら)の一角が異様に煌々と輝いている事に。

 当たり前のようにそこに見えていた小さな惑星が、巨大な光の塊と化していた。

 新たな恒星が、突如としてそこに出現したかのようだった。しかしそれは決して暖かなものではなく、宇宙空間で閃光となって散っていく機動兵器のような──不可視ながら、そこに誰かの”死”がある事を否応なく突きつけてくるような、嫌な光り方だった。

「ドーフが……!」

 ベロネットが呟いた時、通信チャンネルが接続された。

『こちら連合評議会! プロジェクト・ピースメーカー、応答せよ!』

「デオン──」

 サイレンは言いかけ、すぐに(かぶり)を振って口調を切り替える。

「……感度良好。こちら、サイレン」

『ミレニアムの有人単独ワープ実験は即時中止。対応は追って通知する、関係各位は直ちにイストミアに帰還し、評議会の指示があるまでそこで待機。……サイレン、残念だけど』

 ピースメーカー計画を統括する議員の声音は、最後にこちらの動揺を少しでも和らげようとするかのような、プライベートなものに変わった。それ以上気を張らなくていい、と言われているようで、サイレンは息を()きつつ「ええ」と返す。「私の事なら大丈夫よ。……ありがとう」

 回線の向こうで、微かに肯いた気配があった。彼は、それ以上何も言う事なく通信を切る。

 それが、彼らも緊急の対応に追われているからなのか、サイレンの心情を慮っての事なのかは判断がつかなかったが、今のサイレンには彼がそれ以上の気を回さなかった事がありがたかった。

 そう思っている自分が、同時に悲しくもあった。

「サイレンさん」

 ベロネット、レドロネットは立ち上がり、死の光焔に包まれる星を見上げる。

 サイレンは席を立ち、彼女たちの背後まで歩み寄って行くと、二人の肩に両手を置いた。それが引き金になったかのように、(てのひら)の触れた部分から彼女たちの肩が震え始める。

 微かな嗚咽が、サイレンの鼓膜を揺らした。顫動は徐々に大きくなり、それに誘引されたかのように自分の目からも涙が零れ出した。

「間に合わなかったわね、私たち……」

「ピースメーカーは……?」ベロネットが、小さく問うてくる。

「中止になるでしょう」サイレン──首を左右に振って。

「そんな……私たち、今まで」

 ベロネットは、静かに涙を流し続ける。

 真空の宇宙空間に音が伝わる事はなく、滅びゆく惑星の光だけがただ激しく──それでいて静謐に、船に届き続けていた。

「今日──」

 ベロネットが、やがて(おもむ)ろに開口した。「私たちは大きなものを失った」

 サイレンは、再び首を振る。「計画は絶対に、無駄にはならない。今度こそ、間に合わせてみせるから」

 それがどれだけ無責任な台詞なのかは、自覚しているつもりだった。

 レドロネットが、赤く腫れた目でこちらを鋭く一瞥した。

「……今度って、いつですか?」

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