第8話『アズオーク大森林』
レインの話をまとめるとこんな感じだ。
妹が攫われたから助けて欲しい。
それが俺達に言ってきた依頼内容だ。
まず俺達にそれを頼んできた理由。
単純に頼るあてがすべて消えたからだそう。
アスフェルにいる冒険者に依頼をしたが誰も聞いてくれなかったらしい。
まぁ、無視をした冒険者の気持ちもわかる。
事の経緯。
レインとその妹ルーアは2日前王都ルグリアに帰る為にアスフェルを出発した。
その際より道をし二人は馬車で帰路近くのベスリナに向かおうとしていた。
しかしそこで事件が起きた。
ベスリナに最も早く行ける道の途中にはネスタナ王国でも有名なアズオーク大森林がある。
アズオーク大森林はよく魔物が出ることで有名なのだが奥には魔巣があると噂されているのだ。
魔巣とはレベル3以上の魔物が多く存在するダンジョン的な空間を有する場所のことをさす。
そこで二人は魔物に襲撃され妹ルーアが攫われたらしい。
普通ならその場で大抵殺してくるものだがどうして魔物はルーアを攫ったのだろうか。
これがレインが話てくれたことだ。
最初にも言ったが他の冒険者がこの依頼を受けたがらないのも当然だろう。
この世界に存在する冒険者は大抵がレベル4以下。
アールが攫われたのはレベル3以上の魔物が存在する魔巣があると言われているアズオーク大森林。
助けるどころか自分の命すら危険になるほどだ。
でも俺は違う。
人が困っているのを見捨ててはいられない。
ましてや妹の危機。
助けないわけがない。
だから――。
「その依頼、無償で受けるよ」
「お、お兄ちゃん!!?」
「む、無償だと……?」
皆驚いた。
無理もない。
だって金欠なのだから。
でも人命が関わる今、報酬がどうのなんて話している暇はない。
一刻も早く向かう必要がある。
「どうして無償で……アズオーク大森林は危険な場所だ。それ相応の報酬が……」
「似てるからだよ」
「似てる?」
「あぁ、レインは昔の俺にどこか似ている気がしたから。だから無償にする。ただそれだけだ」
「でも!」
「ご飯を食べ終わったことだし行くか。アズオーク大森林」
俺が立ち上がるとミーシアスとサユも立ち上がった。
「……あんたに頼んで良かった。俺の妹を助けてくれ……」
「あぁ! 勿論だ」
***
アスフェルの外。
レインの馬車でアズオーク大森林へと向かっている。
「そういえばあんたらの名前を聞いてなかったな」
馬車を操作するレインが横にいる俺に言ってきた。
ちなみにサユとミーシアスは後ろの荷台で何かをしている。
「俺がクライドで赤いリボンをしたのがサユ、魔法杖を持ってるのがミーシアスだ」
「クライド……もしかしてルグリアのクライドか」
レインは知っていないかと思っていたが知っていたか。
顔ではなく名前で浸透しているんだな。
俺の無能称号は。
「俺はクライドが無能なんて思ってもないぜ。あんたは俺の恩人だ。
皆無視をしてきた中、あんただけが俺の話を聞いてくれた。
そして今救出に手助けしてくれている。
そんな恩人をふざけた呼称で呼べやしない」
「ありがとう、レイン。でもまぁ、無能なのは間違いないから良いんだよ。
きっと今回もサユが解決してくれる。俺はその助力をするだけだ」
「……」
静かなまま馬車はアズオーク大森林へと向かう。
***
出発して少し時間が経過した。
俺達はアズオーク大森林の目の前にやってきた。
入口なんてものはない。
アズオーク大森林の土に足を一歩踏み入れればそこは魔の地。
俺達が立っているこことこれより先ではまるで空気感が違うように思える。
重々しい何か。
強力な魔物の気配なのだろうか。
「皆、行くぞ」
俺を先頭にしてアズオーク大森林に足を踏み入れた。
別にアズオーク大森林の地形を知っているわけではないがこういう時は戦力を失わない為にも俺が先頭に行くべきだろう。
伐採も整理をされていないから道なんてものはない。
木は枝を不規則に伸ばし、草は限度を知らぬかのように生い茂っている。
常に死と隣合わせのこの状況。
一瞬の油断も許されない。
どこから魔物が現れるかもわからない。
それがどれだけの強さかもわからない。
冒険者とって怖いものは魔物なんかじゃない。
何もわからない未知だ。
「木に気をつけろよ」
足元には木が倒れている。
石が土から飛び出ていたりとにかく危険だ。
大きな木に手をつきゆっくりと跨ぐ。
すぐ後ろではレインも続いて木を跨いだ。
「お兄ちゃん! これどこに向かってるの?」
「中心部だ」
「中心……?」
俺はネスタナ王国生まれではないから詳しいことは知らない。
だからアスフェルを出る時に少しだけ通る人々に魔巣の場所を尋ねてみた。
離れたところから来た人は皆、わからないと答えた。
だがアズオーク大森林に近いアスフェルやアスフェルに来ていたベスリナの人に話を聞いてみると皆、口を揃えて魔巣はアズオーク大森林の中心部と答えた。
まぁ、これもあくまで周辺に広がった噂に過ぎないのだが、情報が乏しい今、噂に頼るしかない。
「中心部に行けば恐らく魔巣への入口が現れるはずだ。多分」
「やはり魔巣付近になるとレベルの高い魔物が出るのでしょうか……」
「まぁ、そういうことになる。だが安心してくれ。
この場にはネスタナ屈指の治癒士――サユがいるんだからな」
「ちょっとお兄ちゃん! 変に盛らないで!」
レインが剣に触れた。
「……あんたらはルーアを助けてくれる。だから俺は何が何でもあんたらを守る。それがせめてもの礼だ」
「頼もしい……。任せた、レイン!」
「あぁ」
歩いているとサユが俺とレインを止めた。
振り返るとミーシアスが立ち止まっていた。
「どうしたんだ?」
そう声をかけても反応しない。
ただ杖を手にしっかり持ち、何かに集中している様子だった。
ミーシアスが目を開いた。
途端に杖に光が宿る。
「土の精霊よ、私達を守り給え。土円蓋」
ミーシアスが詠唱をした。
周囲に半円状に覆う土の壁が現れた。
「ミーシアス、何かあったのか」
「クライド、来る」
「え?」
ドーンッ!!!
激しい衝撃音が半円状の覆う壁内に響き渡る。
同時に壁に一つの亀裂が走った。
次第に亀裂は広がっていく。
土がボロボロと降ってきた。
「この攻撃、押し返すぞ」
レインが剣を構え言った。
その言葉を聞いた俺も剣を抜いた。
ミーシアスの魔法が完全に崩壊した。
こちらを覗き込む魔物の姿。
姿は犬か狼。
頭が2つもついている。
その魔物は俺達を威嚇するようにガルルと唸る。
口には鋭い牙が何本も生えヨダレが滴っている。
「来るッ!」
魔物は右前足で攻撃をしてきた。
俺とレインはミーシアスとサユを守る為に剣で抵抗する。
ドンッとした衝撃。
あまりにも重すぎる。
この状態を維持はし続けれない。
「ミーシア! 魔法を撃って!!」
「は、はい!!!」
ミーシアスはサユの指示で魔物に杖を向けた。
「!?」
その時魔物は右前足を払い引き下がった。
魔法を撃たれるのを認識したのか。
「お兄ちゃん! 血が!」
サユに言われて初めて気付いた。
恐らく引き下がる時に足にある鋭い爪で引っかかれたのだろう。
左腕に傷が、そこから血が流れている。
致命傷というわけではないから大丈夫なはずだ。
「ミーシア、そのまま魔法を! 私はお兄ちゃんを治癒するから!」
「土の精霊よ、我が敵を射る弾丸となれ。土弾」
土の塊が引き下がる魔物へと飛んでいく。
魔物は後ろに右に左にと飛びながら魔法を避けている。
魔法の軌道までも視覚で認識しているのか。
あの魔物、只者ではないな。
「お兄ちゃん、大丈夫」
「あぁ、でも治癒は大丈夫だ。これくらいで魔力を消費するのは勿体ない。包帯で良いから渡してくれ」
「……わかった。今出すから待ってね」
サユがバッグから水と包帯を取り出した。
「クライド、大丈夫か。それにしてもあの魔物、やけに賢いな。引き際をよくわかってやがる」
「あの魔物は間違いなく双頭犬だよ」
包帯を巻いてくれているサユが言った。
「双頭犬?」
「俊敏性があるうえに知力も持っている。色々な冒険者が厄介と言うほどの魔物だよ」
「弱いとは言わないけど強いのか? 今のところ圧倒的ではないけど」
包帯を巻き終えたサユはバッグに戻した。
そして魔物の方を見た。
「お兄ちゃん、言ったでしょ。あの魔物は知力がある。
こっちに積極的に攻撃してこないのはこちらの実力を調べているからだよ。
それにあの魔物は弱くなんかない。
あの魔物は討伐推奨冒険者ランク、レベル4。
双頭犬――オルトロス」
「レベル4……。オルトロス……」
俺とサユよりもレベルが2つも上だと。
ミーシアスとレインは!
「レイン、レベルは何なんだ?」
「俺はまだレベル3だぜ」
「ミーシアス! レベル何だ?」
杖を持ったミーシアスがこっちを振り向いた。
そして片方の手で親指だけを曲げた。
「レベル4です!」
「ミーシア、そんなに高かったの!!!!?」
まさかの俺とサユよりも上。
レインもそうだがミーシアスはあと少しでレベル5になれるのか。
でもどうする。
互角に戦えるのはこの中ではミーシアス。
次にかなりの苦戦を要求されるレイン。
圧倒的とてつもなく辛いほどの戦闘を要求される俺とサユ。
完全にミーシアス頼りになってしまう。
だが仕方ない。
俺とレインはミーシアスを守ることを徹底した方が良さそうだ。
「お兄ちゃんとレインは剣を構えて! ミーシアは遠距離からの魔法でお兄ちゃん達の手助けをして!」
前に歩き剣を構える俺とレイン。
杖をオルトロスに向けるミーシアス。
サユの言った通りオルトロスはこっちに向かって走ってきた。
左右に動きながら。
魔法を警戒してるのだろう。
「レイン、行くぞ」
「あぁ! ルーアを救う為に!!」
レインはオルトロスに向かって走り出した。
「加速」
意識を集中させ呟いた。
走る。
気づけばレインを越した。
速さに身を任せ、剣を横に振った。
剣に伝わる確かな感触。
オルトロスの左前足から大量の血が吹き出している。
左前足の感覚は失われ左にオルトロスは傾いた。
「おいおいまじかよ。今何が起こったんだ」
「お兄ちゃん! さすがっ!!!」
「……これは負けてられないなぁ!」
レインは飛び上がり剣を振った。
しかしオルトロスは残った右前足でその攻撃を振り払おうとしていた。
二人の攻撃がぶつかりあった。
「……ッ! 力強すぎるだろ……!! だがなッ!!!!」
レインの剣から光が現れた。
「『大剣化』!!!!!」
先程まで通常の大きさだった剣。
しかし今は大剣へと成り代わった。
通常の剣よりも重い大剣。
その大剣はオルトロスの力を押し退けた。
「おらァァァ!!!!!!」
オルトロスの右前足が斬れた。
「ワオォォォォ!!!!!!」
右の頭の口から火の弾が放たれた。
それは地面に着地したレインへと向かった。
「レイン! 危ない!!!」
「!?」
火の弾は地面に当たると爆発を引き起こした。
爆破に巻き込まれたレイン。
吹き飛ばされ近くの木にぶつかった。
両前足を失ったオルトロスだったが前足を器用に使い飛び跳ね木の太い枝に逃げた。
その時ミーシアスが詠唱をした。
「土の精霊よ、我が敵を幾度となく撃ち滅ぼせ。土連弾」
いくつもの土の塊がオルトロスへと向かっていく。
しかし2つの前足を失っているのにも関わらずオルトロスは当たり前のように後足で木から木へと移動しミーシアスの魔法を回避している。
「な、何ですかあれは!」
ミーシアスも驚く。
ミーシアスはオルトロスの進行方向にも先回りをして放つ。
だがこれも予測していたかのように回避をしている。
ミーシアスの魔法の威力は充分だ。
先程から当たった木はえぐれている。
当たればあのオルトロスを止めれる。
だがあのオルトロスは俊敏性を生かし尽くミーシアスの魔法を回避している。
「ミーシア! 逃げて!」
「え!」
オルトロス。
やつは避けながら少しずつサユ達の方に移動していた。
ついには詠唱して発動していたミーシアスの魔法が切れた。
これを好機と捉えたオルトロスは木からサユ達へ飛びかかった。
「サユ、ミーシアス、危ない!!!!!」
間に合わない。
加速を使っても間に合わない。
レインも到底間に合わない距離にいる。
「やめろォォォォ!!!!!!」
俺は手に持っていた剣を思いっきり投げつけた。
その間にもオルトロスはサユ達に近づいていた。
剣は速度を増す。
グサッ。
オルトロスの横腹に深く突き刺さった。
だが止まらない。
どうなってるんだ。
「土の精霊よ、私達を守り給え。土円蓋」
ミーシアスが詠唱した。
半円状の壁が頭上から生成されていく。
バリンッ。
生成されていた壁は途中でオルトロスに破壊されていた。
「ミーシアス!!!!」
ミーシアスは壊された土の塊がぶつかり倒れた。
壁を破壊したオルトロスはサユめがけて走る。
「…………」
サユは動かない。
逃げようとしない。
「逃げろ! サユ!!!」
俺の言葉を聞かない。
サユの片手は背中の後ろにあった。
サユ……まさかあれを……。
サユが何をしようとしているのかがわかった。
それはあまりにもリスク的で治癒士の役職の範囲を超える行動。
「ワォォォォォ!!!!!!!!!!」
オルトロスは飛び上がりサユを潰そうとしていた。
オルトロスがサユに迫る。
「サユさん! 逃げてください!」
「何してんだ! あんた!!!」
「サユ!!!!」
サユは後ろで隠していた右手を出した。
手には少し長めのナイフがあった。
落ちてくるオルトロスは口から火の弾を出そうとしていた。
サユは構える。
そして落ちてきたオルトロスの腹部に、魔法を放たれるよりも先に突き刺した。
だが火は消えない。
サユはさらに深く突き刺した。
その途端、オルトロスの頭はガコンっと垂れ下がり動きを止めた。
数秒後、オルトロスは魔石となり散った。
同時に剣も落ちた。
レインと俺はサユのもとに走った。
「サユ! 何をしてるんだ!!! 危ないだろ!!」
「お兄ちゃんが言えることじゃないよ」
「俺とお前じゃあ、違うんだ。もうこんなことはやめろ。勝てたから良いものの……もしものことを考えたら……」
サユの肩を揺さぶり怒鳴ってしまった。
そんなつもりはなかった。
本当は褒めたかった。
でも褒めるよりも先にその怒りが先に口から出た。
「クライド、それくらいにしとけ。こうして倒せたんだから。結果オーライだぜ」
「そうです! 確かに危険な行為ですけど……こうして私達が生きてるのもサユさんが倒してくれたおかげで……」
「……ごめん。熱くなりすぎた」
俺は剣と魔石を拾った。
魔石をサユに渡した。
「……先を急ごう。ルーアが無事なうちに助ける為に」
「そうだな。ミーシアスだっけか? 大丈夫か」
「あ、はい! 何も問題ないです」
俺は先に歩きだした。
剣を鞘にしまいながら。
後ろで会話が聞こえる。
サユの声は聞こえない
またやりすぎてしまった。
はぁ……俺がもっと強ければ。
いつも思うことをまた思い、苦悩する。
俺はちっとも前に進めていない……。