第7話『商店の街――アスフェル』
「お兄ちゃん!! 早く来て!!!」
「そんなに急がなくても時間は沢山あるんだから」
「ほら! 見て見て! こんなにっ屋台があるよ!!」
果てしなく続く道。
両横には家々が等間隔で立ち並んでいる。
家々の前にはどこまでも続きそうな道通りに多種多様な屋台があった。
小さい街なのにかなりの人が買い物をしたり食事をしたりしている。
さすがは商店の街だ。
「もうお兄ちゃん、おっそい!!」
サユは俺の腕を引っ張った。
見慣れない光景だからテンションが上がるのもわかるがそんなに先々進んでいてはミーシアスが置いてけぼりにされてしまう。
そんなことを思ったがいらぬ心配だったらしい。
「クライドさん、行きましょ!」
ミーシアスはサユと同じ様に俺の腕を引っ張ってきた。
「あぁ、もうわかったから」
俺は二人の進む速さに合わせて屋台通りを進みだした。
***
「これ買って」
「高い」
「じゃあ、これは?」
「高い」
「あれはどうだ!!」
「いや、高い!」
高いと断ってもサユは次から次へと品物を見つけては俺に見せてきた。
少し安いのを持ってきてくれれば買ってやらなくもないがサユが持ってくるのは毎回高いものばかり。
というか持ってくる度に値段が高くなっている。
自由に買い物をして望みを叶えてやりたいがなんせ金欠で金がない。
すまないが許してくれ、サユ。
「お兄ちゃん、ケチ〜!」
「安いのなら買ってあげるから」
「じゃあ探してくるから。お兄ちゃんはミーシアを見ててね」
そう言ってサユはどこかへと歩いていった。
その場に取り残された俺とミーシアス。
まだそこまで仲が良いというわけではないからなんて話せば良いんだ。
とりあえず天気の話でもしとくか。
「今日は天気が良いな」
「はい。依頼の日に晴天に恵まれて良かったです」
微笑んで言葉を返してきたミーシアス。
会話は続かなかった。
サユはどうやってあんなにすらっと仲良くなったんだ。
俺は今までなるべく人とは関わってこなかった。
無能と言われたくなかったし無能の俺のせいで迷惑をかけたくなかったからだ。
このままサユが戻って来るまで無言で立ち尽くすか。
いや、そんなことできるわけがない。
でもこの俺にどうすれば。
「……クライドさん」
ミーシアスが優しい声で語りかけてきた。
はっと我に戻る。
ミーシアスがいると言うのに何変なことを考えているんだ。
今はなんでも良いからなにかしてなにか話かけよう。
「……あの、これ」
ミーシアスが俺に両手を横並びにしてなにかを見せてきた。
その手にはシンプルなネックレスがあった。
過度に派手ではなく慎ましい、銀色のチェーンに小さな宝石がついていた。
「……欲しいです」
どこか遠慮しながらもそう口に出したミーシアス。
するとそのネックレスを売っている屋台のおばあさんが話かけてきた。
「兄ちゃん、買ってやったらどうだい? ついてんのは宝石だけどちいせぇから安いよ」
「そうなんですか」
「あぁ! 大銅貨8枚だよ。でも今回は特別、半額の大銅貨4枚にしてあげよう。その代わりにまた屋台の道に来た時は良いのを買っておくれよ」
なんて商売上手なおばあさんなんだ。
まぁ、ここはお言葉にお甘えてそうさせてもらおう。
今度来た時はしっかりお金を貯めてサユになにか良い物でも買ってやろう。
「じゃあ、これをください」
「はい、毎度!」
布から硬貨を取り出した。
それをおばあさんに手渡しした。
購入を済ませた俺達はサユが向かったであろう方向に歩きだした。
***
少ししてミーシアスが俺のことを呼び止めた。
振り返ると何やら言いたげな表情をしていた。
どうしたのかと訪ねてもそれは変わらなかった。
するとミーシアスは先程のネックレスを両手でつまみ俺に差し出してきた。
「くれるのか?」
「あ、いや、違いますっ!」
差し出してきた途端に顔を赤らめるミーシアス。
どうしたのだろうか。
「……あの、その……ネックレスつけてもらえますか?」
自分ではつけられないからつけてほしかっただけなのか。
てっきり他のが良かったのかと思ったがそれだけなら良かった。
「いいよ」
「ありがとうございます」
ミーシアスからネックレスを受け取った。
この手のアクセサリーをつけるのは得意だ。
小さい頃からサユにやらされていたからな。
チェーンを金具から外した。
2つに別れたチェーンを左右の手でつまみミーシアスの首裏にもっていく。
ミーシアスは顔をさげていた。
この状況になって気付いたが結構身長が高いかもしれん。
前にサユくらいの身長だなんて思ってたが普通にサユより高い。
そんなことを思いながら首裏で金具にチェーンをはめた。
「よし、出来たぞ」
「ありがとうございます……」
つけ終えたのにミーシアスは顔を上げなかった。
「どうしたんだ? もうつけ終わったぞ」
「……な、なんでもないですから……。サユさんのところに進んでください」
ミーシアスは顔を下げたまま両手で俺の背中をぐいぐいと押して先に進ませてきた。
やっぱりなにか不満でもあったのだろうか。
それならはっきりと言ってくれればいいのに。
サユもそうだが年下の女性の気持ちはよくわからん。
まぁ、女性に限った話じゃないが。
それにしてもサユのやつどこまで探しに行ったんだ。
***
あれから10分。
歩くのに疲れた俺達は近くの椅子に座っていた。
するとこっちに急いでやってくる見覚えのある人物が一人。
「はぁ……はぁ……」
戻ってきたサユは息をきらしていた。
一体どこまで行ってたんだか。
「何か見つけたか?」
「良いご飯屋さんを見つけたよっ!」
「ご飯屋さん? 物は買わなくていいのか?」
「探してて思ったんどけどもうお兄ちゃんからは貰ったやつがあるし良いかなーって。それよりミーシアとも親睦を深める為に何かみんなで食べよっ!」
サユの綺麗な水色髪。
その後ろには大きな赤いリボンがある。
そのリボンは確かまだサユが小さい時に俺があげた最初のプレゼントだ。
サユは律儀でそれをずっと使っている。
新しいのを買うと言ってもこれが良いと言って聞かない。
物を大切にする。
それもサユの良いところだろう。
完璧な妹だ。
「サユがそういうならそうするか。ミーシアスもそれで良いか?」
「はい! 私はお二人が決めたことに従いますから」
「よしっじゃあ、そこまで案内してくれ」
「わかった! じゃあ、行くよ!!!」
サユはさっきまで息をきらしていたのがまるで嘘のように再び張り切って進みだした。
全くこいつはどこからそんな体力が湧き出てるんだか。
***
「うわぁ!!! 美味しそう!」
「見てるだけでお腹がいっぱいになりそうです」
サユが見つけたお店は中々良いところだった。
運ばれてくる料理はどれも豪華でかつ量も多い。
極めつけは圧倒的安さ。
3人分の料理をそれぞれ頼んだがそれでも大銅貨5枚。
あまりにも破格すぎて逆に心配になるレベルだ。
「お兄ちゃんの貰いっ!!」
ゆっくり噛み締めながら料理を食べていると横からサユが俺の料理を盗んだ。
満面の笑みで食べた。
「勝手に食べるなよ」
「遅いのが悪い〜!」
「そうか」
謎のドヤ顔をするサユ。
その隙にサユの皿から奪った。
「これも上手いな」
「ちょっと!!! お兄ちゃん!!!」
「よそ見してるのが悪い」
「うわぁー、最低!」
「……ふふ」
ミーシアスが左手で少し口を隠して優しく微笑んだ。
「お二人は仲が良いんですね!」
「そんなことはないよ、ミーシア! 私達はライバルなんだよ」
「ライバル?」
「うん、ライバル。昔からの」
ライバルか。
まだサユが今よりも子どもで幼稚で言う事を聞かなかった頃、よく言ってきていたな。
でももうライバルなんかじゃない。
サユは俺よりも上の存在になってしまったんだからな。
「よしっ! ミーシアもこれ要る?」
「あ、はい! 欲しいです!」
「はい、どーぞ!」
もしかしたらサユとこうして外食するのは最後になるかもしれない。
今のうちによく記憶に残しておこう。
その後も俺達は楽しく会話をして料理を楽しんでいた。
だがその最中に一人の男が声をかけてきた。
特徴的な赤髪。
歳は見る限りでは俺と同じか多少の前後があるくらいだろうか。
腰に剣がついている。
きっと剣士、冒険者だろう。
それにしても会ったことも喋ったこともないのにいきなり何なのだろうか。
「なぁ、あんたら冒険者か?」
「そうだが……」
「良かったぜ」
男は俺の方をじーっと見つめてきた。
「俺の名はレイン・アルフォート。あんたらに頼みたいことがあるんだ」
至って真剣な瞳。
頼みを俺にするということは俺のことを知らないのか。
「わかった。ひとまず話を聞くよ」
それまで緊張していたのかそれとも焦っていたのかわからないが表情が一気に柔らかくなった。
「まぁ、まずは座って」
余っていた椅子を一つをレインに渡した。
レインはその椅子に座った。
「頼みたいことなんだが……。俺の妹を助けて欲しいんだ」