第6話『依頼完了』
俺達を乗せた馬車は何の問題もなく目的地のアスフェルに進んでいた。
「そういえば君達の名を聞いていなかったな。私はアイーダだ。よろしく頼む」
「俺はクライドでこっちが妹のサユです。それで彼女がミーシアスです」
「……そうか」
アイーダさんは少し表情を曇らせた。
しかしすぐに戻った。
一体何だったのか。
「クライド……その名に聞き覚えがあります。確か無能と呼ばれる冒険者……」
まさか依頼人からも無能の冒険者と呼ばれる日が来ようとは。
俺はもうどうすればいい。
「私はそうは思いません。全く愚かな者が多い。そうやって同じ冒険者を蔑むよりも共通の敵が近くにいると言うのに」
アイーダさんは優しかった。
それに共通の敵ってなんだ。
あ、魔物のことか。
確かにあれは俺達の冒険者の共通の敵だ。
それにしても後ろの二人は大丈夫だろうか。
そんなことをふと思う。
耳を澄ませると二人の笑い声が聞こえてきた。
さすがサユ。
どんな相手にでも接する事ができる。
心配なんて必要なかったか。
馬車はついには街中を飛び出し暫く木々の生えた道を走る時間が始まった。
***
「クライドさん、剣を抜くご準備を」
「え?」
「どうやら私共を狙う者達がこの辺りに潜んでいます。彼らは明確な殺意を持っている。ここで交戦します」
「わ、わかりました」
「ひとまず馬車の速度を落としますので降りて後方に行き、他のお二人にも伝えてください」
「了解です」
馬車の速度が遅くなっていく。
ある程度遅くなったところで下を見てゆっくりと飛び降りた。
二人がいる後ろに行く。
それにしても狙う者なんているのだろうか。
とくに人気を感じないし。
アイーダさんには何が感じているのだろうか。
後ろに行くときょとんとした二人がいた。
なんで速度が落ちてしかも俺が歩いているんだといった表情。
馬車が進むのに合わせて歩き小声で事情を二人に話した。
「えぇ!!!!?」
「声が大きい」
「……ごめん。でも私そんなの感じなかったけどなぁ」
「それは俺もだ」
サユの隣を見るとミーシアスが杖を握っていた。
まさかミーシアスは魔法士だったのか。
剣士、治癒士、魔法士、これほどまでにバランスのいいパーティーになっていたとは。
「私は魔法で戦います!」
「あぁ! よろしく頼む」
俺は小走りで前に戻り席に飛び乗った。
「二人に伝えてきました」
「ありがとうございます。どうやら彼らはすぐには行動を起こさないようです。馬車の進行方向に同様に移動しているようですね。もしかしたら攻撃というよりかは私達を尾行しているという方が正しいのかもしれません」
「その場合はどうするんですか?」
「そうですね。尾行されるのは少々都合の悪いですからこちらから仕掛けるしかありません。そうなったら私はこの馬車を守りますのでクライドさん達は敵をお願いします」
「わかりました」
とくに何もなく終わると思っていたがやはりそうはいかないようだ。
どうしてこんな森の中で尾行されているのか。
どうしてこの馬車は狙われているのか。
どうして狙われているということをアイーダさんは知れたのか。
わからないことだらけだ。
でも今はこの状況を脱することが先だろう。
「クライドさん、どうやら攻めてくるようです」
「わかりました」
俺は剣の柄を握る。
周囲を見渡した。
ガサっと微かな音をたて揺れる木の葉。
前方一時の方向。
柄を引っ張り剣を抜いた。
剣を両手で握り構えた。
「今ですッ!!!」
アイーダさんの合図通りに敵が木の葉から姿を現した。
そして馬車は停まった。
現れた者は全身黒色統一でフードを被り素顔を隠している。
手には剣を握っている。
「させるかァ!!」
席で立ち上がる。
台を足場に跳ね上がった。
俺と不審な人物の剣は宙で交わった。
激しい衝突だった。
「何者だ。お前はッ! 我々の邪魔をするでない!」
「何がなんだかわからないが俺は依頼を遂行するまでだ!」
剣に一層力を込めた。
「ッ!!!!!」
競り合う剣を勢いよく横に動かした。
男は力に負け吹き飛んだ。
木にぶつかり地面にずり落ちた。
俺は地面に着地した。
その時後ろからサユの声が聞こえてきた。
それはなにかを忠告する言葉だった。
「上っ!!」
軽く上を見上げる。
そこには火の球が3つ浮遊していた。
火球、あれは魔法だ。
この森のどこかに魔法士がいるのか。
あの魔法。
一個ならどうにかできるかもしれないが3つ同時になんて対処しきれるのか。
馬車後方から光が現れた。
その光の正体はミーシアスの杖先だった。
「土の精霊よ、私達を守り給え。土円蓋」
ミーシアスの詠唱。
それが終わると馬車周辺を覆う土の壁のようなものが出現した。
二秒後真上の土の壁に大きな衝突音が響いた。
どうやらあの火球が土にぶつかったようだ。
次にミーシアスは覆う土を解除した。
そしてまた光輝く。
「土の精霊よ、我が敵を射る弾丸となれ。土弾」
リンゴくらいの大きさの土の塊が現れた。
土と言っても見た目的にはかなり硬そうだ。
土の塊は一直線に木の上の方へと飛んでいった。
一秒もしない間に離れたとこで「ウエッ」と言う声が聞こえてきた。
ついでにドサっという鈍い音も聞こえてきた。
なんとなくミーシアスの方を見た。
ミーシアスは杖を両手で持ち口を隠して俺とは視線をあわせなかった。
「この先に魔法士がいたので……ちょっと強引なやり方になってしまいましたけど……」
「ありがとう、ミーシアス。君のおかげで助かったよ」
「それなら良かったです!」
どこからか霞んだ声が聞こえてきた。
振り向くと俺がさっき飛ばした者がふらふらとしながらこちらにゆっくりと歩いて迫ってきていた。
「お前ら……まだ歯向かう気なのか……、我々が星に堕ちれば貴様らも終わりだぞ」
「クライドさん、まだ若いあなた達に片付けさせるのは少し酷ですのであとは私にお任せください」
アイーダさんは馬車から降りた。
不審な人物の胸ぐらを掴み持ち上げるアイーダさん。
「はて、何のことか私にはわかりかねます。人違いでは」
「そんなことはない。我々は――」
アイーダさんが不審な人物の耳元でなにかを囁いた。
しかし何を言っているのかは聞こえない。
ただ不審な人物の顔色がいきなり悪くなったことだけは気付いた。
「馬鹿なことを……できるわけが!!」
ドンッ。
アイーダさんが不審な人物の腹部を拳で殴った。
鈍い音とともに口から血が吹き出ていた。
そしてアイーダさんは胸ぐらを離し地面に落とした。
「では伝えておいてください。人違いで襲われては困ると」
用を済ませたアイーダさんは拳をポケットから取り出した布で拭いてこちらに戻ってきた。
ポケットに布をしまった。
「それではクライドさん、もういないようですので向かいましょう」
「わ、わかりました」
「後ろのお二人も乗ってください」
何を言ったのか聞きたいが怖すぎる。
もしそれで怒らせてでもしたら俺もああなりかねない。
聞くのはやめておこう。
馬車に乗った俺は再び目的地であるアスフェルへと走りだした。
***
草原を走り石造りの橋を渡った。
そのさきにあるのは小さな門。
前にはいくつかの馬車が並び停まっている。
目的地であるアスフェルはすぐそこだがこれがまた中々進まない。
アスフェルは確か店が多いらしい。
その為買付に来る商人や逆に売りに来る商人もいたり店目的でやってくる者もいるとか。
だからこのように渋滞になっている。
ネスタナ王国内でもアスフェルは周りに大きな街が多い。
王都ルグリアス、ベスリナ、リーハトンなど、どこも人口が多い。
それらの人口の多い街の人々がここアスフェルへよく集まってくるのだ。
だからアスフェルは商店の街とも言われているとか。
「律儀に待つのも面倒ですから追い抜かしましょう」
「そんなことしても大丈夫なんですか?」
「はい、もちろん」
アイーダさんは本当に前の馬車達を追い抜かしはじめた。
というか門まで突き進もうとしている。
門には兵がいる。
さすがに止められて余計後ろに戻されるのでは。
「本当に大丈夫ですか?」
「クライドさんは心配性ですね。安心してください」
アイーダさんはそんなこと言っているがやはり大丈夫でない気がする。
もしこれで問題になったらギルドに怒られてしまう。
馬車は進んでいく。
やはり兵はこちらの馬車を見てきた。
だが心配とは裏腹に兵は見ただけで他の馬車の対応にあたっていた。
そのまま何もなく俺達の馬車は門をくぐった。
「なんで兵の人は……」
「クライドさん、この馬車は顔パスみたいなものですよ」
あぁ、そういうことか。
俺もこの馬車を見て最初に思ったことだ。
この馬車は貴族仕様。
だから兵は何の警戒もなしにこの馬車を通したというわけだ。
でもそれで本当にいいのか。
アスフェルの兵。
***
馬車は出発と同じように人通りの少ないところで停車した。
「クライドさん、本日はありがとうございました。こちらが報酬です」
硬貨が包まれた布を手渡してきた。
「中には帰りの馬車代も入れておきましたのでこれでお帰りください」
「良いんですか! ありがとうございます!」
俺は袋を受け取りポケットにしまった。
そして馬車の席から降りた。
「それと今回の出来事は他言無用でお願いします」
「……」
「あまり誤解を広げたくはないので。ではまた機会があれば依頼を出させて頂きます」
「はい! またよろしくお願いします」
俺はアイーダさんに軽く会釈をした。
そして二人に帰ることを伝えに馬車後方に向かった。
「二人共帰るぞ」
「えぇ〜せっかくアスフェルまで来たんだから見て回ろうよ!」
「でもなぁ……」
「良いじゃん! ほら、ミーシアも見て行きたいって言ってるよ」
突然話を振られたミーシアスは慌てていた。
というかミーシアスのことをミーシアって呼ぶとか。
どれだけ仲良くなっているんだ。
「あっ、えっーっと。い、行きたいです! 私、見て行きたいです!!」
「ミーシアスが言うなら仕方ないか」
「なにそれお兄ちゃん!! 私の時は渋ったのに!」
「いや、サユはな、あれだろ?」
「あれって何っ!!!!」
俺達はそんな会話をしながら馬車を離れた。
中に乗る女性と一度も会話をすることはなく。