第58話【終焉の足音】
これまであったものが突如として全て消える虚しさ。
呼吸が早まる、鼓動が速くなるのを直に感じる。
「カイロネス...」
皆が囲う中心には横たわっているカイロネスさんがいた。
どこか嬉しそうなそんな表情をして天を見上げている。
その近くには子供が立っていた。
「あ、あ...」
「カイロネス、柄にもない事をしたってのか」
アイオスさんが言った。
この現状を見て皆何となく察しがついていた。
何者かがやってきて、その果てでカイロネスさんは子供を庇い息絶えたのだと。
「城まで運んでいってやれ」
「はっ!」
二人の男、恐らくアイオスさんの所の警護兵の人達がカイロネスさんの身体を優しく持ち上げた。
そして城の方へとゆっくり歩いていく。
そんな姿を俺達はただ呆然と見ていただけだった。
「僕達にどうして...こんな事をするんだ」
「落ち着けクロノス。今は感情的になってる場合じゃねぇ。
やられたんならやり返すしかねぇだろ」
「あぁ...そうだったな。でも今回は一体誰がこんな事をしたんだろう? こんな爆発は過去の影人の中でも記録はない」
あの爆発は凄まじかった。
離れた第一箇区にいたのにそこまで爆音と風がやってきたくらいだ。
そしてここに向かう間に俺達は何度か奇妙な光景を目にした。
天空から落ちる落雷。
突如として現れた氷の天井。
「彼は雷魔法を使うから氷なんて使えないはずだけど」
セカリアさんが言った。
「あの剣士の影人でもなさそうだな。となると別の存在という可能性も出てくると」
一人の近くに居た少年が俺達の方を見て何かを差し出してきた。
「こ、これ、このお兄ちゃんが!」
「カイロネスさんが...ちょっと見せてくれるかい?」
クロノスさんが謎の小さな入れ物を受け取ると早速それをぱかっと開けた。
「こ、これは...」
クロノスさんは紙を見て驚いていた。
俺達はその紙を覗き込んだ。
そこにはびっしりと書き込まれた文字があった。
所々情報を抜き出してみるとエルナトに関すること、影人について、協会の計画についてなどの情報が連ねられていた。
これがどれだけ正確なのかはわからないがためになることは間違いない。
「少し見せてくれ」
ルゴールさんが割り込んで紙を見てきた。
「協会の計画について...『彼らはそれらの情報が外部に流出しないよう用心しているのか、はたまたその計画は一部の人間によるものなのかは定かではない協会が我々に対して何かをする為の計画を企んでいることは確かだ』。
くそっ、あの研究者でも見つけられていないのか」
何か悔しそうに言ったルゴールさん。
「影人について書いてあるよ!!」
サユが指さして言った。
そこには他のものよりも明らかな文字量で書かれている。
まとめるとこんな感じだ。
影人は魔巣、魔石から抽出した高密度な魔素を体内に保有している。
影人の残留物の調査からその形を形成している存在は人間、または動物、さらには既に魔物であるものに魔素を注入させ何らかの変化を起こしている可能性がある。
残留物の調査には注意書きのようなものが書かれておりそこにはこんな事が書いてあった。
残留物から人間を検知したが奴らが襲った人間の破片が付着していた可能性もあるとのことだ。
「影人が人間である確証は無いみたいだけど殆どが魔物か動物っぽいわね」
「そうだな。もし人間だったら...」
考えるだけで恐ろしい。
「というかこれ、ずるすぎないか」
レインがエルナトに関する部分に触れた。
使星序列『漆』――エルナト・アンナトフ、別名偽りの星。
彼女はどうやら本を用いて未来を見る事が出来るそうだ。
「未来見えるとかズルだろ」
こんなトンチキな能力を持っていながら使星の序列が一番下とは。
どれほど上位の存在は強いのだろうか。
「....」
クロノスさんはどうしてかさっきから黙りこくっている。
何やら真剣な表情をしている。
考えごとでもしているのだろうか。
「おい、クロノス」
アイオスさんが名前を呼びながら肩を叩き初めてクロノスさんは反応した。
「すまない。少し考え事をしていて。
それにしてもこの状況は困った。
これほどの少人数で立ち向かえるかな」
「そんな事を考えてる暇なんて無い。俺達はただ影人をぶッ潰す。
それだけ考えてりゃ良いんだ」
「....でも。いや、すまない。気分が悪いから僕は先に戻っているよ」
そう言ってクロノスさんは紙を入れ物に戻しそれを大切そうにポケットにしまい、城の方へとスタスタと歩いていった。
どうしてしまったのだろうか。
カイロネスさんの死は非常に苦しいものだから仕方がないけど、クロノスさんはこの手紙を見てから様子がおかしくなった。
彼にとって知りたくなかったものでもあったのだろうか。
***
カイロネスさんの死亡から八日経過した。
最初こそは皆、死を悲しんでいたが今となっては気持ちを切り替え、影人の根絶だけを考えていた。
この国は影人という存在によって死はより身近なものでそこにそれほど執着していないのだろう。
ルディアさんは少しずつ歩けるようになってはいるが依然として過度な運動は出来ない。
今後走れるようになったとしても戦闘は出来ない。
二人を失ったことはこのオルグセイラにとっても非常に問題な出来事だ。
「僕達の戦力はかつてない程に衰えている。それに加えて影人をまとめる存在までも現れた。
オルグセイラが脅かされてきた是迄の時代の中でも最も危機的な状況だと思う」
「私も同感だ。こうして冒険者達が協力してくれているとは言え彼らを打ち破り安寧を齎せることが出来るかも今の状況では分からない。もはや可能性は低いと感じ始めたくらいだ」
クロノスさんとセカリアさんはそんな会話をしていた。
これまでの時間を共に過ごした仲間が戦えなくなり、そして死んだ。
心身ともに疲弊しきっていることは間違いないだろう。
さらにあの存在が現れてから影人の脅威はより増した。
いつ訪れるかもわからないこの状況でまともに過ごすことは難しい。
「そんな事を言っていても影人は消えないしオルグセイラの悲願を達する事も出来ない。
やるなら最後までやる。やらないのなら人々が死ぬのを傍観していろ。
俺は協会をこれまで長いこと追いかけてきた。そしてようやくそこまで奴らが来ているこの好機を逃がしたりはしない」
ルゴールさんが二人に言った。
「...そうかもしれない。
最近は疲れで考えがコロコロと変わってしまうけどもう振り返ったりはしないよ。
四十四人の時秩衆の意思を僕が新しい時に導くんだ」
***
***
この時、ルゴール以外のオルグセイラに存在している民は迫る異変を感じ取ることが出来ていなかった。
第五箇区に切り開かれた黒いモヤ。
「か、影人かァ!!」
兵が相対するも数秒間の間に十人ほどが身体を切り裂かれ、地面を赤色に染めた。
滴る血液が地面にポタポタと垂れる度にどこかでまた誰かが死んでいく。
迫る影は止まることを知らない。
「有象無象の弱者共、今宵に後悔を」
オルグセイラの終焉が、サトゥールヌスの戴冠が、すぐそこまで近づいていたのだった。




