第57話【研究の成果】
「アハハ!! 協会め。こんな情報を隠し持っていたとはな!
私に解き明かせない謎などないのだ!!」
影人襲来から二十五日が経過した。
カイロネスは一人で研究所の中で笑っていた。
***
影人と協会に関する研究と調査を繰り返していたカイロネス。
彼は新たに手に入れた情報を持ち、自身の研究所に戻ろうとしていた。
「古来から影人と呼称され恐れられてきた奴らは魔物に違いないな...。
だがどうも魔物とは違う点もある...それを早く解明しなければ」
ボソボソと呟きながら研究所の扉を開けた。
「....」
カイロネスは感じた。
人の気配を。
常日頃からあれほど子供を侵入させるなと言っているのに。
「またか。何度言えば分かる。子供をしっかり管理しろと」
「私は子供ではありません」
カイロネスの耳に入ってきた声は聞き覚えのない声だった。
彼の目に映るのは椅子に座る一人の女性の姿だった。
「これはこれは、お初にお目にかかります。偽りの星」
カイロネスの額に冷や汗が流れる。
自身の目の前に立つ存在を受け入れられないかのように。
「どうですか? サトゥールヌスの未だに意味もなく歩いているんですか」
「ふっ、それはもう順調に。いずれこの国は復活を遂げるでしょう」
「そう、それは嬉しい事ですね。皆さんの長年の努力には感動します」
カイロネスは他に誰もいない事に気づく。
この女性ひとりで来たのかと考えた。
彼女の移動方法が影人の鍵になるかもしれない。
「それで貴方様の様な高貴な方がこんな辺境の地に?」
「研究は順調そうですね。影人の存在、さらには協会についてまで調べているとは。
もしかして私達疑われていますか? 心外ですね」
「関連するものは調べておく。抜け目なく。
それこそが研究の達成への導きですから」
「そうですか。ですが私達は何も関係ありませんよ」
「ふっ」
カイロネスは鼻で嘲笑った。
偽りの星――エルナトは首を傾げる。
「貴方がここに来ている、それこそが何よりの証拠では? 大方、私のやる事を見たのでしょう。
その未来を見る本で」
エルナトは手に持っていた本を見た。
そしてそれをしまう。
「はぁ。何を言い出すかと思えば...」
「とぼけても無駄です。前々から不自然だと思っていました。
オルグセイラに対して協会に入る事を促す為に来訪する度に感じていた違和感...その違和感が強まったのは影人襲来の時です。
まだ何も騒がれていなかったタイミングで本を開き、何かを書き、視線を東に向けていた。
そして用が出来たと言い、話を切り上げ帰った。
貴方が帰ってから十分程した時、影人は出現した」
カイロネスは歩きながら説明する。
「偶然という可能性もありましたが、影人が出現したのは東だった。
あの時、貴方の本には東から影人が来るということを知っていた。
故に貴方の本は未来を見通す力があるのだと仮説を立てたのです」
エルナトは椅子から立ち上がった。
「...」
「偽りの星と言われながらも長年その座に居続ける、協会内での権力も強いと、そういった要因はその未来を見通すことの出来る本を持ってるからだと、私は導き出したのです」
「ふふ」
エルナトは微笑んだ。
「えぇ、その通りです。私のこの本はありとあらゆる未来を映し出す事が出来ます。
条件は未来を見る対象を一度見てから一日以内に真っ白なページを開く事。
そうすることで対象の未来、その対象の近くの関連する人・物体・事象の事を知る事が出来るのです」
「今日、ここに来たのは私を消す、その為」
「ご明察です。これ以上貴方の様な優秀な研究者に行動されてしまってはアストライアの秩序の世は乱れ崩れ落ちてしまいます。
調律の保った世を乱す雑音は除去しなければならない、それこそが使星の使命でもありますから」
「ハハハ、未来を見て私を消す決断をしたと! つまり私は未来で世界の真理を解き明かしたと同じこと!! 見たか世界! やはり私こそが偉大なる研究者なのだ!!」
カイロネスの声が研究室に響き渡る。
「....」
黙ってカイロネスの様子を眺めているエルナト。
そんな彼女にカイロネスが近づいていく。
「だが私はオルグセイラの時秩衆。
簡単には消えてやらん」
エルナトの目の前でカイロネスは言った。
「偽りの星...貴様らの全てを私が解き明かし、次の時代が新たな時を紡ぐ。
私には――」
カイロネスは服の中から一本の杖を取り出した。
「貴様らが壊滅する未来が視えている!!」
杖から微量の雷が発生した。
それはエルナトめがけて一直線に進んでいく。
「素晴らしい未来予知ですが当たるとは到底思えません」
カイロネスの雷はどこからともなく現れた石の塊に打ち消された。
「クッ、ハハハ。ハァ...まだ何かを隠していそうだ」
杖を何度か振り雷を放つ。
その度に突如として現れた石の塊が雷を打ち消す。
「『雷乱』」
杖から出る雷は無数に枝分かれしていく。
エルナトは自身の石のドームで囲みこんだ。
そこにカイロネスの枝分かれした雷が何度も繰り返し跳ねる。
少しずつ石にヒビが入っていく。
「ここでも籠もる気か! 偽りの星!!」
「....」
カイロネスはなにかを感じた。
「ッ!!」
自身の背後に氷の槍が迫っていた。
下がりなんとか氷の槍を回避した。
そしてエルナトの方を見る。
だがそこにエルナトの姿はなかった。
「どこへ...?」
カイロネスは辺りを見渡す。
しかし何の気配も感じ取れない。
どこかへ逃げたのかそう考えた時、足が動かない事に気がついた。
ふと下を見たカイロネスの足は地面と一緒に凍りついていた。
(いつの間にこんな罠を。それにしても魔法の無詠唱に複数発動。
一体どこが偽りの星だ。もう魔法士として化け物レベルじゃないか)
カイロネスは氷に向けて単発の雷の衝撃を放つ。
バチンッと音が鳴り氷が割れた。
「時秩衆とはこんなものなのですか?」
「はっ?!」
カイロネスの背後に立つエルナト。
カイロネスは腹部からじんわりと温かみを感じていた。
腹部を触れると赤い血がべっとりと手につく。
「ナイフまで仕込んでいるとは...」
「何があるかわかりませんからね」
カイロネスはナイフが刺さった状態でエルナトから離れた。
ナイフを抜き捨てた。
「はぁ...はぁ...こうも何度も躱されてしまったら何と言えば良いか。
では次にこれならどうするか!」
カイロネスはしゃがみ込み杖を地面につける。
この時、エルナトの意識にカイロネスの体内で魔力が激しく流動しているのが視えていた。
杖からビリビリと光が漏れ始める。
「『雷檻』」
研究所内に青白い閃光が走る。
(この雷の空間ならば雷に対する耐性が無ければ全方位からの雷で感電死する。
滅べ、偽りの星)
「ボン」
エルナトが指を曲げた状態から一気に手を開いた。
「はっ?」
カイロネスの服がゆっくりふわっと浮き上がる。
そして徐々に感じる熱さ。
今彼の目には眩い炎が映っている。
閃光が走るこの空間の中に紅き炎が一点を中心にぶわっと広がる。
それは急速に広がり研究所を覆った。
「ばかな...!!」
ブオォォォン。
次の瞬間には研究所は大爆発を起こしていた。
爆発は研究所を大破させたあとも外に広がった。
吹き飛ばされたカイロネスは地面に打ち付けられた。
やけどにナイフの傷が重なり身体を動かすのが重く感じていたカイロネス。
中々動く気配はない。
一方爆炎の中から無傷で姿を現したエルナト。
「覆われた空間においてありとあらゆる物質に雷を流し込み、全方位からの雷で感電死させる雷魔法。
流石にひやりとしました。まさかあの様な魔法を使えるなんて」
「これくらい当たり前の事です。研究者として生きる為には強くなくてはどうにもならないですから――」
「そうですか。でもその傷ではもうどうすることも出来ないと思いますよ」
カイロネスはかつての事を思い出した。
***
***
私は子供の頃から人一倍身体が弱かった。
だから家にいる事しか出来なかった。
そこで最初にしたことが天気の研究だった。
家の窓から見える薄黒い雲、青い天井、真っ白な雲。
それはもう様々な変化が存在した。
何十何百というパターンを見て調べた末、私は空が歩んだ時を見た。
薄黒い雲の前には必ず白い雲が存在し、その前には青い天井が広がっている。
薄黒い雲の後には必ず白い雲が存在し、その後には青い天井が広がっている。
それらが覆る事はなくまるでそういう運命なのだと感じた。
身体が幼い頃から弱かった私の様に。
次に私は魔法に興味を持った。
理由は単純だ。
周りが使っていたので自分もやってみたいと思ったからだ。
だが難しかった。
何も出来ない。
どうしても出来ない。
私は諦めた。
無理だと分かっている事を続けるのに意味はないと感じたからだ。
次に私は母を研究対象にした。
当時のオルグセイラは影人の襲来により一部の箇区では秩序はもはや崩壊していた。
か弱い私を養う母は日に日に弱っていった。
だが私の為に家を出て、一時間かけて買い出しに行かなければならなかった。
母は襲われた。
殴られ蹴られ、持っていた金品は全て奪われた。
ボロボロになって帰ってきた母は私を見るなり喋ることなく自室に戻った。
私は察した。
私が魔法の才能もなければ身体も弱い。
だからわざわざ遠くまで行かなければならない、そして襲われた。
母は私こそが元凶であると言わんばかりの瞳をしていた。
人間の喜怒哀楽とは天気と同じだった。
故に分かりやすかったのだ。
数カ月後、母は衰弱死した。
私の研究もここまでだ。
次は何を研究しようか。
そんな時、私は影人という存在に着目した。
だがその研究はこれまでよりも過酷だった。
何故ならば家を出なければならなかったからだ。
外は危険で満ち溢れていた。
強奪・暴行は日常茶飯事で荒れ地。
私は生きる為に、研究を続ける為に強くなる事を決意した。
そこで私は思ったのだ。
研究者として無謀で無意味で無駄な事に時間を費やすこと、それこそが世界の真理を突き詰め、己を高める事の出来る唯一の手段であると。
***
***
「これまでの研究に比べたらこれしきの傷など痛みでも何でもない!!」
カイロネスは杖を天に向けた。
「『雷雨』」
天から降り注ぐいくつもの雷。
ひとつはエルナトに向けて落ちた。
「....」
ふっと後ろに飛んで雷を躱すエルナト。
彼女が元々立っていた場所には雷がズドンと落ちた。
地面は軽く抉れ火花が散っている。
その状況は当たれば致命傷になるということを表していた。
「はぁ...はぁ...」
カイロネスの息が切れる中、エルナトは華麗に躱す。
躱しきれない雷は自身の上に石の壁を生成したり、石の塊を激突させ、降り注ぐ雷を尽く消していった。
「はぁ...この魔法でもそれぞれの落雷に干渉し枝分かれさせればさぞ強そうだったと思いますが――」
(何を言っているんだ。
この雷雨は雷魔法の中でも上級に位置する魔法だ。
それの膨大な魔力の塊にさらに干渉し応用するなど...魔法士の限界を超えている)
「――邪魔なので止めましょう」
「っ!?」
エルナトが一歩前に歩き出した瞬間、エルナトの背後で太い氷の柱が天に昇っていく。
雷が発生する少し下で止まり今度は横に広がっていった。
そして雷はその分厚い氷に狭まれ下に落ちてこなくなった。
「...ふっ。上級魔法を...」
「では次は私が。これを防げるでしょうか」
エルナトが天に手のひらを向けた。
足元から広がる冷気。
「『氷槍千刺』」
一度瞬きをすれば視界に広がる千の槍。
周囲を囲む槍を見てはもはや逃げる気も失うほどだった。
「受けてやりましょう」
カイロネスは杖を向けた。
その時どこからか声が聞こえた。
「凄い! あの槍!! どんな仕組みなんだろう」
カイロネスがふと横を振り向くとそこには子供が立っていた。
「あれはいつもここに侵入してきていたルディアのところ子供!?」
千の氷の槍は既に放たれた。
あの子供は死ぬであろう。
カイロネスはそう思った。
そう思ったのだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
気づけばカイロネスは子供に覆いかぶさり槍を雷で撃ち落としていた。
「こんな事を私にさせるとは、貴様は将来大物だ」
九百、八百六十、八百十...五百六十。
徐々に槍が減っていくがその度に雷の威力は弱まっていき撃ち落とせなくなっていく。
身体には氷の擦り傷が大量に出来ていた。
辺りは氷の残骸で身体が冷え、杖を握るのもやっと。
「あと少しだ...」
残り二百だったところでカイロネスの杖を握る腕に槍が突き刺さった。
そしてカイロネスは杖を落とす。
「....」
どうすることもできなくなったカイロネスの身体に一つの氷の槍が突き刺さった。
氷の槍は臓器に傷をつけ、さらには体内を冷気で急激に冷やし始めた。
冷気により活動がゆっくりになる生命。
「最期は何とも時秩衆らしい姿だったと思いますよ」
エルナトは全ての魔法を消失させた。
そしてエルナトは白いコートを靡かせてその場を去っていた。
「お、お兄さん、大丈夫??」
「ふっ、貴方は何度も私の研究室に訪れていた。そんなに興味があるのですか...」
「うん! 僕、ママとパパの為に悪いやつを倒す為に研究したいの!!」
「....ならばこれを時秩衆に渡しなさい」
カイロネスは服の内ポケットから小さな箱を取り出した。
それを子供に渡した。
「これは?」
「私の人生の成果。長い研究でした...」
「え?」
「それと研究がしたいのなら強くなると良い。
それが私が歩んだ時を得て導いた一つの答え」
カイロネスは仰向けになり寝転んだ。
「あぁ...今日は空が白い雲で覆われている。明日は薄暗い雲だろう。
だがそれが永遠ではない...また青い空が私達に希望を与える...」
カイロネスは目を瞑った。
「いつも邪魔をしていた子供、名は何という?」
「アルト!」
「そうかアルト。研究は好きか?」
「うん」
「研究を好きになるな、嫌いになるな。
本当に目指すのなら人生にするといいでしょう。
あなたがいずれオルグセイラの立派な研究者として活躍する日が来ることを願っている...」
(さて、次の研究は何にしようか)
「お兄さん!! お兄さん!!!!」
カイロネスを揺らす子供。
どれだけ激しく揺らそうとも彼はかつての様に怒る事はなくただ穏やかな顔で深い眠りについた。
きっと彼は死んでも尚、研究が人生である限り彼の研究はいつまでも続くのだろう。




