第49話【ネリア・ファリーナ】
「わぁ! ここが第二箇区っ!」
「とても賑やかな場所ですね!」
クロノスさんが言っていた通り、ここ第二箇区はどこを見ても家族連ればかりだ。
もはや俺達が浮いている程に。
「子供ばっかだと思ってたけど、結構俺達と年齢が近そうな人も多いな」
レインの言う通り、どこもかしこもちびっこばかりというわけではない。
確かにちびっこは多いけどかなり年齢はバラバラな印象だ。
あそこの噴水のところなんて若い男性と若い女性のペアが何組もいる。
「お付き合いをしている人達が多いです、ね!」
ミーシアスが俺の顔を見てきた。
「だな! にしても本当に俺達の場違い感が凄い...」
「まぁ、それは仕方ないわよ。
みんなおしゃれをしているけど私達は戦闘に適した最低限のおしゃれの服装だし。
私はああいう格好は似合わないだろうし、どうでも良いんだけどね」
「そうか? ルナこそ似合うと思うけど」
「なによ、いきなり。そんな何か期待されても私にはセンスがないから望み通りには出来ないわよ」
「そうなのか? リーズさんとか結構センスありそうだから受け継いでると思ってたんだけど」
「わかってないわね。お母さんは本当に、壊滅的なセンスよ」
「そ、そうなんだな」
そんな会話をしているとこちらに駆けてくる一人の子供。
淡い桃色の髪をしたその子供はどんどんとこちらに近づいてくる。
「とっとっと〜、もしかしてきみたちって冒険者だったりするよね!」
その子供は慌てて立ち止まり俺達のことを見上げてそう言った。
「そうだけど。もしかして迷子?」
「迷子?」
「迷子じゃないの?」
「あれ、もしかしてルディアのこと子供だと思ってるの?」
「もしかして――」
この子供がいった『ルディア』という言葉で思い出した。
クロノスさんが言ってた第二箇区を担当する人物のことを。
ということはもしかしてこの子供が――。
「この子供が時秩衆!?」
「ふふ〜ん、気がついたみたいだねってルディアは子供じゃないっ!」
どこからどう見ても子供のようにしか見えない。
身長的にはサユとさほど変わらないのだが、何と言うか見た目や言動から子供と思ってしまう。
「まったくルディア、このくだりをしたのは49回目だよ、もうっ!」
ちゃんと数えてるのかよ。
「そんなことより、きみたちの事はクロノスから聞いてるよ! この第二箇区を見て回りたいんだよね」
「せっかくなので」
「ならルディアに任せて。第二箇区の事は誰よりも知ってるからね!」
「お願いします」
***
俺達はルディアさんのあとに続いて辺りを見渡しながら第二箇区の様子を見ていた。
その時、とある光景が目に留まる。
何人かの子供達が遊んでいるのだ。
それはただ普通の微笑ましい光景だがその周りには大人は誰一人もおらず、ただ子供だけが遊んでいた。
「あの子達は...」
「聞いてるかもしれないけどこのオルグセイラは幾度となく影人の襲撃を受け、壊滅しては復興を繰り返してきたの。でも街並みは戻っても失った者達は二度と戻ることはない。
この第二箇区では影人の被害によって家族を失った子供達も多く存在しているんだ」
だからあの子達は一人でいるのか。
「ルディアは同じ時を歩んで欲しくないからこうして孤児を集めてるんだ」
「同じ時を...?」
「うん、ルディアも元々は孤児だったんだ。
もうあれが何回目の襲撃だったのかも覚えてないけど光景だけは今も鮮明に覚えてる」
***
***
あれはとある日の夜。
ルディアがまだ子供の頃。
突如鳴り響いた轟音で目を覚ました。
「逃げろ!!」
「襲撃だッ!!」
第二箇区の大人達がまだ眠りの中、判断も出来ない子供達に叫んでいた。
その数秒後には子供達は自分たちが今置かれている状況を理解し混乱が巻き起こった。
その中、ルディアはお母さん、お父さんと一緒に家を飛び出た。
ルディア達のような一般人に影人と戦える術はない。
出来ることはただひたすらに逃げて時秩衆の救済を待つのみ。
あちこちに子供、大人が倒れていた。
そしてまた一人、また一人とどんどんと影人に襲われていった。
「貴方!! ルディアを!!」
もちろん、ルディア達も同じだ。
お母さんは間一髪でルディアを押し飛ばした。
でもお母さんは間に合わず、気づけばそこには何もいなくなっていた。
「おかあさん!!!!」
泣いている暇はなかった。
でも喉から込み上げる言葉。
お父さんはそんなルディアを持ち上げ、再び走り出した。
「君達、こっちに逃げるんだ。ここは僕がどうにかする!!」
ルディア達が必死に違う箇区に移動しようとしていると時秩衆の銀髪の青年が声をかけてきた。
これでルディア達も助かる。
そう思っていた。
「ッ!!」
銀髪の青年が影人と競り合っていた。
お父さんは一度ルディアを降ろして、励ましてくれた。
「もう大丈夫だぞ。時秩衆が来てくれたんだ。
ここからはルディアは自分の足で走れるか」
「うん!」
きっとあの時のお父さんは無理をしてルディアを運んでくれていたんだと思う。
「さぁ、行こうか」
「―――っ!!」
お父さんの差し伸べてきた手。
ルディアは掴もうとした。
でもお父さんはゆっくりと後ろに倒れた。
「お父さん!!」
倒れたお父さんからは血が流れていた。
そしてそこには鋭い爪を持った影人が立っていた。
「キャァァ!」
「はぁ...はぁ...大丈夫」
ルディアの前からは影人は消え、一人の女性が私を抱きしめていた。
その体はとても暖かく、ルディアの心を少し埋めてくれた、そんな気がした。
「クロ! ここは私に任せてちょうだい。その代わりにこの子を!」
「でもこの数はネリアだけじゃ、到底無理だ。僕もここに残るよ!」
「いいから早く!! まだ他にも子供達がいるの!! 家族を失った子供達が、だからお願い!!」
「...またか」
銀髪の青年はルディアのとこに駆け寄ってきて、手を握ってきた。
抱きしめてくれた女性はルディアの頭をそっと撫でてくれた。
「良い? このお兄さんの言う事を聞いて。そうしたら無事に生きられるから。わかった?」
「...うん。でもお姉さんは?」
「大丈夫。だって私は第二箇区の時秩衆――ネリアなんだから!!」
ルディアは銀髪の青年と一緒にその場を離れるために走り出した。
背後で聞こえる戦闘の音。
「クロ、生きなさい!!!!」
「....っ!」
銀髪の青年の顔は険しかった。
今でも覚えている。
そして彼はルディアの手を引っ張りながら「後ろを振り向くな」と一言。
「この街は、この国は私が護る。さぁ、来なさい。影人っ!!」
影人の雄叫び。
何かが散る音。
「時が紡いだ幾千もの過去は今を形作り新たな時を紡ぎ続ける。それは決して途切れる事のない運命であり私達が導く未来。私は時を紡ぎ護る時秩衆のネリア・ファリーナである!」
お姉さんの言葉はそこで一瞬途切れた。
嗚咽の様な音も聞こえた。
さらには影人の声も先程までの何倍にもなっていた気がした。
「今、時は転機の狭間にいる。この苦境を乗り越える為にそなたの力を私に授け給え――」
「急ぐぞ」
銀髪の青年はさらに走るスピードを早めてきた。
ルディアは必死に追いかける。
「――全ては来世の為に。『巡刻反界』!!」
ルディアはその時不思議な感覚に陥った。
前に、未来に向かって進んでいるはずなのに過去に戻っているような、簡単に言葉に表すことの出来ない現象。
ルディアは気になって後ろを少し見た。
お姉さんの体に突き刺さる影人の鋭い爪、剣、槍、足。
お姉さんは微笑み指を高く天に向けていた。
周囲にいるざっと三十以上の影人。
それらは行動が巻き戻るかのように動いていた。
そして高速に不自然な挙動をした影人は一斉に砕けっ散った。
「お姉さん!!」
「戻るな!」
ルディアは銀髪の青年の手を振り払って、お姉さんのもとに走った。
お姉さんは相当な怪我をしているようで口からは血を吐き出していた。
当時の幼いルディアでさえお姉さんは無事では居られないと思っていた。
「お姉さん、大丈夫!?」
荒い息をしながら地面に座り込んでいるお姉さん。
「ここは危ない。だから僕と行こう」
「いやだ!」
「...そんな事を言われても。言う事を聞いてくれ」
ルディアが喚いているとお姉さんが手を頭の上にちょこんっと乗せてきた。
「大切な何かを失っても進める強さ。それは私達が時を歩むのに必要な事。
だから、だから、君にこの国を託す....わ」
「お姉さんがいるから大丈夫なんでしょ! だからこれからもお姉さんが!」
「きっとこれから沢山辛い事があるわ。でもね、時ってものはいつも冷酷で残酷、沈黙を貫いているの。
花が枯れる様に私も逝く。それが時なのよ」
「嫌だよ...」
「過去を糧に生きなさい。
そしてクロ、ごめんね。また同じことを...。
後のことは任せたわよ...」
お姉さんの手がすらりと地面に落ちる。
目の光は絶え、まるで枯れた花の様に生気を失った。
ルディアはその時、泣いた。
抑え込んでいた感情が。
全てを失った悲しみが、悔しさが。
逃げるために、生きるために塞いだ気持ちが決壊した様に一気に押し寄せてきた。
***
***
「時は常に沈黙し、ルディア達をただ傍観している。
でもそれに何か不満が有るわけでもない。
だってサトゥールヌスが歩んでいないのならルディアはあの出会いもしていないし、こうして生きている事もないんだしっ!」
ルディアさんの話を聞く限り、本当に影人は昔からいるようだ。
しかも影人は近年だけでなく昔から無意味な襲撃をしかけては多くの犠牲者を出していたようだ。
前に言っていた時秩衆の死者四人のうちの一人はルディアさんの話の中に出てきていたネリア・ファリーナさんなのだろうか。
「そう言えば――」
レインが何かを言い出した。
「クロって、その人も時秩衆なんですか?」
「そうだよっ。みんな――」
ルディアさんが何かを話そうとしていた時、後ろから「何度言えば理解して頂けるのか」と機嫌の悪そうな口調で言っているのが聞こえてきた。
「あれ、カイロネスさんどうしたの??」
「また貴方の所の子供が私の箇区に侵入していたんだ」
「まぁ、子供は元気な方が良いじゃんっ!」
「何度も言っているが私の箇区は影人の実験・研究を行っている。
それには現場の証拠が必要なのだ。そこに子供が入ってしまっては状態が変わってしまう」
「それはごめんなさいっ!」
「はぁ」
高身長の男性。
やはり他の人と一緒で貴族っぽい服装をしている。
黒髪のその男性はカイロネスと言うらしい。
時秩衆だ。
カイロネスさんは掴んでいた子供を軽くぽいっと投げるとどこかに去って行った。
「あはは、本当はいい人なんだよっ。ただ研究の事になると頭おかしくなっちゃうから気をつけて」
「あ、は、はい」
「それじゃあ、早速他のとこも見てみよう〜」
なんだろうこの感覚。
まるでサユの相手をしているような感じだ。
俺達はルディアさんの進む方へと周りを見渡しながらついて行った。




