第39話【迫る星の紋章】
そうだ。
そうだったんだ。
俺は完全に忘れていた。
マネストに足を踏み入れた瞬間、周りで作業をしていた人達が一斉に手を止め、こちらを見つめてきた。
それはどこか軽蔑するような視線。
少なくとも良いものではないと直感で感じた。
朝、何も思わずあの新聞の話を聞いた。
だが今思えばあれはあの家の中だったからこそ普通に過ぎた出来事。
リーズさん達は俺の事情を知っている。
でもマネストの人々には短い間だけれど隠してきた。
だが今回の魔巣主討伐によって俺の名前が完全に出てしまった。
その時点でマネストで討伐した者と称えられていたクライは失星未遂の犯人のクライドに変わっていたんだ。
この視線...辛い。
慣れたと思っていた。
でも慣れない。
無能だと蔑まれ始めたあの時に感じた感情。
今まで普通だった人達がいきなり送ってくる視線が変わる。
耐えられない。
逃げ出したい。
「クライ、怯える必要なんてないわよ」
「っ!」
ルナが俺の手を軽く握ってきた。
「びっくりしたでしょ? 手を繋いだら気がつくかなって。
変な事は考えるんじゃないわよ」
「...え、あぁ」
一人の見知らぬ男がこちらに近づいてきた。
何をさせるんだ。
罪を犯した者への罵声か。
覚悟は出来ていないが避けられないのなら仕方がない...。
「ありがとう、な」
「....?」
その言葉に混乱した。
俺の聞き間違えなのか。
「勿論、他の冒険者の人達にも感謝してるけどよ、あんなすげぇ竜を倒すなんてよ!」
「で、でも俺は――!」
「んなもん関係ないし、知らねぇよ。俺達が知ってるのはクライだ。
このマネストを救ってくれた竜殺しのクライ。
詳しいことはわからねぇけどよ、大方想像はつく。だからここにいる誰もがクライを責めたり何かしねぇよ」
俺をクライとして...ここの人達は俺を信じてくれるのか。
蔑んだりしないのか。
俺を...俺を...。
「お兄ちゃん、あの時は助けてくれてありがとう!!」
「本当にありがとうございます!!」
「竜が迫ってきた時は本当に死ぬかと思ったぜ。守ってくれてありがとな」
いろいろな人が声をかけてくれた。
この俺がこんなに人に感謝させるなんて。
「ね? 怯える必要なんてないでしょ?」
「ルナ...でも...」
「あの私がこうして受け入れられているのよ。それが何よりの根拠」
「....皆さん、ありがとうございます!」
俺は深々とお辞儀をした。
みんなが大きな声で笑った。
「しゃあ、礼も言えたことだし続きやっか!」
「「「おぉ!!!」」」
一人の男が全体にそう言うと、皆一丸となって声をあげ作業を再開した。
「ほら、クライ。私達も手伝うわよ」
「...そうだな!」
***
それからというもの俺達は長い時間をかけて片付けをした。
途中でご飯を振る舞ってくれた人もいたし、馬鹿みたいな事をしたりして笑いあった。
ついこの間まで災害の被害にあっていた場所とは思えない雰囲気だ。
俺が眠っていた数日の間にある程度の片付けは行われていたらしいがそれでも未だに様々なものが散らかっている。
これからは建物の修復や行方不明者の捜索などが行われるそうだ。
そこらへんのことは俺達の出来る事ではないから専門の人達に任せることとなった。
***
日はさらに過ぎた。
瓦礫は完全に片付けられ、既に建物の修復作業が始まっている。
何とも早い復興速度だ。
マネストという特殊な都市だからこそ力持ちも多いのだろうか。
そして今はルナと一緒にマネストの街を歩いていたのだが――。
「クライド・アンサラー、貴様を失星未遂として今この場で捕縛する」
俺は一つ見落としていた。
あの新聞が出てしまったこと、この地で目立ってしまった事の問題を。
「私は冒険者協会ルーゼルト王国ギルド提携店管理責任者――アーネルド・ルースター様である。そして今ここで貴様を捕縛する者だ」
「ルースター...!」
あの新聞によって俺の居場所は丸わかりになってしまった。
そしてその地に最も近いのはこの男、ルースター。
あの時の戦闘をおそらく見ていたか、部下から伝え聞いたのだろう。
「無駄な抵抗はしない方が良いぞ! さもないと貴様の仲間の命は――」
「サユ達に何をする気だ!」
「別に何もする気はないが、貴様が指示に従わないのなら話は変わってくる」
「....っ」
どうする。
逃げるか。
いや、逃げればサユ達に危険が。
だからと言ってここでそう簡単に捕まるわけにはいかない。
何の為にこれまで隠れてきたんだ。
何の為にみんなのもとに戻らなかったんだ。
「クライ...!」
「ルナ、あっちの森に俺は走る」
「な、何言ってるのよ」
「ここで捕まるわけにはいかない」
「私も行くわ」
「でも...」
「あとの事はあとで考えればいいのよ。まずは今の事を考えるのよ」
「何をコソコソ話しているのか知らないが、さぁ、私の出世の為にその身をこちらに」
最高速度でこの場を離れる。
「ルナ、悪い」
「え?」
俺はルナを腕に抱いた。
「『加速』」
俺は走り出した。
「貴様、どこへ行く気だッ!!!」
***
***
一方その頃、王都の外では。
「まだ本当にクライドさんはいるんでしょうか...」
「きっとお兄ちゃんはいる! 信じよっ!」
サユ、ミーシアス、レイン。
さらには話を聞いたレヴァント、ロイスが馬車に乗り魔巣都市――マネストへと向かっていた。
エリーナ、ディパーシー、コレット、アイナ、フェンはルーアの留守番相手、協会の動きを調べている。
「にしてもだだっ広い草原だな」
「ここら周辺は恐らくネスタナとルーゼルトの緩衝地帯だと思いますよ。
それはもう昔の話ですけど、それ以来開発がされていないのでしょう」
「へぇ、そんな事があったのか」
レヴァントが突如、馬車の中で立ち上がった。
「どうしたんですか! ギータさん!」
「罠なのか偶然なのか。どちらにせよ、先を読まれていたのは確か、か」
「え?」
「お前達は先に進め。ロイス、あとは任せたぞ」
ロイスは何かを察したかのようにレヴァントの問いかけに頷いた。
「来たな」
レヴァントは剣を抜き、勢いよく馬車から飛び降りた。
その瞬間、激しい火花と突風が巻き起こる。
「きゃっ!」
あまりの風に馬車が激しく揺れ動く。
「.......」
競り合う剣と長刃。
激しく靡く白いコート。
陽の光を反射する金色の紋章。
「直接お会いするのは初めてですね、黒竜のレヴァント」
「こちらこそだ。偽りの星の使者、カストール・ポルックス」
二人が対面している間に馬車は速度を上げその場を離れたのだった。




