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第32話【偽りの星の使い】

 ルナ達と出会って実に一ヶ月の時が過ぎた。

 最初こそは協会に怯えながら過ごしていたが今ではそんな事は一切ない。

 もはやこのまま逃げ切れるのではないかとも思っている。

 そう、そんな事を思えるほどに協会は動いていない。

 何かしら情報が流れてきてもおかしくはないがあれ以来、新聞で何かが掲載されるわけでもなく大規模な捜索も行われてはいないようだ。


 あの新聞は脅しで俺が自首することを目的としていたのだろうか。

 何にせよ今は環境にも慣れ、意外にも幸せに暮らしている。

 この家の人たちは本当に優しい。

 マネストでちまちまと依頼をこなしたり魔巣(まそう)に行ったりを繰り返しているうちに俺は、というかクライとしての俺はレベルが4になった。

 ルグリアとはレベルの昇格基準が違うのでやはり俺としてはこのマネストの昇格基準の方が合っている気もする。


 最近は時間も出来、サユと出会って以来、あまりしていなかった剣の修行をしている。

 あの日、父さんから教えてもらった事を思い出しながら。

 そしてなぜだがわからないがルナを一緒に剣の修行をするようになった。

 だがルナの周りにはふわふわと精霊が良く飛んでいて気が散る。


 まぁ、こんな感じで順風満帆に生活しているわけだが、それでも不安はある。

 それはサユ達だ。

 何度か手紙を送ってみたが返事は一切なかった。

 もしかしたら途中で検閲されるかもと思い、大した内容は書いていないのだが返信がないと不安だ。

 何か問題が起きているのかもしれない、協会に何かされているのかもしれない。

 そんな不安が俺の心を支配する。


 サユ、レイン、ミーシアス、ロイスさんたち...。

 元気にしてるだろうか。

 俺は無事だからどうかそちらも無事で居て欲しい。


***


 俺達は今ギルドに来ている。


「何だか騒がしいわね」


 確かに今思えば騒がしいような気がする。

 ギルドの職員の人達がバタバタしている。

 何かあったのだろうか?


「あ、二人とも、こんにちは」


 いつもの受付のエッタさんが声をかけてきた。


「何だか騒がしいですね」

「そうなのよ。もう少ししたらマネストの冒険者やその他の人達にも伝えられること何だけど――。

 実は小型の魔巣(まそう)近辺で魔素侵食体(コラプテッド)が出現したらしくて....既に複数人の冒険者で討伐したんだけどね」


 魔素侵食体(コラプテッド)の出現。

 俺が倒したのは魔巣(まそう)内の魔素侵食体(コラプテッド)だ。

 魔素侵食体(コラプテッド)魔巣(まそう)の外に出てくることは決してない。

 とある例を除いては。


「もし魔素侵食体(コラプテッド)がこれ以上、外に出てきたらかなりまずいってことよね」

「そうだな。旧第三都市ルサーリアみたいになるかもしれない」

「貴重な資源があるマネストがそうなってしまったらかなりまずいことになる...」


 ジャリン。

 俺達が悩んでいるとエッタさんがカウンターに布袋を置いた。


「はい、これ前回の討伐分の報酬。

 それで、もしかしたら二人も何かあったら招集があるかもしれないから出来れば準備をしておいてね」

「「わかりました」」


 俺達は報酬を受け取り、ギルドをあとにした。


***


 マネストの都外。

 それは家に帰っている道中での出来事だった。


「キャァァァ!!」


 どこからともなく聞こえてくる誰かの悲鳴。

 数名の人々がこちらに走ってくる。

 馬車は宙に舞い、一瞬にしてボロボロになった。


「あれってまさか...」

「えぇ、間違いなく魔素侵食体(コラプテッド)ね。

 でもここらの都外には近くに魔巣(まそう)はないのにどうしているか...」

「移動してきたんじゃないか?」

「他の冒険者にバレずにここまで移動してくるって、魔物なのにどれだけの知能があるのよ。

 そんな魔物が現れたら最悪よ、ほんと」


 馬車から逃げ出してきた男性達や女性達が俺達の横を通り過ぎていく。

 つまりはこの魔物を俺達が倒さないとマネストに被害が及ぶ。

 やるしかない。


 俺とルナは柄を握り、剣を引き抜く体勢に。


「良いか、ルナ。無理はするなよ」

「言われなくても分かってるわよ。というかあなたこそね」

「行くぞ」

「えぇ」


 迫る魔物に足を一歩進めようとしたその時、何者かが俺達の目の前に立ちはだかった。

 白いコートを着ているその者は長刃を鞘から取り出すやいなや飛び上がった。


 長刃を華麗に滑らかに、それでいて動く刃を予測出来ないほどの剣捌き。

 五秒もしないうちに魔物は斬り刻まれ魔石と化していた。

 スタッと着地をしたその者は長刃を再び鞘へ納めようとしていた。

 着地の反動でコートが靡いている。

 コートの腕には光る金色の星の紋章。


「!?」


 俺はすぐに気づいた。

 あの紋章が何を意味するのか。

 身につけているものや髪型を少しは変えてみてはいるもののもしかしたらバレるかもしれない。

 ここは逃げるしか無い。


「ルナ」

「?」


 俺はとっさに剣を鞘に納め、ルナの手を引っ張った。


「冒険者のお二人、お怪我は無いですか?」

「あ、は、はい」


 俺は後ろを向いたまま返事をした。


「それでお二人はどこへ行かれるのですか?」

「都市に戻ろうと思いまして...」

「あれ、ですがお二人は都市から出てきていませんでしたか?」

「そ、それは...」


 これ、もしかして怪しまれているのか。


「悲鳴が聞こえてここまで来たんです」


 俺が言葉に詰まっているとルナがそう返答した。


「あぁ! そうでしたか。

 それはありがとうございます。僕達だけでは流石に討伐しきれませんからね。

 ところでそんなお二人の名前を伺っても宜しいですか?」

「な、名前ですか?」

「はい、ここ最近の不審な動きをしている者が多くて。

 なのでこうして出会った冒険者の名を覚えておこうと思ったんです」


 一体、どんな記憶力をしているんだ、この男は。


「僕は親愛なる(しち)使星しせい、エルナト様の使い――カストール・ポルックスと言います」


 カストールと名乗った男は(しち)使星しせい、エルナト様の使いと言った。

 その人物は(しち)使星しせい、序列『漆』――エルナト・アンナトフという女性だそう。

 エルナトは序列が最下位でありながらその実力は未知数であり、戦闘をしているところを見た者はいないという。

 さらには目撃情報も少ない事から一部では『偽りの星』とも言われているそうだ。


 確かに彼女が何かをしたとかいう話をこれまでに一度も聞いたことがない。

 そして周りからは色々と言われている。

 身分は違えどどこか親近感が湧く。


「それでお二人の名前は?」


 本名を語るわけにはいかない。

 ここはこれまで使ってきた名前で行くしか無いだろう。


「クライです」

「私はルナシーラ・ウェルナンです」

「ご協力ありがとうございます。

 それでは僕は他にも用がありますのでここらで失礼させていただきます。

 それと魔物もそうですがもしかしたら大変危険な人間が来訪しているかもしれませんのでお気をつけて」


 カストールがどこかに立ち去る音がした。

 俺は決して振り返らずそのまま一度マネストまで引き返すことにした。

 

 それにしてもあの最後の言葉、まるで俺に直接言ってきているかのようだった。

 まぁ、気のせいだろう。

 そうに決まっている。


***


 あの後、カストールに尾行されていないか確認しながら特に何か用があるわけでもないがしばらくの間、マネストを歩き回った。

 その後安全を確認した俺達は警戒しながら家に帰ってきた。


 今はやる事を済ませ、すっかり暗くなった空をルナと座って眺めていた。

 今日の風は心地良。

 空気が透き通っていて落ち着く。


「はぁ...今日はいつもよりやけに疲れた」

「そうね。大部分がクライのせいだけど」

「いや、まぁ、それはすまん。でも俺は追われたいわけじゃないんだ」

「知ってる。クライがもっと強かったら協会を潰して早くここから出ていくのにね」

「そんなに嫌なのかよ」

「別に嫌ってわけじゃないけど、まだクライが家にいるのが違和感なのよね。

 一ヶ月以上もこうして同年代といるのって初めてだし...」


 ゼインさんが言っていた話だ。

 やはりルナは寂しかったんだろうか。


 俺は疲れを吐き出すように大きなため息をつく。

 丁寧に切られた草に横になりその先に広がる星の空を見つめた。


「ルナはずっと一人だったのか?」

「何よ、いきなり」


 何となく聞いてみたくなった。

 ゼインさんからは聞いたが彼女の口からも聞きたかった。

 

「...こんな所にいる時点で分かるでしょ」

「でもルナはマネストの人達と仲が良かったように見えたけど?」


 これまでの時間で俺はルナと何度もマネストに訪れた。

 その度にルナは声をかけたりかけられたり、少なくとも交流を遮断しているようには見えなかった。

 何も知らない人から見れば愛嬌のある可愛い女性に見えるだろう。


「それは私を知らないからよ」


 ルナも横になり空を見上げだす。


「前にも言ったでしょ。私は今まで誰ともパーティーを組んだこともないし、誰かと一緒に戦ったりもしなかった。それは精霊のことがあるから。

 精霊が見えない人達からしたら私は不思議な力を使い、不自然な行動をする人。

 気色悪がられるだけ」

「そんな事ないとは思うけど」

「それはね、クライが見えるからそう思うだけなのよ。

 精霊は普通の人にとっては空に光る星のように当たり前に見える光じゃない。

 だから私は光を見せないようにした。

 その結果がこれよ。可愛げもなくて性格もひねくれて、ろくに協力も出来なくて...普通に生きたかった」


 普通に生きたかったか。

 その気持は痛いほどわかる。

 俺だって母さん、父さんと普通に暮らしたかった。

 でもその願いは遥か遠く、永遠に叶わない願いになってしまった。

 それはルナも同じできっと永遠に精霊から解き放たれることはない。


 でもルナは一人じゃない。

 ルセルさんだって、俺だっている。

 だからそんなに自分を卑下しないで欲しい。


「...だったら友達になる、か?」


 俺は上体を起こしてルナを見て言った。

 それを聞いたルナはこれまでに見たこともない何とも言えない表情をしていた。


「いきなり何よ」

「めちゃくちゃいい提案をしたつもりだったんだけど」

「...ほんとばかね。考えておくけど」

「ったく素直じゃないな」


 そろそろ寒くなってきたので家に戻ることにした。

 立ち上がり服についた汚れを払う。


「家に入るけど、ルナも戻るか?」

「ちょっと暑いから、もうちょっと涼んでいく」

「そうか。あんま涼みすぎるなよ。風引くからな」

「そんなの子どもじゃないんだから分かってるわよ」


 俺は着ていたコートを脱ぎ、ルナの顔の上に落とした。

 そして家の扉を開きに歩きだす。


「...もうちょっと優しく出来ないの、クライのばか」

「なんか言ったか?」

「言ってない! 早く戻りなさいよ!!」


 最近、ルナの言動に慣れてきたと思っていたけどどうやらまだまだ時間がかかりそうだ。

 親子揃って扱いが大変だな。


 そんな事を思いながら俺は家に入ったのだった。

 

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