第31話【知れ渡る】
クライド失踪から三日。
家の中はかつてないほどに静かだった。
サユ達は捜索の疲労、精神的衰弱により体も心も疲弊しきっていた。
「お兄ちゃん...どこにいるの」
テーブルに伏せるサユは小さな声でそう呟いた。
***
その頃、黒龍のパーティーでは――。
「ん〜中々ギルドはクライドさんの事を取り合ってくれませんね」
「そうかもしれないけど、どちらかと言えば対応に困っているのだと思うわよ。
あのヘルベティオスが出てくるということはまた何かしら協会は企んでいるのよ」
「二人とも、外でその話をするのはやめておけ。
俺達は部分的には協会側の存在だ。今の発言が協会に届けば面倒なことになる」
「確かにそうだけど....僕は悔しいよ。せっかく仲良くなれたってのに」
レヴァントは静かに拳を握った。
「あの男はそう簡単にはしなないだろう。
そう願って俺達は探すまでだ」
「そうだね。あとはクライドさんの仲間たちの安全も確保しないと。
協会なら何をするかわからないからね」
「そうだな。気にかけておく必要がありそうだ」
歩きながら話す三人。
そこであることに気がつく。
「おい、あいつはどこに行ったんだ?」
ディパーシーの姿がどこにもない。
三人は辺りを見渡した。
すると後ろの方で何かを買っているディパーシーの姿を発見した。
エリーナは大きな声でディパーシーを呼ぶ。
「勝手な事をしないで!!」
「あはは! 待ってくれ!」
何かを買ったディパーシーは勢いよく三人のもとにやってきた。
片手には串焼き、もう片方には新聞。
「どうしたの? 新聞なんて珍しいね」
「いや、見覚えのある名前が載ってるなぁって思って! おっ! これウマ!」
ディパーシーは三人に新聞を見せた。
皆、一斉に目を開き驚いた。
***
その頃、ロイス達は――。
「クライドさん...一体どこにいるんですか」
「クライドくんのことも気になるけど、サユちゃん達が大丈夫なのかも心配...」
「ったく無能のくせに心配かけやがって」
ドーテは椅子から立ち上がりテーブルの上に置かれているコップを手に持った。
そしてそのまま一気に飲み干し再びテーブルに置く。
「ドーテ、あまり酒は飲みすぎるなよ」
「んなこと言われなくてもわかってる」
その時、家の扉がバンっと音をたてて開いた。
そこには慌ただしく帰ってきたフェンの姿があった。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「こ、これを見てくれ!!」
フェンはテーブルの上に一つの新聞を広げた。
皆、覗き込む。
「こ、これは...!?」
「うそ...」
***
気分転換がてら外に出かけていたサユとミーシアス。
外は夜でもないのに黒い雲に覆われ明るさがない。
まるでサユ達の心を映すかのような空の下をとぼとぼ歩いていた。
「何か食べたい物はある?」
「なんでも大丈夫です!」
「お兄ちゃんを探すためには体力がないと。だからしっかり食べてね」
「わかりました!」
いつもなら笑顔で歩いていたいつもの買い物道も今となってはそんな過去があったと思えないほどに静かな二人。
そんな二人を呼ぶ声がした。
「おーい!!」
二人は振り返る。
そこには全力で走ってくるレインがいた。
「汗、凄いよ」
「家にいなかったから探したんだ」
相当走ったのかレインは息がきれている。
深く吸って深く吐く。
呼吸を整えたレインは二人にとある話をしだした。
「さっき、シルさんに会ったんだ。その時これを受け取った」
レインは二人に手に持っていた新聞を渡した。
二人はその新聞を開いて見た。
「これって?」
「え...」
二人は状況を理解出来ないでいた。
新聞に大々的に書かれた『クライド・アンサラーによる暗殺未遂』。
それは二人をこれまで以上に精神を蝕む。
「ねぇ、これって嘘だよね。お兄ちゃん、こんな事してないよ!!」
「おかしいです! 私も、他の方達も見てましたから、無実だって、証明出来ます! だからこれは間違った情報だって...訂正してって協会に言いに行きましょう! レインさん!」
「....無理だ」
レインは下を向いて二人にそう言った。
「俺も何かの間違いだって、シルさんにこれを見せた時に伝えたんだ。
でもシルさんは、分かってるけど協会のトップが決めた事はどうもできないって...。それともしかしたら俺達も狙われるかもしれないから当面の間は身を潜めた方が良いって...」
「そ、そんな...」
ポタポタと黒い雲から水が滴る。
「俺のせいだ...」
「え?」
「あの男は、魔巣に入った事に怒っていた。
俺が妹を助けて欲しいなんてお願いしたから、優しいクライドは断れずに魔巣に踏み入った。そのせいでこんなことに....」
レインは歯を食いしばりながら手を拳にする。
雨は強まり三人はずぶ濡れになっていた。
「すまなかった...すまなかった...すまなかった....」
「....」
「....」
泣いて地面に座り込むレインを二人は呆然として見つめている。
もはや三人には何も見えない、聞こえない。
考えたくもない。
全てに絶望し、進む気力を失っていた。
ただいつもは何も思わない雨の音だけがうるさく鳴り響く。
手に持っていた新聞は雨によってびしょびしょになった。
サユが指の力を緩めた時、新聞は風に乗ってどこかに飛ばされていった。
***
***
ネスタナ王国第二都市サンチュリナ。
「ヘルベティオスさん、暴れないでください。
おかげで新聞が濡れてしまいました」
女性が濡れた新聞を持ち上げた。
「これを片付けておいて貰える?」
「かしこまりました」
近くに立っていた使用人が布で丁寧に机を拭き始めた。
女性は立ち上がり濡れた新聞紙をゴミ箱の中に捨てた。
「ったく....」
ヘルベティオスは何やら苛立っているようでソファに座りながら右足をどんどんとひたすらに動かしている。
「ヘルベティオスさん、それをやめてください。
それと何度私の部屋に来たら気が済むのですか?」
「チッ、来たくて来てるわけじゃねぇ。
俺はさっき見た、なんか用意してんだろ」
「あ、その件でしたか。
ちょうど良かったです。ご紹介しますよ」
「あ?」
「入っても構わないですよ」
女性がそう言うと扉が開く。
そこには白衣を着てメガネをかけた男性がおり、「失礼致します」と言って入室した。
扉が閉まり、ヘルベティオスはその男を睨みつける。
「誰だこいつ」
「申し遅れました。ワタクシ、オホール・ルフォと申します。
そちらのエルナト様よりご依頼を受け参上した次第です」
「エルナト、こいつは何なんだ」
「そうですねー....」
エルナトはゆっくりと机に置いてあったもう一つの新聞を手に取り、ヘルベティオス達の目の前にあるテーブルにそっと置いた。
そして何も言わずに自身の椅子に座った。
「いずれ分かると思います。まずはオホールさんの指示に従って行動してください」
「なんで俺がこんなやつの言う事を――!」
「聞けないと言うのなら仕方がありません。あなたを手助けするのはもうやめます」
「チッ...わかった。聞けば良いんだろう」
「珍しく物分りが良いようですね。それではオホールさん、あとはよろしくお願いします」
オホールはエルナトに向かって深々とお辞儀をした。
「勿論です。必ずやご希望通りの結果にしてみせましょう! ワタクシの研究の為にも!」
「それでは私の部屋から出ていって下さい」
エルナトがそう言うとヘルベティオスとオホールは部屋を去っていった。
静かになった部屋で遠くに置かれた新聞を眺めるエルナト。
「いつの時代も厄介な存在は生まれるものなんですか」
エルナトは一人で呟いたのだった。




