第2話【ダンジョン】
翌日。
ギルドのカウンターで受付嬢のシルさんとサユが話している。
「ミーシアさん! 六階層に行かせてよぉ!」
「それはだめよ。知っているでしょ?
六階層からはさらに敵が強くなるんだから危険なのよ。
それにあなた達は二人でしょ? なおさらだめよ」
「えーケチケチぃ〜」
サユはどうやらダンジョンの六階層に行きたいらしい。
確かに五階層でくすぶっていてはお金も稼げない。
だから六階層に行きたいという気持ちもわかるがシルさんが言う通り敵がさらに強くなる。
どこかで聞いたがそもそも五階層以降は四人パーティー用だとか。
今まで難なく周回出来ていたのもサユのおかげだ。
「ほら、サユ。シルさんに無理だって言われてるんだから諦めよう。
あんまり迷惑をかけるのもあれだから」
「でも、お兄ちゃん! もっと稼がないと貯蓄も底をついちゃうよ!」
「俺が採取系の依頼でコツコツ貯めるよ」
「それだとお兄ちゃんが年老いるまで時間がかかっちゃうって!」
「か、稼げるんだからな! 案外!!」
稼げる。
とんでもない数の依頼をこなせばだが。
まぁ、今日は依頼を受けるのは諦めた方が良いかもしれない。
いつもの様に五階層以下でコツコツと魔物を倒すしかないようだ。
「サユ、また今度行こう。シルさん、すいません。俺達はちょっと帰ります」
「ごめんなさいね。あなた達の気持ちもわかるけど協会での決まりだから」
「全然大丈夫です。ほら、サユ、帰るぞ」
「えぇ〜〜ダンジョン〜!!!」
俺は駄々をこねるサユの手を引っ張りギルドを出た。
***
「お兄ちゃん、なんであそこで折れちゃうかな? もっとぐいぐい行けば行けたかもしれないじゃん!」
「シルさんの優しさにつけ込もうとするな。これまで通り五階層で大人しくしておこう」
「稼げないよ〜。そもそも冒険者協会に持っていかれすぎなんだよ! よしっ、倒そう!!」
「それが出来たら俺達じゃない他の冒険者が既にやってるよ」
冒険者協会ってのは俺達、所謂冒険者の管理をしている組織だ。
冒険者登録なども冒険者協会が行っている。
この世界では冒険者協会という存在はとてつもなく大きい。
世界に点在する全てのギルドが冒険者協会の管理下にある。
噂によるといくつかの国とかなりずぶずぶな関係だとか。
要するに国からも頼られるほどの巨大組織。
そんな冒険者協会は俺達から一定の硬貨を徴収していく。
昔はまだそこまでだったらしいのだが時代が進むごとに徴収の額を上がっている。
正直、俺達みたいな貧困冒険者からしたら迷惑な話しである。
でも納める対価としてダンジョンに行けたり入国料免除といった見返りもあるのだがそれでもきつい。
もう少し下げられないものなのだろうか。
「冒険者協会の人はどんな気持ちなんだろうね! こんなにいろんな人の恨みを買ってるのに」
「まぁ、仕事だから仕方ないよ。俺達は大人しく納めておこう」
「そんなんでいいの〜? いつか全額とかになるかもよ」
「そうなったらアザンさんのとこで鍛冶職を始めるかもなぁ」
「多分無理だよ」
「なんでだよ」
***
俺達はいつも通っているダンジョンにやってきていた。
このダンジョンはあまり人を見かけない。
いや、一階層とかではよく見かけるのだが俺達がいる五階層では滅多に見ない。
みんな六階層以上にいるのだろうか。
俺達だけ五階層、何とも言えない気持ちだ。
それもこれも俺が弱いせいなんだけど。
もし強かったらきっとシルさんは二人でも六階層に行くことを許してくれたはずだ。
本当にサユには迷惑をかけてばかっだ。
「相変わらず五階層には人いないね〜」
「六階層にでも行ったんだろ。羨ましいな」
「だぁかぁらぁ! 言ったじゃん! もっと責めればシルさんは許してくれたはずなんだから!」
「そんなの出来るわけないだろ」
「お兄ちゃん、顔はまぁまぁ良いから落とせるはず! 行け、兄!」
「そんな事は良いから魔物を探すぞ」
***
石が積まれ作られた壁に石が敷き詰められた床と天井。
壁には少しばかりの松明の火の灯り。
一年を通してダンジョン内は涼しい。
理由はわからない。
壁に苔が生えていてかなり汚れている。
今にも変な虫でも出そうな環境だ。
そんなダンジョンを俺達はいつものように歩いていた。
「今日はあんまり魔物がいないね」
「そうだな。六階層に行った連中が道中で狩り尽くしたんだろう」
「くっ、私達の生活がかかっているのに。やむを得ない、お兄ちゃん、この苔売れるかな?」
サユは壁に生えていた苔をむしって俺に見せてきた。
もちろんだが、というか当たり前のことだがダンジョンに生えている何の需要もないその苔に価値はない。
なので――
「売れるわけがないだろ」
売れたら俺は冒険者を止めているだろう。
冒険者協会に登録しながら苔採取者でも始めている。
でも苔に価値が生まれることなんてない。
この世はそう楽に生きれるようには作られていないのだ。
「ん〜、あっ! ダンジョンって別に監視とかはされてなかったよね」
「確かそうだな。ダンジョン内の事故は自己責任って言ってるくらいだし」
「ふふ〜ん!」
サユが明らかに何かを企んだ顔をしていた。
一体何をする気だ、なんて一瞬思ったが流石俺、サユがこれから言うことやることが何なのかわかった。
「じゃあ! れっつ六階層〜!!!」
「駄目だ」
サユの腕を掴み止めた。
やっぱり六階層に行こうとしていた。
自己責任だから勝手に行ってもギルドからは何も言われないのだろうけどやっぱり二人では危なすぎる。
というか俺がいたら何のプラスにもならん。
「お兄ちゃん……」
「……なんだ」
真剣な目でこちらを見つめてきた。
思わず息を飲む。
一瞬の静寂のあとサユが一度息を吸った。
「高み目指さんと駄目でしょっ」
「誰だよ」
サユがどう言おうと何をしようと俺は六階層には行かない。
俺が何も出来ないからもあるけどサユをもしもの時守れなかったら俺はどう生きれば良い。
きっと後悔するばかりだろう。
未来でサユを失い過去に後悔するくらいなら金銭面で苦しい生活をする方を俺は選ぶ。
って、別れを言おうとしているのになんでこんなこと思っちまうんだろう。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!!」
サユが俺の腕を引っ張って何度も名前を連呼してきた。
まだ諦めていないのか。
「サユ、諦めてくれ。他に人が集まってから行こう」
「そうじゃないよ。聞こえてないの? 声が!」
「え?」
サユにそう言われ耳に意識を向けた。
しかし空気が流れる音が聞こえるだけで何も聞こえない。
「何も聞こえないぞ?」
「良いから静かにっ!」
溜め息をついた。
その時、どこからか小さな音が聞こえてきた。
人間の声? いや魔物の雄叫びにも聞こえる。
何にせよこのさらなる奥に何かがいることは間違いない。
「お兄ちゃん、行ってみよ」
「あぁ!」
俺達はその声が聞こえてくる方へ走り出した。
***
「お兄ちゃん……」
「……っ」
声が聞こえるのはこの先。
六階層へと繋がる階段の先から聞こえてきた。
ここまでに近づくにつれて声が鮮明に聞こえるようになった。
女性の叫び声と魔物の声、戦闘している音と衝撃。
この下で何かが起きている。
「お兄ちゃん、もしかしたら下で大変な事が起きてるかもしれない。
負傷者が居てもおかしくはない! だから、だから!! 行こ!」
「でも、この先は六階層だぞ……。どんな危険があるか……」
「お兄ちゃんと私なら大丈夫だよ! なんせ最強パーティーなんだから」
最強パーティー。
全く俺達に似合わないな。
「お兄ちゃんが動かないなら私が先に動くよ。きっとお兄ちゃんは私についてきてくれるって信じてるから」
そう言ってサユは六階層の階段をスタスタと降りだした。
その間にも下からは恐ろしい声と音が聞こえてくる。
そんなところにサユを一人……。
「あぁ!! もう、わかったから、待ってくれサユ!!!」
俺は柄を軽く握り六階層の階段を急いで降りた。