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第1話『有能治癒士と無能剣士』

「全く、あいつも懲りないよなぁ」

「妹離れ出来るといいな。アッハッハ!」

「やめとけって。聞こえるぞ」


 あぁ、聞こえてる。

 しっかり聞こえてるぞ。

 というか妹に依存などしていない。


 俺は腕でギルドの扉を押して外に出た。


***


 俺の名前はクライド。

 冒険者をやっている、のだが! 周りからは無能剣士として扱われている。

 いや、確かに間違っていないんだけど言われると流石に辛い。

 せめて心の中に閉まっておいて欲しい。


 そしてもう一つ気になる事がある。

 それは俺が妹に依存していると噂されているからだ。


 確かにサユは優秀だ。

 この王都ルグリアスでもかなり名の知れた治癒士なのだ。

 だから頼ることもある。

 でも、でもだ!

 だからといって依存してる……シスコンと呼ばれる筋合いは一切断じて絶対全くもってない!!!


 はぁ、全くだ。

 もはや無能剣士と呼ばれるよりも辛いかもしれない。

 そんな噂がもしもサユの耳に入ったら俺はこれからどう接していけば良いんだ。

 気まずすぎるだろ。


「はぁ〜、見返してやりたいなぁ。俺も一人で出来るって……」


 無意識に口から溢れた言葉。

 気にすることもなく帰路についた。


***


「ただいま〜」

「あっ! お兄ちゃん! おかえり〜」


 サユが俺の荷物を受取に扉までやってきた。

 

「今日もお疲れだね。もしかしてまたなんか言われた?」

「まぁ、そんなとこ。もしかしたらいつもより辛いかもなぁ……」

「本当に何があったの……?」


***


 あぁ、いい匂いだ。

 家に入ると美味しそうな昼食が用意されていた。

 サユはこうして俺が仕事から戻るのに合わせて料理を作っておいてくれるのだ。

 

「はぁ……」


 なんて有能な妹なんだろうか。

 俺との差は一体どこで出来たんだ。

 疑問で仕方がない。


「溜め息しちゃってぇ。運気が逃げちゃうよ!」

「もう、どっか行ったかもなぁ……」

「今日も溜め息ばっかで変だね」


 今日()とは何だ。

 今日()やけに疲れているから溜め息も多いし変かもしれないがそれ以外の日も変と言われるのはおかしい。

 

「まぁ、ご飯食べて元気だして!」

「いつもありがとな」

「ううん! 私こそ!」


 大まかにカットされた肉をさらに小さくカットしそれを口に運んだ。

 味付けも完璧で歯で触れるとスーッと入り込みすぐに噛み切れるほどのやわらかさ。

 料理に関しては専門的なことは知らんが。

 うん、美味い!


***


「今日は剣の完成の日だったよね? これから行くの?」


 サユはフォークを左右に動かしながらそう言ってきた。


 実は数日前に鍛冶屋のアザンさんに新しい剣を作って欲しいとお願いしていたのだ。

 そして今日がその完成日。

 アザンさんの作る剣はどれも切れ味が良くてカッコいい。

 俺のお墨付きの鍛冶屋だ。

 いや、そんなお墨付きは要らないか。


「そうだな。これが食べ終わったら取りに行くかな」

「んじゃあさ! 私もついて行って良い?」

「別に良いけど、何もないぞ?」

「買い物! そろそろ買い置きがなくなりそうだったし、沢山買わないと!」

「サユ……さては俺も荷物持ちにする気だな?」

「おぉ! お見事! 正解だよ、お兄ちゃん!」

「断る!」

「えぇ〜良いじゃん! ね、ね!」

「無理だ。いつもの友達に頼めよ」

「前回手伝って貰ったから流石に連続はむーりー!!」


***


 現在は外。

 鍛冶屋に向かっている。


「えへへ〜、なんだか久しぶりにお兄ちゃんと街に出掛けてる気がするぅ〜!」


 俺、押しに敗北。

 揉め合いになるとサユは俺にとって良くない情報を盾にして交戦してくる。

 そうなると俺は絶対に勝てない。

 というかそういう情報はどっから手に入れてくるんだ。

 俺、どっかで情報の安売りでもされてるのか。


「俺、そんなに荷物は持てないぞ」

「男なんだから持て〜」

「貴様、その思想、問題あり!!!」

「……お兄ちゃん、何言ってるの」

「いや、ノッてこいよ」

「やっぱり疲れてるんだね、お兄ちゃん」


 妹よ、そんな憐れんだ目で俺を見ないでくれ。

 このままだと俺が本当にやばいやつに、悲しいやつになってしまう。


「あ、お兄ちゃん、着いたよ」


 俺はモヤモヤした気持ちのまま鍛冶屋に入った。


***


 チャラン、チャラン。

 扉を開けるとベルが鳴った。


 相変わらず立派な剣が沢山並べられている。

 この一つ一つがアザンさんの手によって作られているのだ。

 天才としか言いようがない。


 それにしてもアザンさんの姿がない。

 まぁ、いつものことだ。

 作業に集中して裏から出てこないのだ。

 だからこういう時は声をかけるしかない。


「アザンさんー!! 剣、取りに来ました!!」

「アザンさん〜!!」


 サユと一緒に声をかけたが返事がない。

 留守なのか。

 ひとまずもう少し奥に進んで様子を確認しよう。


 少し店の奥に進みもう一度声をかけた。

 すると裏でガタンという音が聞こえてきた。

 と思ったらアザンさんの声も聞こえてきた。


「クライドか!!!」


 裏から頭にタオルを巻いたアザンさんが出てきた。

 

「待ってたぞ。めっちゃくちゃいい感じのが出来たんだぜ。待っとけよ」


 アザンさんはまた裏に戻った。

 

 数秒してアザンさんが剣を持って戻ってきた。


「ほれ、これがお前の新しい剣だ」

「おぉー」


 剣を受け取った。

 重すぎもせず下手に軽すぎもしないこの絶妙な重さ。

 鞘は黒一色で統一されている。


 柄を握り鞘から剣を抜いた。

 抜くやいなや太陽に光に照らされ銀色の刃が煌めいた。

 傾けたりして角度を変えて色々な見方をしたがやはり素晴らしい。

 この艶。

 どうやったらこうなるんだ!


「だいぶ気に入ってくれたみたいだな! 良かったぜ」


 俺は剣を鞘に納め腰のベルトに入れた。


「はい! とんでもなく良いです! ありがとうございます!」

「おう! 大切に使ってくれよな!」

「何百年も使わさせて貰いますよ!」

「それは無理だと思うが……まぁ、またなんかあったら俺んとこに来てくれよ!」

「勿論です! 本当にありがとうございます」


 俺は何度かお辞儀をして店を出た。


***


 いやぁ、本当にいい買い物をした。

 これからの仕事、一層やる気が出てきた。

 今すぐ試し切りしたいくらいだ。


「よし、じゃあお兄ちゃん。お買い物の時間だよ!」


 俺はサユがいない方を向いた。


「『そんなの知らん』みたいな行動しないで! ついてきたんだから私に付き合ってよ!」

「そっちがついてきたんだろ」

「良いから、来て来て〜」


 駄々をこねるサユ。

 するとどこからか悲鳴の様な声が聞こえてきた。

 どこからかと思い辺りをチラチラとしていると前の方に人だかりが出来ているのが見えた。


「お兄ちゃん、買い物はあと。行くよ!」

「えっ!?」


 サユが人だかりの方に走り出したので俺も急いでついていった。


***


 人だかりの中心に出た。

 そこには腹部を抑え地面に座り込んでいると男性とそれを支える男性。

 負傷者の様子を心配そうに震えて見ている女性がいた。


 装備をしていたり武器を持っていることから冒険者か。

 それも複数人いるからパーティーか。

 でもその傷は一体。


「お兄ちゃん、これ持ってて!」

「あ、うん」


 サユが俺にバッグを渡してきた。


「大丈夫、私がなんとかするから!」

「あ、あなたはあの治癒士ですか……!」

「それはあとで! 今はこの人に治癒魔法をかけるから静かにして」


 サユは地面にしゃがみ込んで男の手をどけた。

 負傷箇所である腹部に両手を近づけた。

 目を瞑り数秒、サユの手から緑の光が現れた。

 するとみるみる間に男性の怪我が治っていく。


 これがサユの力。

 人の傷を癒やす治癒。

 一定上の財力がない冒険者やパーティーはそう安々と回復瓶(ヒールポーション)を買えない。

 だから治癒士という存在は治癒士であることだけで冒険者の希望となる。


 でも剣士である俺はそうはいかない。

 力がなければ無能と称され蔑まされる。

 努力したとて発揮出来る可能性が僅かにあるだけ。


「あ、ありがとうございます! この御恩はいつかお返しします!」

「治癒士として当たり前の事をしたので! お礼なんて良いですよ!!」

「いえ、そうは行かないですよ。俺達は冒険者ですから、そういう事はちゃんとしないと」

「じゃあ、お兄ちゃんが危険な目に遭っていたら助けてあげてください。必要ないかもしれませんが」

「わかりました!!」


 パーティーは深々とサユにお辞儀をしたあとどこかへと行った。

 しかしその様子を見ていた他の見物客はそうではなかった。

 サユの救助に対して称賛の声も聞こえるがその中には俺に対する話も聞こえてきた。


 『やっぱり兄の方は何も出来ないんだな』とか『サユさんは他のパーティーに入った方が上を目指せるんじゃない』とか『サユさんは兄と一緒じゃない方が絶対に良い』とか『クライドが足を引っ張っている』とか。


 そんな事俺が一番分かっている。

 サユは俺に構わずに生きてれば今頃トップパーティーの一員になっていたかもしれない。

 俺が居なければもっとサユは治癒の力を伸ばせたはずなんだ。


「ほら、お兄ちゃん! お家に帰るよ」

「あぁ……」


 俺が強ければこんな事を言われずに済むのに。


「お兄ちゃん? また余計な事考えてるでしょ! 

 私がいるのはお兄ちゃんのおかげ。

 私がお兄ちゃんと一緒にいるのは私がそうしたいから! 

 だからね、お兄ちゃんは今のままで良いの。

 ね、気にしなくて大丈夫!」

「……そうかもな」


 俺はそう言って歩きだした。


 これからもきっと言われるんだ。

 有能治癒士と無能剣士。

 剣士がいなくなれば最強だって。


 こんなマイナスなパーティーに意味があるのかな。


 こんな事口にしたらきっとサユに怒られるだろうな。

 でも思ってしまうんだ。

 俺、必要ないって、な。


 いつか言おう。

 しっかりと。

 きっと俺の気持ちが伝われば理解してくれるはず。


 ――だから別れるその日まではサユの理想の兄でいよう。

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