幸せとは
今日は鍋下さんが休みなのでバックヤードには私一人だ。
犬猫にご飯をあげ終えてカルテを書いているとシクシクと鳴き声が聞こえた。
探すと、一匹のプードルが泣いてた。
「お母さんに会いたいよ・・・」
「大丈夫かい?」
話しかけると驚いたようにこちらを見る。
どんちゃんの時と同じだ。懐かしい気持ちになる。
「僕の声分かるの?」
「おばさんには分かるよ」
安心させるためゆっくり部屋のドアを開ける。
この子は昨日ここに来たばかりの新入りだ。
「おいで」
「嫌だ・・・」
塞ぎこんでしまっている。おかあさんと離れて間もないのだ仕方ない。
どんちゃんもここではご飯を食べてくれなかったのを覚えている。
「何かあったらおばさんに言うだよ?」
「・・・・」
ゆっくりドアを閉じる。
どんちゃん以外に言葉を話す子に出会ったのは保育園以外で初めてだった。
六十頭に一頭だっけ。
ペットショップは出会う確率はもっと上がるだろう。
少し気にかけとこうと業務を進める。
「おかあさんに会いたいよ・・・」
悲しそうな声が胸を締め付ける。
どんちゃんはここでは話せなかったからどんちゃんも寂しい思いで過ごしてたんだろうと思う。
私は休憩をバックヤードで過ごすことにした。
「うちの子も喋れるんだ」
「・・・」
動画をトイプーに見せる。最初は警戒してたが、どんちゃんのご飯風景を撮った動画に釘付けだった。
次第にドアに近づき、スマホの画面を観る。
「この人のお母さんは?」
「私だよ」
「僕のお母さんどこにいるの?」
難しい質問が来た。
まだ母犬を覚えている仔との接し方を私は知らない。
どんちゃんも私を「かぁたん」といつの間にかお母さんにしてくれている。
「今度は君のお母さんは人間に変わるんだよ」
「人間っておばさんみたいな人?」
「そうだよ~」
「お母さんはお母さんしかいないもん」
そう言って部屋の奥に行く。
仕方ないことだが、可哀そうに見える。
お母さんとも兄弟とも離れて連れていかれるのだからこの反応は正しい。
「いい家族に出会うから大丈夫だよ」
「・・・」
休憩が終わり、業務に追われる。
頭の隅には先ほどのプードルがいるが、時間を作って話す事が出来なかった。
業務が人通り終わり、お迎えの時間だ。
「また明日くるからね」
「・・・」
覗き込んで言うが、反応はない。
缶詰をおいてあげているが、一口も食べないでいた。
明日鍋下さんに伝えようとメモを書いとく。
どんちゃんをお迎えした帰りにどんちゃんに報告してみる。
「どんちゃんと同じ話せる仔がお店にいるよ」
「ほんと!?」
「でも悲しそうなんだよね」
「ぼくも最初悲しかった!」
やっぱりそうだよねと皆、同じ気持ちだよなと考えさせられる。
「でも、かぁたんに会ってから寂しくないよ!」
「本当かい?」
「毎日楽しいし、ご飯も美味しいよ!」
言われて恥ずかしい気持ちと良かった気持ちが入れ混じる。
「かぁたんがいればなんでもいい!」
「ありがとうどんちゃん!」
私たちは家に着き、ご飯を一緒に食べる。
今日はホッケと卵焼きを作ったのでどんちゃんは喜んでた。
ホッケの骨を全部取ってあげている間大好きな卵焼きをフォークで食べているどんちゃんを見て幸せな気分になる。
「はい骨取ったよ~」
「ありがと!んぅー美味しい!」
私は自分用にシソ入りの卵焼きを食べる。
ホッケも醤油をかける。
「かぁたんのお弁当いつも美味しいのなんで?」
「愛情があるからだよ~」
どんちゃんは嬉しそうにホッケを食べる。
こんな嬉しそうに食べてくれるなら作る側も嬉しい。
あのプードルもこの幸せに出会えるように良い家族に巡り合わせてあげたい。




