寂しい夜
朝の八時半前に出勤して夜の八時に業務を終えた。
最初の頃は私の仕事が遅いのかと思ったが、一人で許容できない仕事量なだけだと気づいた。
夜道に自転車で走っていると鞄の中からラインの着信音が聞こえてきた。
またあの人か・・・。早く帰りたいので無視して自転車の速度をあげた。
1Kの家に帰ってきた。
一人暮らしなので誰も迎えはない。
夜の九時か・・・まず先にシャワーだなと衣服を脱ぎ捨てる。
頭を洗いながらあのシーズーのことを思い出す。夜ご飯も一口二口でごちそう様してたし、部屋の隅にずっと座って警戒しているのかな・・・。どこか痛いっていうわけでもなさそうだし。
シャワー終えて髪の水分搾り取っていたらラインが鳴り始めた。
すっかり忘れてたあいつからだ。
スマホに写しだされた「まさたか」の文字に一呼吸いれてスワイプする。
「お疲れ様」
「やっとでた。仕事帰り?」
「今帰ってきてシャワー入ってた」
「なんかエロイね」
いつもこんな感じだ。
二人の温度差は以前は近かったのだが、私のほうがぬるま湯になってしまった。
この人しかいないと思い込み何度高い所から落とされたか。
今は寂しいのを紛らわすために連絡取り合ってたまに会ってホテルに行くぐらいには乱れてるようで一直線みたいな関係。
今の私には落合さんがいるが叶わぬ恋であるのは働き始めてすぐわかった。小動物担当の川上さんと付き合ってるとの噂が立っていてそれを否定しないのだ。その事実を受ける度私はこの男に逃げてしまう。
「次いつ会える?」
乾いてきた髪をもてあそびながら聞いてみる
「うーんしばらくは無理かも」
「本命の子とうまくいってるの?」
私の告白を好きな人がいるから無理だと振ってきたのはこの人。
遊びでもいいから一人暮らしの寂しさを紛らわしてくれる枠の人なのにな。
「本命はいないよ」
都合のいい子はたくさんってことね
なんで私は非生産性なことをしているんだろう。
「びっくりしないでね」
「なに怖いんだけど」
私は与えてばかりで与えられてきてはない。
いつも損した気分になるそして極限まで冷たく寂しい気持ちになる。
暖かいなにかを見つけないと私は落ちるだけだと思った。
次の日の朝鏡をのぞくとパンパンに腫れた目が昨日を思い浮かせる
さよならを伝えたのは自分からなのに馬鹿みたいに泣いて泣き疲れて寝てしまった。
この顔で仕事するのか・・・。しょうがないと思い身支度をする。
いつからか職場で着替える時間がもったいなくて仕事着のまま出勤するようになった。
三か月で化粧も薄くなって洒落っ気もなくなった。
朝ごはんも簡単に済ませて、お昼ご飯のため弁当を作りにかかる。
最近のハマってるのがシソの卵焼きとウィンナーだけの弁当。栄養など職場の犬猫のために思考を持っていく。特にあのシーズーだ。
職場に着いていつも通りの業務を片付けていく。
平日なのに変わらぬ多忙な管理部署だが今のメンタルではありがたいことだった。
何も考えず業務に没頭していて自分の休憩を知らせる鍋下さんの声も届いてなかった。
「もしかして振られたの?男に依存するとろくなことないからね」
鍋下さんは私より年上で意見もはっきり言えてしかも生体管理部長だ。男よりしっかりしてるように見える。私も鍋下さんみたくなりたい。勝手な憧れを抱いてる。
鍋下さんに休憩に入ってっと言われたので、一通り終わらせて弁当とたばこを持って休憩所に行く。
従業員専用の喫煙所でたばこに火をつける。肺まで一気に吸って吐く。たばこも男で知った嗜好品だ。
たばこを消して休憩場まで行き弁当を飲み込む
夕方になったので犬猫たちのご飯をあげる。
一匹一匹あげていき、シーズーにも食べないかなと思いながらお皿を置いたらゆっくり近づいてきてパクパクと食べ始めた。私は嬉しくなりバックヤードの小部屋にいる鍋下さんに言いに行った。
「私の時は食べなかったのに、人見てるのかな」
「鍋下さんは猫派だからですよ」
現に私は猫に嫌われやすい性質を持ってる。
シーズーの部屋の前に戻り、家族に出会えるようにいっぱい食べようねと撫でたら尻尾を振ってくれた
可愛いからすぐ家族決まるだろうなと思いながら寂しいなとも思う。
三か月しか働いてないかもしれないが、出会いと別れの繰り返しで、みんな素敵な家族に出会えたらいいなと思いながらお世話をしている。ふとそう思っていたら電話が鳴りだしたので電話対応も仕事内容に入る私がとる。
「お電話ありがとうございます。ペットショップこころの田瀬が承ります」
「先日そちらでワンちゃんをお迎えしたのですが、来て早々に咬むんですよ!」
「子犬も本気で咬むっていうより遊びの延長で咬んでしまうと思います。」
この電話で残業が伸びるな・・・。
生体がおかしいと言って返金希望や返品したいなどという方もいるこいう方は生体との接し方を間違えてるのが多い。
「手がおもちゃにならないように長めのロープなどで遊んであげたりしてみてください。
もし改善が見られない場合ドッグトレーナーの受付もしておりますので」
「ドッグトレーナーってお金かかるんでしょ?そんなもんじゃなくてあなたが治してよ!!」
これは話が巡るなと思ったので、電話をしながら社員を探しにバックヤードから出る。
三か月しか働いてない私がクレーム対応ができるわけでもなく火に油を注ぐ形になってしまった。
なんとか鍋下さんに事情を説明して変わってもらえたが、終わったら怒られるんだろうなとバックヤードに戻る。視界の端にシーズーが映り何も考えずシーズーを抱っこした。小さくて暖かいな・・・
もう少しだけ頑張ってみようと思える。家に帰って犬がいたらどうなんだろう・・・。
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