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第九巻 何かあったの木戸先生?

ようこそ。妖怪たちが蔓延る世界へ。


気になる点があるかもしれませんが、温かい目で流してください。

 皆さんは昨日まて何もない日常を過ごしていたのに、突然それが失われてしまったらどう思うだろうか。少なくとも僕は悲しくて辛くて堪らない。


 第一話「偽りの休暇」


「おはよう。マチ先生」


「おはようございます」


「雷羽先生、今日風邪でいないんだってね」


「そうみたいですね」


「あの戦いの後、何度かあの姿になってトレーニングしてたし、慣れないことしてたから風邪をこじらせたのかもね」


「うふふ」


 あいつらのことだ。今頃、そんなことを話しているのだろうな。あいつらには悪いが、残念ながら俺は風邪を引いていない。いわゆるずる休みだ。うちの生徒にも見受けられないのに、教員である俺がこんなことしてしまうには訳がある。


「まさか、お盆になる前に親父たちの顔を見ることになるとは、思いもしなかったぜ…。


 それは実家から呼び出しを食らってしまったためだ。何やら、蜘蛛妖怪のことで話があるとかどうとか。まあ、ある程度察しは着くが…。


「ぼやいてもしゃーねぇか。さっさと済まそう」


 俺は支度を済ませ、家を出て自分が育った場所につながる通路に向かう。そこは俺の住む家の近くの林にあった。到着すると、屈んで体勢を低くし、見えづらいが小さなトンネルになった茂みの中に身を入れる。数歩進んだ先で、ようやく立ち上がれるところに辿り着き、腰を持ち上げる。


「よっこいしょっと。やれやれ、いくら俺が少し小さいからって、入り口を狭くする必要ないと思うのだが…」


 俺が育った場所とつながる通路の文句を溢しながら立ち上がった。そして、日常では見なくなった景色を目の前にした。それはまるで江戸の宿町を彷彿とさせるものだった。街道沿いには、甘味処や機屋などを営む家が立ち並び、店番には蜘蛛妖怪達が立っている。まさしくここが俺の育った故郷。そして、あの世とこの世を繋ぐ道だ。

 俺は多くの店が並ぶ中、必ず顔を見せる和菓子屋に向かった。


「おお。ライ坊じゃねえか。久しいな~」


「こんにちは」


 着くや否や気さくに声をかけてきたのは、ここの店の店主のおっちゃんだった。別に彼の名前を知っているわけではないが、通っているうちに親しくなっていた。


「随分早い帰省だない。先生、首になったか?」


「そんなわけないだろう。親父に呼ばれちまったんだけだ」


「ははっ。お偉いさんの息子様はほんとに大変だな」


「まったくだぜ。いつもの頼むよ」


「はいよ!!」


 おっちゃんが品物を用意してくれる間、俺は並ぶ餡子菓子を眺めていた。どれもこれもそそられると毎度感じてしまう。この間食べた苺大福も美味かったが、ここの菓子とはレベルが違う。特にきんつばは特別だ。俺はいつもこの店のきんつばを土産として実家に買って帰る。もちろん、俺が食いたいがためだ。親父や御袋には呆れられるが、末っ子の妹には評判が良かったりする。美味い分、値段も張るからな。妹が手を出すにはちょっとお高めなのかもだ。


「お待ちどうさん。二つおまけしといたよ」


「ありがとう」


 俺は釣り銭が出ないように会計を済ませて、おっちゃんに小さく手を振ってからその場を後にした。そして、実家へと向かった。

 実家まではさっきの菓子屋から徒歩で十数分で着く。気ままに歩いていれば、すぐに到着する距離だった。


「蜘蛛妖怪兵士土蜘蛛、只今戻りました」


 実家に着いて、一番に足を運ぶのは親父がいるところだ。立派な椅子に座る親父の前に跪き、頭を下げて帰ったことを報告する。父親である前に、蜘蛛妖怪の長である親父(ちなみに名前は大蜘蛛(おおぐも))に対しては、敬意を払った態度を示さなければならなかった。


「ご苦労だった。雷羽、面を上げよ」


 俺は視線を床から親父の目に変えて立ち上がる。


「それで、話というのは…」


「まあ。そんなに慌てるな」


 早速本題に入ってもらおうと、話を切り出す。が、ピリついた空気だったのはここで終わり、親父はにこやかな表情をさせた。そして、立派な椅子から立ち上がり、別の部屋に身を移した。


「ここは、客間?」


 親父の後を追って連れられたのは、普段足を踏み込まない部屋だった。よく親父や黄金兄さんが知らないやつと話すのに使っている部屋だった。


「中にお前へ話しがある方がいらっしゃる。無礼がないようにしろよ」


 無礼がないようにって、お偉いさんでも居んのか?

 疑問を抱いていると、親父は扉を軽くノックして、扉の向こうに声をかける。


「雷羽をお連れしました」


「入れ」


 親父の敬いのある言葉とは正反対な命令形の返事が部屋の中から聞こえてきた。


「失礼します」


 扉を開けて部屋に入る親父に続いて俺も入室する。そこには赫い道服に身を包み、金色の帯を巻いて、赤みがかった茶髪の女の人がいた。


「久しいな。雷羽」


「あんたは、閻魔王…」


 彼女の役名をうっかり呼び捨てにしてしまうと、頭に激痛が走った。


「様を付けんか!!無礼者ッ!!」


 笏を投げて頭にぶつけてきたのだ。無礼がないようにって言われたのに、不覚を取ってしまったようだ….。


「い、痛ぇ…」


「まったく…。教師のくせに礼儀も知らぬのか」


「しょうがねぇだろ。あんたとはちょっと前まで、従姉妹みたいな存在だったんだから」


 俺は笏の当たった額を抑えながらそう溢す。


「それで、いったい俺に何のようだ。俺も人間としての仕事で忙しいんだ」


 俺は閻魔王の座る上座とは逆にある椅子に腰掛け、話を始めてもらう。


「知っているとは思うが、地獄に送られてきた妖怪たちが次々と抜け出している」


「ああ。そうだな。俺が知る限りでも『四時ババ』と『四時ばばあ』。『鵺』に『濡れ女』。四時ババに関しては、仕留め損ねたせいで、今もどこかに…」


「そこでだ。お前に会わせたい人がいる」


「会わせたい人?」


「まあ、人というか妖怪か。こやつじゃ」


 と言って服の内側に手を入れ、巻物を取り出し、結ばれた紐を解いてそれを開く。


「猫又妖怪…『コロシア』?」


 巻物には、古い文字で、ロシアの殺し屋と黒猫の魂が融合し生まれた猫又妖怪と墨で記され、隣には絵が描かれていた。黒い毛並みに二本の尻尾、鎌のように尖った鋭い爪と眼光を持った猫の容姿の妖怪のことがその巻物の中身だった。


「そうだ。こやつはかつて、悪さをした妖怪たちを蜘蛛妖怪と共に退治していた猫又じゃ。元は無差別に命を狩っていた悪しき妖怪じゃったが、蜘蛛妖怪に目をつけられたこやつは、心を入れ替え、力を弱き者のために使用するになった」


 蜘蛛妖怪に手を貸してきた存在か。巻物の絵からじゃそんなことちっとも感じさせないくらい悪そうな見た目だけど、閻魔王が言うんだ。信用は置いても良いだろう。


「ところで、この妖怪の居場所は分かってるのか?」


「もちろん知らん」


 そんなは気はしてたが、会わせたいって言うくらいなら、知っておいてほしかったな…。さて、どうしたものか。


「失礼致します。閻魔王様」


 扉の方から聞きなれない声が聞こえてきた。俺がここに来た時同様、閻魔王の指示が通ると、低めの女声の持ち主は扉を開けて、俺たちがいる部屋に入ってきた。

 部屋に入室したのは、三つ編みの特徴的な赤い髪、薄暗い赤の和服を着た女性。蟻蜘蛛兄さんのとこの従者妖怪、火車だった。兄さんの隣にまれにいるため、姿はよく知っていたが、その時に口を開いたところを目にしたことがなかった。


「何ようだ、火車」


「はっ。蟻蜘蛛様から、現在のコロシアについての伝言に参りました」


「おお~。これぞ『ぐっとたいみんぐ』ってやつじゃな」


 こんなにも現代言葉が似合わないやつがいるとはな。とか考えていると、顔に出てしまっていたのか、閻魔王は尺の先で口元を抑えながら、鋭い目つきでこちらを睨んだ。その目から視線を反らし、関わりの少ない火車に対して、どうぞ続きをと言わんばかりの仕草をした。


「コロシアは現在、人間に紛れ、『猫友(にゃんとも)保育園』という子の集う場を設けているようです。人間態時の姿は、黒髪の青年で、首にはマフラーを巻き、桃色に染まる前掛けを身に着けているようです。名は五六大輔(ふのぼりだいすけ)と」


 殺し屋みたいなニュアンスの名前してるくせに、随分可愛らしい保育園を営んでんだな。あと「ふのぼり」ってどう書くんだよ。

 疑問を抱きながらも話は続き、引き続き仕事をこなすように言われた。


「さて、雷羽。君と話したいことは以上だ。君からは何かあるかな?」


「いや、特には…」


「ならば、もう出てよいぞ。久々に、君の元気な顔を見れて良かったよ」


「そうか。じゃあ、失礼する」


 俺は椅子から立ち上がり、この場を後にしようと荷物を手にする。その時、買ってきた金鍔のことを思い出した。


「良かったら、これ」


 俺は包みから一つ取り出して、椅子に座る閻魔王に投げ渡した。どう見たって無礼な行為だが、それを気に留めることなく、笑顔になった。


「小豆屋の金鍔か。懐かしいの~」


「昔、よく一緒に食ってくれたもんな」


 小五の頃、俺がこの家に拾われて間もない時によく遊び相手をしてくれたのは閻魔王だった。当時は年の近い従姉みたいな存在だったのに、今じゃ俺が歳食ったせいで、俺の方が兄貴みたいになっちまったな。閻魔王が金鍔を美味しそうに食べる姿を見ると、昔を思い出す。


「火車、あんたも食べるか?」


「結構です。私、甘いものは苦手なので」


「あっ、そうか…」


 名前とは裏腹に、氷のような冷たい態度をされた。


「えっと、じゃあ、また」


 閻魔王に軽く頭を下げた後、部屋をあとにした。そして、居間に向かった。ちょっとした用事を済ませてから、帰ると決めていたからだ。一人で向かっていたつもりだったが…。


「…」


 隣に火車が歩いている。なにも会話のないまま、隣を歩いている。


「…」


 気まず過ぎる…。沈黙でこんなに緊張したことあまりないぞ…。


「な、なあ、火車…」


「なんですか」


 嫌われてんのかな。めちゃくちゃ怖いのだけど…。話しかけるなと言わんばかりの細く冷たい目は、胸をきゅっとさせてくる…。


「え、えっと…、さっきはすまないな。甘いものが苦手と知らずに…。」


「別に、気になどしていません」


 会話が詰まった。火車との話題がなさすぎる。他に何か話すこと。何か、何か…。

 駄目だ。何も思い付かない。結局、居間に着くまで話題を出せずに沈黙が続いてしまった。


「悪い。ありがとう」


「いえ。仕事ですから」


 火車は扉を開けて、俺を先に部屋へ入れてくれる。大き目のこたつ机を真ん中にし、それを囲むように座布団が並ぶその畳の部屋には、俺の実の母の仏壇があった。いつもなら妹たちがいるものだが、今回は留守のようだ。この世のどこかで仕事をしているのだろう。

 俺は仏壇の前に腰を下ろして、ろうそくに火を灯し、線香を立ててから、静かに合掌した。母親にいろいろあったが、元気にやっていると伝えたかった。


「また盆にでも、帰ってくるよ」


 遺影を眺めてそう呟き、買っておいた土産の金鍔を供える。そして、この世に戻る準備をし、廊下へ出て、玄関に向かった。さっさと帰って、休んじまった分、埋め合わせしないとだからな。


「帰ってきてたなら、一言言って下さいよ~」


 しかしながら、そうもいかなくなってしまった。途中、シンさんに鉢合わせてしまい、結局この日はこの世に帰れなくなった…。


 

 第二話「残された正志」


 やれやれ…。昨日はえらい目に遭ってしまった…。土日の空き時間に行った修行よりも過酷な時間を過ごしたせいで、疲労が蓄積しまくっている。


「頭痛ぇ…」


 痛む頭を手に手を置いて、学校に出勤する。いつも通り自分のデスクに足を運ぶと、俺よりも体調の優れなさそうの木戸の姿があった。


「えぇ…」


 いつものうざいくらい元気な木戸とは裏腹に、赤い丸眼鏡を外してまで、机に顔を伏せている状態に思わず声が漏れる。


「どうしたんだよ、お前」


 らしくない姿に心配を覚え、肩を軽くたたいて声をかける。


「んっ…。おはよう…」


 俺の質問には答えず、頭を机と友達にさせた状態のまま、こちらに目線だけを送って挨拶はしてくる。俺はデスクに座り、授業のスケジュールを確認しながらも、木戸の様子を気にしてみた。しかしながらこちらの視線には一切気にもせず、顔をうずめ続ける。

 その後も、いつもの元気を見せることはなく、ため息だけをこぼしているだけだった。

 それは、俺が一時間目の授業を終えて、美術室から戻ってきた後も、五時間目を過ぎてからも…。


「なあ、木戸。こんなこと言いたくねぇだけど、今のお前普段よりも見てらんねぇぞ。話ぐらいは聞いてやるか、何があったか話してみろ」


 すると、木戸は眼鏡をかけずに目頭に涙を浮かべて、ゆっくりと体を起こした。そして、声を震わせて話し出す。


「雷羽先生…。杏ちゃんが、いなくなった…」


「はあ?」


 杏ちゃん?嫁の杏奈のことか。いつも夫にべったべたなあいつが珍しいな。


「いなくなったって、喧嘩でもしたのか?」


 木戸は首を左右に素早く振り、全力で否定を示してくる。


「じゃあ、気に障ることでも言ったか?」


「言ってないと…、思うけど…」


 言ったかもしれないって感じか。夫婦の間に入りたくないし、入るつもりもないが、仕方ねえ。いつも助けてもらってるんだ。借りを返してやろう。この調子じゃ、仕事も捗らなさそうだしな。俺の仕事が増えたりしたら嫌だし…。


「そうだな…。まず自分の発言を思い返してみろ。もしかしたら、気づかぬ間に何か失言しているかもしれないからな」


「う~ん…。実は最近、会話が少なくなってきて、ほとんど話してないんだ。話しかけても、なんだか反応が悪くて…」


 信じがたい話だな。あの女に限って、こいつに冷たい対応を取るとは考えられない。一つ考えられるとしたら…。


「まさかお前、浮気でもしたのか?」


「馬鹿な事言わないでよ!!僕がそんなことする訳ないだろう!!」


 木戸は勢いよく立ち上がり、顔を真っ赤にして怒鳴った。職員室で仕事をする教員の視線はこちらに向けられ、その場が静まり返るほどのものだった。


「すいません…」


 我に返ると木戸は、周りに聞こえるか聞こえないかの声量で言葉を吐いた。そして、教科書とノート、その他道具を鞄にまとめた。


「悪い…。余計なこと聞いちまったな」


「僕の方こそ、ごめん…。取り乱しちゃって…。話、聞いてくれてたのに…。僕、授業だからもう行くね…」


 そう残して、そそくさと職員室を後にしていった。そんな木戸と入れ替わるように、マチ先生がデスクに戻ってくる。


「どうしちゃったんですか?木戸先生」


「どうやら、嫁が姿を消したらしい」


「喧嘩でもなさったんでしょうか?」


「そうではないらしい」


「尚更心配ですね。誘拐なんてされてしまってたら」


 誘拐か…。確かに考えもしなったなが、俺を始めとする妖怪をぼこせるあいつが誘拐されるとは、考えにくいな。妖怪退治の専門家である陰陽師の血を引く娘が、妖怪ましてや人間に攫われるなんてことあるのか…。


「事情が分からない以上、私たちが口出しできる件じゃありませんね。今は無事を願っておきましょう」


「そうだな…」


「ところで、木戸先生の奥さんって、どんな方なんですか?」


 普段なら木戸に聞けよとはぐらかすところだが、今のあいつに聞ける状態ではないことは理解できる。気が引けるが、ここはかわりに説明してやろう。


「名は『杏奈』。前にも話した通り、山ノ浦神社の巫女を務めている。平安から代々引き継がれた陰陽師の娘だ」


「詳しいですね」


「まあな。悪事を働く妖怪を封印する蜘蛛妖怪は、妖怪退治の専門家と呼べる木戸家と同盟関係にある。それに、木戸と同級生だった杏奈は、木戸に近づく妖だって、俺のことを目に付けていたからな」


「やっぱり強いんですか」


「そりゃあな…」


 マチ先生の質問は、俺が杏奈から受けた数々の仕打ちを蘇らせる。陰陽師の家系ゆえに、あいつの力は本物だった。


『雷羽君、一緒に学食行こうよ』


『ああ。分かり…どはっ!?」


『まー君、お昼行こ!!』


 廊下でも…。


『ちょっとここ聞いてもらってもいい?』


『いいです、よおあっ!?』


『まー君、一緒に練習しよ!!』


 部活動中も…。


『雷羽君、夕飯ご一緒にどう?奢ってあげる』


『ゴチになりまがあっ!?』


『私も一緒に行く〜!!』


 放課後も…。木戸に何か誘われるたびに、痛い目に遭わされてたな。


「妖怪であるならば近づかない方がいいな…」


「えっ?」


 それにしても不思議な話だ。木戸の性格、そしてあの気の取り乱し方からは、浮気や不倫はのような嫁を裏切る行為は考えられない。それは杏奈にも同様なことが言える。だが、誘拐の線も薄い。俺たち蜘蛛妖怪と対等に戦える杏奈が刃物持っただけの人間に負けるとは思えないし、妖怪が手を出して勝てる相手でもない。


「仕事に戻るか」


 考えても仕方がない。推理が滞るなら、なおさらだ。仕事は進まないし、残業も残したくない。杏奈にもきっと、一人になりたい時だってあるはずだ。夫婦生活だって長く続けば、それくらい…。


「まさか…」


「どうかしましたか?」


「木戸の嫁がいなくなった理由が分かったかもしれない」


 これが予測通りなら、まずいな。いくら杏奈でも太刀打ちできねえ。早く助けに行かねえと…。


「マチ先生、この時間授業は?」


「えっ?ないですけど…」


「悪い、ちょっと手貸してくれ」


「──分かりました。行きましょう」


 俺はマチ先生を連れて、職員室を飛び出し、学校の裏にある山の中へと向かった。


 第三話「本の館の使者」


 透と別れを遂げてから、何日が経ったのだろう。

 あれから俺はあの学校の仕事から離れ、俺たちを襲った蜘蛛妖怪『幽霊蜘蛛』を探して、一人そこらを彷徨っていた。

 赤赫刃。やはり、あの時葬っておくべきだった。俺の選択が甘かったばかり、透を苦しめてしまった。次は必ずこの手で奴らを止めて見せる。


「噂をすればなんとやらか…」


 俺は刀を空間から出現させ、鞘から抜き、刃に妖気を集中させて、溜めた妖気を斬撃に変え、一本の木に向かって放つ。勢いをつけて放たれた斬撃は、その木を横一直線に線を描き、ゆっくりと倒れる。


「ひえ〜。荒い挨拶だな〜」


 倒れた衝撃で立った砂埃の中から人影と共に声が聞こえてくる。台詞の割にこの状況を楽しんでいるような話し方が鼻につくのは、赤赫刃の一人『地蜘蛛』だった。


「何のようだ、地蜘蛛。俺は貴様の後輩に用がある」


「あはは。僕だけの後輩じゃないだろ?…家蜘蛛」


 俺は地面強く蹴って地蜘蛛に近づいたら。刀を鞘から抜き、高速で奴に斬り掛かる。だが、刃が通らないほど硬い豪腕な腕に防がれる。


「どうしたの?随分苛立っているみたいだけど」


「俺はもう、蜘蛛妖怪じゃない」


 悪事を働く者を始末するようになった時、俺は過去の名を捨て、俊夜(としよ)と名乗るようになった。そして、赤赫刃を止めるためだけに生き続けた。


「まだそんなこと言ってんだ。過去の過ちは消えやしないんだからさ」


 激しい攻防の中、地蜘蛛は悠長に煽ってくる。同様をする気はさらさらないつもりだったが、心は素直なてしまうようだ。隙を晒して、当たれば一溜りもないであろう一撃を受けそうになる。なんとか体を逸らして倒立後転をし、手で地面を押して地蜘蛛との距離を取る。腹部を少しばかりかすめてしまう。

 負けてられない。赤赫刃の悪夢を止めるためにも、ここで引くわけには…

 刀を鞘に戻し、再度距離を詰めるために走り込む。


「『刀術(とうじゅつ)炎魔抜刀(えんまばっとう)』」


 地蜘蛛を前にすると、素早く刀を抜いて、炎を纏わせた刃を振るう。最初の一手は読まれてしまうが、すかさず柄を握りなおし、勢いよく振り下ろして一撃を入れる。


「ぐはっ!?」


「チッ…!!」


「な~んちゃって」


 地蜘蛛の一言は俺の考えを確信に変える。斬った手ごたえを感じなかった。


「斬られる直前に、体を粘土に変えたのか」


「ご名答。温かったお陰で、すぐに元に戻れたよ」


 焼き物と同じ原理か。相も変わらず、気持ちの悪い術使ってやがるぜ。


「そろそろ終わりにしようか」


「望むところだ」


 地蜘蛛は両腕を剛腕なものに変え、ニヤリと口角をあげる。刀を鞘に納め、刀に妖気を込める。そして、低い態勢をなり、攻撃の構えを取りながら、相手の攻撃にも備える。


「『刀術・神速斬(しんそくざん)』」


「『地術(ちじゅつ)崩山撃(ほうざんげき)』」


 俺の素早い抜刀と鉄球のように硬い拳の大砲がぶつかり合う寸前、俺たち二人を吹き飛ばすほどの陰気が立ち込めてくる。


「クッ…!?」


「うわっ…!?」


 吹き飛ばされた体の態勢を立て直し、足で地面を削ってその場に止まる。さっきまで殺り合っていた地蜘蛛も同じ状態だった。戸惑いが隠せず、お互い戦い以前に陰気の正体に目を向けていた。


「何者だ」


「戦いの邪魔、しないでほしいんだけど」


 俺たちの標的は、自然と第三者へと向かっていた。漂う強い陰気と森に響く不気味な笑い声が俺たちそうさせていた。


「私の縄張りでなにしてるんだい?」


 烏を彷彿とさせる黒い羽毛のような衣服に、死人のような白い顔。唇は血のように紅く塗られ、骨が浮き出るほどの細い指をした陰気の主は、覚えのある妖怪だった。


姑獲鳥(うぶめ)…」


 先に呟いたのは、地蜘蛛の方だった。妖力の高さに怖気ついたのか、少し後退り気味のようだ。


「家蜘蛛。今日のところはこの辺にしてやる。次は、幽ちゃんも連れてきてあげるよ…」


 待てとも言えぬまま、取り逃がしてしまった。奴を相手をするほど、姑獲鳥相手に手を抜く余裕はなかったからだ。


「おやおや。私に恐れて逃げ出すとは、可愛い坊やだこと。あんたは逃げないのかい?」


「お前を見て怖気付くほど、甘い生き方してないんでな」


「ほう。なかなか面白いこと言ってくれるじゃないかい。なら、見せてもらおうじゃないかい。その実力を…」


 そう言って、こっちに向かい飛び掛かってきた。姑獲鳥の鋭い爪が襲ってくるが、怯むことなく俺は刀で押し返す。

 妖力はほぼ互角に感じたが、俺の方が一枚上手のようだ。激しい攻防を繰り返す中、相手の隙を見つけて、回し蹴り決める。


「うぐっ…!?」


 鈍い声を漏らして、蹴られた箇所を押さえながら素早く後退りし、こちらに背を向けたと思えば、目に見えぬ速さで走り出した。


「逃すか…」


 赤赫刃ほどではないが、こいつを解き放つのも危険過ぎる。俺は気配を探りながら、奴の後を追った。


 第四話「転がる母親」


 学校を飛び出し、山に入って辿り着いた場所は一つの洞窟。糸術を駆使し、聞こえた杏奈の心音を探って、彼女の居場所を見つけ出した。


「杏奈!!」


 洞窟の奥へ進むと、すぐに彼女の姿が見えた。名を呼びながら、倒れる彼女に近づき、体を揺すろうとする。


「いった!?」


 しかし、肩に触れた瞬間、かなり強めの静電気のような痛みが走る。己の身を守るために、自らを結界で覆ったようだ。


「だけど、これじゃ助けられねえ。早いとこ結界を解かないと…」


 これでは糸術で運ぶことも不可能。ここの住処の住人が来る前に、早いとこ連れて逃げたいのだが…。


「雷羽先生。なんだか、血生臭くないですか?」


「そりゃそうだろうよ。奥見てみな」


 俺は自分たちがいる場所よりも、もっと奥に指を指した。指が指す方向には、人間の死体がごろごろと転がっていた。喰いついた跡が残り、骨が剥き出しなっているのがはっきりと分かる。さらに、腹が裂かれては何かを取り出したような大きい傷も付けられたものも見られた。

 彼女は目を見開いて、その悍ましい光景に瞠目した。


「ひどい…」


「まったくだ…」


 俺は結界を剥がすための札を探すためにパーカーのフードに手を入れた。その作業を進めながら、俺の予想をマチ先生に聴かせた。


「今回、木戸の嫁を攫ったのはこの光景を作った張本人、『姑獲鳥』という妖怪だと推測してる。あいつは他人の若い人間を喰らって、力を付ける妖怪だからな」


 伝承では、産死した人間の霊の、子供を育てたいという未練が怨念と化し、この世を彷徨う者の名称に過ぎなかったみたいだが、ここ最近は肉体を持ち、妖怪として生まれて悪事を働く者も増えているらしい。その一例が、今回のような若い人間を喰らって力を付けるものだ。


「じゃあ、女性の死体の腹が裂かれてるのって…」


「ああ。最も若い人間。言わば生まれる間近の赤子を喰らうためだろうな。俺たちの食と同様、新鮮なものを好むのは変わらないからな」


 マチ先生の会話の最中、俺は別の妖気を感じ取っていた。フードに手を突っ込みながら、背後を振り向く。どうやら、宿主のご登場のようだ。


「次から次へと客人が多いねえ。まあ良い。餌が自らやってきたと思えば、嬉しい話じゃないか」


「悪いが、食べられに来たわけじゃない。杏奈を木戸のところに連れ戻させてもらう」


「それは困るねえ。私の大事な力の源だ。簡単に渡しやしないよ」


 それにしても、札が引っかかって取れないな。もう少しで取れそうなのに…。


「いつまでやってるんですか!!」


 俺の宝探しに痺れを切らしたのか、マチ先生が手を出してくる。未だに札は引っかかっているため、フードから取れることなく、首が持ってかれるだけだった。まるで糸に引かれるように…。


「全然取れない…、ってこれ御札じゃないですよ!!」


「えっ?」


 マチ先生は糸切りバサミを取り出して、ちょきんとな何かを切る。


「クリーニングのタグです!!」


 そのようだ。マチ先生の手に持たれた紙切れには、確かに俺がよく出すクリーニング屋の店名と品番、値段が記されている。


「あー。結界解除の御札とクリーニング屋の値札を取り間違えたみたいだな。アハハ…」


「何も可笑しくないです!結局、本物の御札は持ってるんですか?」


「どうやら、待ち合わせてはないようだ」


「じゃあ、結界が解けるまでに倒さなきゃいけないってことですね」


 俺たちは戦闘を交える構えを取る。俺は短鎌を両手に取り出し、マチ先生は髪を白銀に染めて長く伸ばす。それぞれ瞳を水色、紅に変えて妖怪の姿になった。


「お遊びは終わったようだね」


 黒い羽毛の服に身を包んだ白い肌の女はけたけたと笑い、余裕の笑みを見せてくる。その特徴はまさしく姑獲鳥のものだった。


「お前は杏奈を攫ったこと以前に、力のない人間を喰らい殺した。悪いが、この世の秩序を守るためにも、地獄に送らせてもらう」


「その口ぶり、蜘蛛妖怪か…。尚更負けるわけにはいかないねえ」


 そう言って、羽を大きく広げて勢いよく突っ込んでくる。俺はすぐに短鎌を手放し、姑獲鳥の攻撃に備えた。勢いのある蹴りは突進そのもの。受けた俺は足が地面から離れ、宙に浮くほどだった。


「なに!?」


 だが、俺もただではやられない。腹部目掛けて飛んできた足だったが、俺は寸止めで受け止めた。着地すると、地面を削りながら後ろに行く体にブレーキを掛ける。


「はっ!!」


 そして、掴んだ足を捻り、相手の体を回転させて、姿勢を崩らせる。そのまま重力に任せて、姑獲鳥を地面に叩き伏せた。


「ぐはっ!?」


 地面に腹を打ち付けた姑獲鳥は鈍い悲鳴を上げるが、すぐに起き上がって手刀を振ってくる。俺は右手を顔の横に出し、その手刀を受け止める。すぐに押し返して反撃をしようとするが、相手は回し蹴りで攻撃を仕掛けてくる。


「クッ…!?」


 俺は腕をクロスさせて身を守るが、吹っ飛ばされてしまう。体勢を立て直して、なんとか上手く着地する。姑獲鳥の攻撃は止むことなく、続け様に蹴り技を繰り出してくる。

 ここまでたった十数秒の出来事。姑獲鳥のあまりにも早い蹴り技は、俺に短鎌を手にする余裕を与えてくれない。受け止めるのだけが、精一杯だった。


「はあっ!!」


 その最中、マチ先生が先の鋭い髪を伸ばして、援護をしてくれる。だが、マチ先生の攻撃速度と姑獲鳥の移動速度にはわずかな差があった。瞬時に気付かれ、俺への攻撃から手を引き、その場から離れてしまう。マチ先生の攻撃は、俺の足元の地面を削るだけに終わってしまった。


「逃がすかよ!!」


 しかし、それは敵に背を向かせるいい機会にもなった。俺は糸を数本伸ばし、相手を捕らえて拘束する。


「マチ先生!!」


 糸を引き、姑獲鳥をマチ先生の方へと投げ飛ばした。マチ先生は手を前に出すと、伸びた髪は姑獲鳥を襲い、大きなダメージを負わせた。


「なかなかやるじゃないかい…」


 俺が思ったよりもタフなようだ。あれだけの攻撃を受けといて、まだ立ち上がるとは、頑丈なやつだ。


「まだやりますか?大人しくお縄に着いた方が、これ以上痛い目合いませんよ」


「クックックッ……。簡単にやられはせんよ。ここに来る道中、何体か生きた人間を喰らってきたからね」


「お前、どんだけ命を奪えば気が済むんだ……!」


「お前たちが肩を持つ人間と同じことだろう? 家畜を育て、命を奪い、食す」


「そ、それは……」


 マチ先生が言葉を詰まらせる。教育者として「命の尊さ」を説いてきた彼女にとって、その矛盾はあまりに鋭い刃だった。


「むしろ人間たちの方が惨くはないか。害虫は駆除し、気に入らぬ者がいれば手にかける。食のために命を奪いながら、平気で食べ残す。──そうだろう?」


「耳を貸すな、マチ先生!」


「ちが……う……」


「いいや、何も違わない。それがお前らが守りたい『人間』という身勝手な生き物さ」


 完全に主導権を握られ、マチ先生は膝をつくように黙り込んでしまった。


「おやおや。反論もできないか?」


 嘲笑いながら歩み寄る姑獲鳥に、俺は無理やり術を放とうとした。だがその瞬間、右腕に熱い衝撃が走る。


「……っ!?」


 見れば、肌を裂いて羽根が突き刺さっていた。血が滴り、術の構成が霧散する。あの一瞬で投じられたのか。速すぎる。


「少し黙っていろ」


 姑獲鳥が冷たく言い放ったその時、洞窟の奥から、重く響く足音が聞こえてきた。


 第五話「強者の世」


「……確かに、一理あるな」


 聞き覚えのある声。暗闇から現れたのは、かつて少年の霊を救うために共闘した、あの青年だった。

 深い隈を湛えた瞳、左肩を露わにした白シャツ、そして着古したジーンズ。間違いなく、としよくんだ。


「確かに人間は醜い。下らねぇことで争い、懲りずに弱いものを突き回す。だが…」


 としよくんは姑獲鳥の正面に立ち、真っ直ぐにその化け物を見据えた。


「お前ら妖怪も同じじゃねぇか。力のないものを襲い、嘲笑い、命を弄ぶ。似たもの同士なんだよ、人間も妖怪もな」


「何だと……?」


「だがな、決定的な違いが一つある。人間は命を奪った後、感謝し、傷つき、泥を啜りながらも後悔することができる。お前ら人喰い妖怪に、その痛みがあるか?」


 姑獲鳥が苛立ちとともに鋭い爪を振るう。しかし、としよくんは微塵も怯まない。最小限の動きでその一撃を受け流し、鋭い掌打で姑獲鳥を後退させた。


「俺は見てみたいんだ。愚かでも幸せになろうと足掻く姿を。儚くも美しく散っていく生き様を。…それは『心』がなきゃできねぇ芸当だ」


 俺は痛む右腕を糸術で応急処置しながら、彼の背中を見つめた。その体からは、静かだが圧倒的な妖気が立ち昇っている。


「だから誓ったんだ。人間も妖怪も、どちらも手を汚さなくていい世の中にするってな」


 としよくんが歩み寄り、俯くマチ先生。肩に温かい手を置いた。


「お前も、似たような青臭い思いがあったから『先生』なんて仕事を選んだんじゃねぇのか?」


 俺たちは黙ってとしよくんの方を見ていた。


「ぶつくさと何を言うかと思えば、くだらんことを──」


 姑獲鳥の口から漏れたのは、地を這うような低い声だった。同時に、洞窟内の温度が急激に下がったかのような錯覚に陥る。姑獲鳥がその双眸を血走らせ、膨大な妖気を吹き上げた。

 バリバリと、骨の軋む嫌な音が静寂を切り裂き、姑獲鳥の背中から漆黒の羽根が猛然と突き出し、整っていた女の顔は歪に引き裂かれ、鋭利な嘴が剥き出しになった。姑獲鳥は本来の妖獣態へと変化した。


「心がどうとか言っていたな。そんなことを考えたところで腹は膨れぬ。所詮我ら妖怪は力が全て。勝ったものだけが生き残る」


 姑獲鳥は空中に羽搏いて、大きく羽を動かし、猛烈な勢いで無数の羽を飛ばしてくる。

 俺は二人の盾になるように前へ立ち、手をかざして蜘蛛の巣のバリアを展開し、その猛攻を食い止める。


「マチ先生。あんたが思うこと、嫌なほど分かる。でも今は、目の前の戦いに集中するんだ。俺たちが負ければ、善人も悪人も関係なく、ただの餌食になっちまう」


 バリアを前に投げ飛ばし、羽を射出してくる姑獲鳥に打つける。そして、先ほど手から離れた短鎌を糸で引き、両手に構える。


「──そうですよね。身勝手で、醜くて、それでも必死に生きようとする…、そんな人間たちの足掻きを、私は否定したくありません。姑獲鳥、あなたの詭弁にはもう屈しません」


 マチ先生は戦意を取り戻し、力強く顔を上げて空中に居座る姑獲鳥を見つめる。その姿を見たとしよくんは深く頷いた。


「ところで、どちら様ですか?私、針葉樹マチと言います。針女です」


 このタイミングで言うか!?

 確かに初対面だし、俺も詳しくは知らないけど、今は気にしている場合じゃないだろ…。

 だが、この天然さこそがマチ先生なんだろうな。なんだか妙な安心感を覚えるよ。


「…俊夜だ」


 やれやれと言わんばかりのトーンで、彼は短く名乗った。一気に削がれた緊張感を取り戻すように、俊夜さんは視線を再び姑獲鳥へと向ける。


「来るぞ…!!」


 としよくんの呟いた一言を合図に、俺たちは地面を蹴って、姑獲鳥が飛ばしてきた羽を躱わす。


「はあっ!!」


「『糸術・乱れ糸』!!」


 姑獲鳥を挟みうちにし、俺とマチ先生は左右から妖術で攻撃する。


「くっ!うぐぅ…!?」


「はっ!!」


 姑獲鳥は俺たちの妖術を受け、地面へと落ちていく。さらに、としよくんの追撃を受けてさらに怯む。だが、すぐに態勢を立て直される。妖獣化している姑獲鳥は先ほどのようには、圧倒されなかった。


「チッ…。化け物が…!!」


 俺は着地後すぐにとしよくんの加勢へと走る。相手が姿勢を立て直すわずかな隙を見つけ、鋭い蹴りを叩き込む。そして、としよくんとの連携を取って短鎌を振る。


「ぐはっ!?」


 短鎌の刃は姑獲鳥を斬り裂き、怯んだ隙を着いてとしよくんが低く沈み込むような踏み込みで懐に潜り込み、国語辞書で腹を突く。さらにマチ先生が低い態勢を取るとしよくんの肩を使い、勢いを付けて飛び蹴りをする。


「…ここまでとは。かくなる上は…」


 俺たちの猛攻を受けて息を上げる姑獲鳥は何かをぼやきながら、結界の張られた杏奈の方を見る。


「せめて、あの人間さえ喰らえれば…」


 杏奈に向かって、羽を飛ばす。妖力が弱まってきたのか、結界にはヒビが入ってしまう。姑獲鳥は羽を飛ばし続けると、亀裂が広がっていく。


 第六話「妖獣対妖獣」


 やがて、最後の一発が結界を砕き、横たわる杏奈は無防備になってしまう。


「させるか!!」


 としよくんはすかさず攻撃を仕掛けるが、先ほどとは別人かのような動きで翻弄されてしまう。マチ先生もすぐに援護に入るが、伸ばした先の鋭い髪は嘴で掴まれ、そのまま引っ張られてしまう。強引に引かれたマチ先生は、地面に引き摺られた後、俺の方へと投げ飛ばされた。


「マチ先生!!クッ…!!」


 どうにかマチ先生を受け止めるが、あまりの衝撃に足が浮く。勢いを殺しきれず、俺たちは壁まで吹っ飛ばされ、背後の岩壁に叩きつけられた。


「グハッ!?」


 叩きつけられた衝撃で岩壁にめり込むほどの威力を背中に受け、全身に痛みが走っていく。受け止めたマチ先生もぐったりとしていて、意識があるのかさえ判然としなかった。


「……大丈夫か?マチ先生…」


 俺が呼びかけると、マチ先生はピクッと瞼を動かし、ゆっくりと少しだけ目を開けた。


「ごめんなさい…。余計な傷を負わせて…」


「…へへっ。気にすんな…。大したものじゃねぇよ」


 俺はマチ先生を岩壁に背を預けさせるようにして、静かにその場に座らせた。


「いきなり底力見せやがって…。人間を喰らう執着心がこんなにさせているとでも言うのか…」


 一方としよくんは姑獲鳥の重い一撃を受け止め、地面を削りながら後退させられていた。息を上げながら呟く姿を見るに、激しい防戦を強いられたようだ。


「はっ!!」


「どわっ!?」


 さらに姑獲鳥は羽を大振りして放たれた衝撃波によって、体勢を大きく崩されてしまう。隙を作って、しまったとしよくんは蹴飛ばされ、岩壁に衝突してしまう。


「はあ…はあ…。邪魔は消えた。ようやくありつける」


 俺は地面に手のひらを当てて、地中に糸を巡らせた。そして、杏奈に近くづく姑獲鳥の不意を突き、地面から飛び出た糸で拘束させた。


「杏奈には、指一本触れさせねえ。そいつの帰りを待ってるやつがいるんだ」


 姑獲鳥は強引に糸を引きちぎり、即座に殺意をこちらに向けた。俺が短鎌を振るえば、姑獲鳥はそれを羽で弾き、その返しの一撃を俺が糸で絡め取る。


「ガハッ!?」


 激しい攻防の末、俺は押し負けてしまう。だが、追い討ちの回し蹴りは上手く躱して、相手の懐に入り込み、体勢を崩させる。俺が乗っているのにも関わらず、姑獲鳥の馬鹿力はすぐに起き上がらせる。再び間合いを取って睨み合い、隙を探り合う。


「『岩術・礫岩』」


 手のひらに妖気を集中させて、腕を前に出し、すぐに光線型の妖術を放つ。一方姑獲鳥も嘴を開けて、電撃のような妖術を放ってくる。術と術がぶつかり合い、勢いを維持し続ける我慢比べが始まる。


「くっ、うう…」


 技も、速さも、互角。純粋な力の差はさほどないはずだ。

 だが、俺の妖気は底を突きかけていた。

 呼吸は乱れ、一動作ごとに鉛のような重さが全身を支配していく。一方で、狂乱に身を任せる姑獲鳥の勢いは衰えを知らない。目に見えてこちらが押し負けているのは、否定できない事実だった。


「はっ、はあっ…!!」


 やがて、妖気がガス欠を起こし、バリアを張る程度の量しか残らなくなる。なんとか絞り出して姑獲鳥の妖術から身を守るが、破られるのも時間の問題だった。


「…一か八か、やるしかない──」


 俺はバリアを自ら解き、胸全体で姑獲鳥の妖術を受けた。焼けるような痛みが走り、後退りもしてしまう。


「ふんっ!!バカなやつめ!!」


「雷羽先生!!?」


「土蜘蛛!?」


 マチ先生、としよくん、姑獲鳥の声が同時に聞こえてくるが、それには気を止めずにひたすら痛みに向き合い、受け切ることだけに集中し続けた。


『相手の妖術を利用する?』


『そうです。敵の放った妖術を敢えて受け吸収し、己の妖気に変換させる。そうすれば、本来の姿をさらに安定して扱えるはずです』


『はあ…?』


『それに、この術が使えれば、ピンチの時に逆転の一手になると思いますよ』


『ふーん…。確かに妖力は格段に上がるが、体力と妖気の消耗が激しいのは事実。試してみる価値はあるか…。教えてくれ。その「望月還流(もちづきかんりゅう)」って術──」


 昨日行ったシンさんとの修行を思い出す。まだ、未完成だが、他に手立ても思いつかない。俺はこの術に全てを賭けた。


「『月術(つきじゅつ)望月還流(もちずきかんりゅう)』!!」


 受け続けた姑獲鳥の妖術を体全体に受け流すような感覚を意識する。全身が焼き切れるような熱気に包まれ、今にも身が砕けそうだった。


「ド根性ーッ!!!」


 やり方が合っているかなんて知るか。俺は俺のやり方で、この力を喰らってやる。

 その瞬間、荒れ狂っていた姑獲鳥の妖術が霧散するように消え去った。代わりに俺の体から痛みが引き、枯渇していた内側から、爆発的な妖気が湧き上がってくる。


「『糸術・変化』!!」


 俺は学外学習での一件で得た姿へと変わる。頭には猫耳、爪は獣のように鋭い爪と手。そして、顔に髭のような紋様が浮き出てくる。


「なんだっ!?そのスガッ…!!?」


 驚愕に目を見開く姑獲鳥の腹部に、加速した俺の拳を音速で叩き込む。重い一撃は姑獲鳥を岩壁にまで吹っ飛ばす。


「悪い。何か聞きたかったか?」


「貴様ッ…!!」


 姑獲鳥は岩壁から抜け出して、なりふり構わずこちらに突っ込んでくる。だが、俺はすぐに相手の翼を掴み、別の岩壁へと投げ飛ばす。


「はあっ!!」


 岩壁にめり込む姑獲鳥に飛び蹴りを喰らわす。しかし、追撃を受けても尚、姑獲鳥は膝を着くことはなかった。


「諦めが悪いのはお互い様か…」


「黙れッ!!」


 よろつく足でこちらに向かい、力のこもっていないを攻撃を振ってくる。それを俺は片手で受け止めると、ついに姑獲鳥が膝を着き、地面へと崩れる。


「ここまでか…」


 息を静かに上げながらそう呟き、手の甲を眉間に置いた。一方俺は、倒れる姑獲鳥に近づき、地獄に送ろうとした。

 俺は水色の瞳を保ったまま、いつもの姿に戻る。


「どうした…。さっさと地獄に連れりゃいいだろ…」


「ああ…。けど、その前に少し話がしたい」


 姑獲鳥は、そのまま天井を眺めていた。


「あんたの息子は、透は最期まで優しい子だったよ。どれだけ悪意に飲み込まれても、最後は自分らしく終わりを迎えてった」


 なぜかは分からないが、あの姿になると戦う相手の心の叫びが聞こえてくる時があるようだ。

 この姑獲鳥は、強くなろうとしたわけじゃない。妖怪としての性がそうさせてしまったんだ。おそらくこいつは、我が子を失った悲しみが、何かしらの影響で陰気を取り込み、妖怪へと変えてしまったのだろう。


「私はただ、透ともっと居たかった。妖怪として生きていれば、いつか転生した透にあえるんじゃないかと思って…。罪のない、母親になろうとした人間たちの腹を裂いては…」


「それ以上は大丈夫だ…。何はともあれ、あんたのした事は許される事じゃない。地獄で自分を見つめ直してくれ…」


 俺は手のひらに妖気を溜めて、糸術を撃つ構えをした。それと同時にマチ先生ととしよくんが、俺のところへと近づいた。そして、としよくんは姑獲鳥の側で片膝を着き、ポケットから取り出したものを彼女の手に渡した。


「これは、お前が持っていた方が良いだろう。あいつの優しさが詰まった物だ」


 姑獲鳥はとしよくんから受け取ったものを大事そうに握り、胸にその手を置いた。


「地獄でも…、上手くやっていけそうだよ…」


「『糸術・封印網』」


 地獄に送られると分かっていても、姑獲鳥の口角は上がっていた。同時に、温かい涙もきらめいていた。


 姑獲鳥を地獄に送ったその後、すぐに杏奈が目を覚ました。


「あら、雷羽じゃない。それと…、だれ?」


 やれやれ…。呑気なやつだぜ、本当に…。


「詳しい話は後だ。夫が心配してるぞ」


 夕日が沈む中、俺たちは杏奈を無事に木戸のもとに連れて行った。木戸は抱えてた不安から一気に解放されて、感極まった様子だった。


「良かったよーっ!!すんごく心配だった!!」


「ごめんね!マー君!」


 姑獲鳥に拉致られてた話もしてやりたいところだが、それよりも先に、話しておいた方が良さげな話があることを俺は知っていた。


「杏奈。お前、木戸に伝えたいことあるんじゃないか?」


「うっさいわね。分かってるわよ」


 木戸はきょとんとした顔で杏奈を見つめた。杏奈は大きく深呼吸して口を開いた。


「マー君。──私たちパパとママになるんだよ」


「えっ?」


「えっ?」


「「「えーっ!!?」」」」


 木戸はもちろんのこと、俺の隣にいたマチ先生まで、何故か目玉を飛び出させた。


「なんでお前まで?」


 としよくんが冷静にツッコミを入れる。


「なんでって、逆に何でお二人は驚かないんですか!?」


「なんでって、姑獲鳥に攫われてんだがら、大体察しがつくだろ」


「うん」


 俺の言葉にとしよくんは短く同意した。マチ先生は自分だけ知らなかったことに恥を隠しきれなかったのか、俺の肩をポカポカと叩いた。


「僕が、父親に……」


 こっちも言葉失ってんのかよ。本当に、愉快な奴らだぜ。

 俺の周りは──。

〜次回のお話〜

 杏ちゃんを助けてくれた雷羽先せ、ちょっと豪羽先生!?


「たまには私にもやらせてください」

 

 出張に行くことになったマチ先生。初出張で緊張しているようですが、どなたかと一緒のようです。マチ先生は美人さんですから、職務中のナンパなどの心配なさそうですね。

 次回、『半妖怪の導き 第十巻「初出張!!お供するのは理科教師」』


 お楽しみに!!


「お供お前なのかよ…」

 読んでくださりありがとうございます。そして、前作の投稿からかなり空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

 投稿のペースは、都合も相まって一定ではありませんが、今後も雷羽先生の活躍の応援をよろしくお願いします。

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